おふざけ放送部と三角関係

 島蘭高校では、昼休みの最後の十分間、放送部によるラジオが放送される。その放送部、2-Aの男子、岩根と岩瀬によるラジオが、今日も放送される。


「お昼だ放送部生放送~! イエ~!」

「イエ~!」

「はいみなさん、今日は大スクープがあるんです! なんと、ウチの岩根が、例の連続女子体操着盗難事件の犯人を目撃したというんです!」

「はい! わたくし岩根、たまたま犯行現場を目撃し、犯人と鉢合わせいたしました!」


 それには学園中が騒然とし、二人の話に耳を傾ける。


「おお~! これは我が放送部の独占スクープだー! すごい! さぁ岩根、教えてください、犯人は一体誰なんですか!?」

「うん、俺、犯人って意外と2-Aの水野美音ちゃんだったんじゃねーかなって思ってんだよね~」

「マジで!? クラスメイトやん。犯人まさかの女子なの!?」

「まあ、犯人の男が着てる体操着に、そう名前が書いてあったから」

「そりゃ盗んだもん着てるだけじゃねえか! つか、今自分で男がって言ってたじゃねえかよ! そんなんいらんから! 誰だよ犯人!」

「えーとね、校内で見かけたことあるから、ウチの生徒であることは間違いない。ただね、ちょっと名前はわかんない」

「あ~そうなのか。まぁ仕方ないねそれは。じゃあ、どんな感じのヤツだったか教えて」


「はいはい。俺、その犯人捕まえようとしたんだけど逃げ切られちゃって、で犯人の去り際に俺聞いたのよ。一体なんでこんなことを!? って。そしたら犯人、前髪で片目を隠しながら言ったのよ。『俺もまた、戦いに魅入られた人間にすぎないのかもしれないな』って」


「いや、意味がわからないしどうでもいいわそんなくだりは! なんで犯人の特徴をちゃんと言わねーんだよお前は!」

「プラトンは言った。魂はあらゆる点で肉体とは相容れない」

「なんの話だ!」

「戦いといえばさ、前から思ってたんだけど、格ゲーで決まり手が弱ローキックの場合でも失神KOなのって、よく考えるとおかしくね?」

「いや、言われてみるとそうかもしれないけど、早く犯人のこと言えよ! おい、さては犯人のことなんて本当は見てないだろお前!」


 がっかりだった。こんなラジオ、普段は校内の人間、ほとんど誰も聞いていない。



 2-Aの河合相二、茂手なつみと2-Bの名栗なぐり相太は、親友三人組である。三人は一年時に同じクラスとなり親しくなった。

 名栗の家業が傾き学費が支払えなくなり、退学が決まりかけた名栗がグレたこともあったのだが、二人が説得して三人でバイトをして不足分を補填。その友情に胸打たれた名栗、在学と更生を決めた。

 そんな経緯もあり、河合に深い友情と感謝を覚えているはずの名栗が、ある日、河合を校舎裏に呼び出した。


「なんだよ名栗、こんなとこに呼び出して」

「しらばっくれんな。もう我慢の限界なんだよ。いい加減決めようぜ河合。俺とお前、どっちがなつみに相応しい男なのかを。拳の勝負でな」


 怪訝な表情の河合に、名栗はいら立ちをあらわに答えた。

 そう、親友同士だった二人は、三角関係の中にあった。

 なつみを巡る競り合いを重ねた今、互いの互いへの敵意、憤懣はもう臨界点を越えただろうと告げる名栗。


「いいだろう。後悔するなよ名栗!」

「教えてやるぜ。誰が一番強く一途になつみのことを想っているのかをな!」


 それが引き金となり、二人の拳の勝負は始まった。



「俺の負けだ。やるな河合。やっぱりお前にだったら、なつみを譲ってやってもいい。お前になら、安心してなつみを任せられる」


 勝負に勝利したのは、挑まれた河合の方であった。


「なにくせぇこと言ってんだよ名栗」

「うるせえ。こうなった以上、俺に気ぃ遣うなよ河合。いいか、お前達のおかげでクズだった俺が更生できたんだ! 嬉しかった。だから俺は、お前達がくっ付いたって恨んだりなんかしねえ。お前達には感謝しかねえんだよ! だから、いらねえ気なんか遣うんじゃねえぞクソが!」


 三人組の難しさであった。それを言った、聞いた二人の目からは、青春の涙が零れていた。


「河合、実は俺、しばらく学校に来れないことになっちまった。だから、なつみのこと頼むな」


 さらに、仰向けに倒れていた名栗、よろよろと起き上がりながら、河合にそう告げた。


「な、なんだと!? なんでだよ名栗! まさかまた家業が傾いて学費が払えなくなったのか!? だから今日決着を付けようと……」


 それを聞くや、河合、血相を変えて名栗にそう問う。

 と、名栗、ふいにワイシャツの前をはだけて言った。


「いや、水野の体操着を盗んだのがバレて停学になっちまった」


 見せたインナーは、2-A水野美音と名前が書かれた体操着であった。



  …………。


  …………。



 それを見聞きした河合、しばらく何が起きたのかわからず硬直した後、驚愕の表情を浮かべて言った。


「おっ……おまっ、お前が犯人だったのかよ! それのどこが一途になつみのことを想ってるだよ! そして更生なんて全然してねえじゃねえかよお前! なつみがそんな奴と付き合うわけがねえだろ、この戦いはなんだったんだよ! 痛い思いして損したわ! 時間戻してほしいわ!」


「いや待ってくれ。違うんだ。水野が魔の魅惑の使い手であることがいけないんだ」

「なんの話だよ!」

「わかっていないのならいい」

「なんでこっちが悪いみたいになってんだよ」


 謎の言い訳を口にし、理解を得られないことを知ると、名栗は不満げな無表情で、その場を立ち去っていった。


 プラトンは言った。魂はあらゆる点で、肉体とは相容れない。


 いや去る、と思いきや、名栗は途中でふいにピタリと立ち止まり、口を開いた。


「そうだ、最初に聞いたよな。なんで拳で決めるんだって。その問いへの答えだが……」


 そして名栗は振り向くと、前髪で片目を隠して言った。



「俺もまた、戦いに魅入られた人間にすぎないのかもしれないな」




「いや、いらねえわそこでそんなん。つか、本当にやってたんかいそれ」


 呆れるばかりの河合をよそに、名栗は満足げに踵を返して立ち去っていった。

 二人の友情は永遠のものだったという。

 なお、河合はこの後、「好きなのは名栗の方だった」と言われて、なつみにフラれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る