アイドル

 二年A組には、春野文はるのふみという、大人気アイドルグループでセンターを務めている、トップアイドルがいる。

 ある日の昼休み、二年A組の教室で、昨夜彼女が出演した音楽番組の録画DVDが流されていた。


「すげぇなフミ。新曲もまたセンターだ」

「あいつは、俺達A組の誇りだよ」


 メープル色に染められた長髪を振り乱し、太陽のような笑顔を振りまくその活躍を、クラスの全員が目を細めて感慨深く見詰めていた。



   春野文、熱愛発覚! 活動休止を発表。



 しかし、見終わったDVDを取り出した直後、テレビの画面に映ったワイドショーの見出しテロップに、そんな文字が躍った。

 上沢真うわさわまことという人気俳優との熱愛スキャンダルが報じられ、恋愛禁止のグループに属しているフミは、掟を破ったとして活動休止に追い込まれてしまった。


「あー、いたいた。こんなとこに居やがったか」


 翌日の昼休み、活動休止ならば学校に来るはずのフミが来ない。それを心配した幼馴染みの松野シュンは彼女を探しに出て、付近の川原で、メープル色の長髪を発見した。


「シュン……」


 膝を抱えて座るフミの表情には、先日の音楽番組で見せていた輝きはなかった。


「シュン、これ、なんだかわかる? 真が初デートの記念にって買ってくれた指輪なんだ。恋愛禁止なのにバカなことしてるってわかってた。だけど、運命の相手だって思ったから……。絶対バレないようにするからって言ったのに。真のウソつき!」


 そして、フミは傍に歩み寄ってきたシュンにそう複雑な思いを語ると、突然思い出の指輪を川へと投げ入れた。


「……馬鹿野郎!」


 それを見るやシュンは駆け出し、川へと飛び込んだ。そして捨てられた指輪を拾い上げると、フミのもとへ戻り、口を開いた。


「バカヤロウ! 運命の相手だって思ってんだろ! だったら――」


「あとこれ、誕生日に買ってもらった思い出のネックレス。そぉいっ!」

「説教をさせろよ! そして、普通こういうの二個目ってなしだろ!」

「だって、マジでムカついてるのに説教されたくないし」

「ああもう!」


 仕方なくシュン、川へリダイブして二個目を拾ってくると、今度は彼女を刺激しないように、話を変える。


「まあ男のことはひとまずいいよ。……で、なんで学校に来ないんだよ」

「だって、クラスのみんなにあんなに応援してもらってたのに、合わす顔がないよ」

「ったく、お前はなにもわかってねえ。いいからこい」

「ちょ、ちょっと!」


 シュン、気後れするフミを無理やり引っ張ってクラスに連れて行く。と、フミがそこで目にし耳にしたものは――


   文化祭クラス演劇配役推薦投票

 ヒロイン、お姫様役――春野文、30票


 そう書かれた黒板の文字と、クラス満場一致の、彼女を迎え入れる温かい拍手であった。


「フミ、やっぱお前には主役しか似合わねえ。こいつを、お前の出直しの舞台にしろよ」


 そして、クラス全員分の思いをシュンが口にすると、フミは頷いて、その場に泣き崩れた。


 文化祭当日、春野文は体育館のステージの上で輝いた。

 今まで踏んできた舞台と比べれば、遥かに小さな規模。なのに、今まで以上の熱量を彼女は放ち、観客を惹き付けていた。

 そして、クラスのオリジナル演劇はついにフィナーレ。王子様役のシュンが、姫にプロポーズする場面を迎えようとしていた。

 指輪の入った小箱を持ち、舞台袖にスタンバイするシュン。と、その時だった。

 背後から近付いてきた何者かが突然、シュンの手からその小箱を掠め取った。

 驚いたシュンが止める間もなく、その男はそのままステージに出て行くと、フミの前に跪き、小箱の蓋を開いた。


「フミ、君が運命の相手だと思ってる。俺とやり直してくれ」


 乱入したその男は、例の若手俳優、上沢真であった。


「はい」


 フミは涙を零しながら、その指輪を受け取る。


 えええええええええええ―――――っ!?


 まさかの展開に開いた口が塞がらないシュン、および2-Aの生徒達。

 一方、このサプライズが台本通りだと思い込み、熱狂する観客達。

 鳴り止まない『フミ!』『真!』コール。大絶賛、興奮の坩堝。

 凄まじい嵐の幕引きとなった、二年A組文化祭劇であった。



 上沢真、既婚者だった! さらに春野文の他、六股交際が発覚!



 しかし、翌日のワイドショーの見出しテロップに、そんな文字が躍った。


「うぉらああああああああ――――!」

「おりゃああああああああ――――!」


 フミとシュンは、レーザービームのごとき勢いで、思い出の指輪とネックレスを川へと投げ捨てた。

 人様の文化祭の舞台まで踏みにじりやがって! と怒りに肩で息するフミに、しかしそこでジュンはふいに、小箱を手渡した。蓋を開けてみると、そこには指輪。


「投げ捨てずに済むようにするから」


 目を逸らしながらそれだけ告げると、シュンは逃げるように川へと飛び込んだ。


 こんな出来事がなければ、シュンの良さに気付くこともなかったか、とフミは自分の可笑しな運命をくすりと笑った。

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