0から1が生まれる瞬間

まず、この小説は骨太な本格SFです。
それこそ、アーサー・C・クラーク「幼年期の終わり」やグレッグ・イーガン「宇宙消失」、あるいは伊藤計劃「ハーモニー」のような作品群に名を連ねても遜色の無いレベルの。

小説現代長編新人賞の選考委員、宮内悠介が「ファーストコンタクトにタイムスリップ、並行宇宙の全部盛りをしながら、ストーリーも読ませる力技」と評していましたが、全くその通り。
というわけで、一流のSFが読みたければ、一も二もなく、貴方はこれを読むべきです。

ですが、この作品の真の魅力はそういったSF仕掛けとは別のところにあると私は思います。

主人公の未理亜は終盤、タイムスリップした先で娘を設けるのですが、この娘と自分のDNA型が同一であることが分かり、以降彼女を“じぶん”と呼びます。
未理亜のタイムスリップの理由は「自分が生まれないようにするため」なので、“じぶん”である娘を手にかけるのですが、この殺害は成功するがゆえに失敗し、繰り返され、ついには「入れ替わり」(つまり殺される側)のイメージに捉われ、死の覚悟をした瞬間、宇宙空間(プロキシマb)に飛ばされる。
そこで未理亜は自らが作ったレディ・バグ(宇宙探査ドローン)の真の姿を見届けるのですが、最後まで“彼女”に対し「飛べ」と呼びかけます。
その飛翔の気高いこと。
レディ・バグは未理亜が幼い頃試作機を作って以来、ずっと科学者としての彼女と共に在ったもの。

これはつまり、自分を孕み、自分を殺し、そしてまた自分を飛翔させる物語なのです。

未理亜と娘とレディ・バグ。
彼女達がブレと重なりを繰り返すトリプルイメージが非常に危うい魅力を放っており、「だから、あなたを誘惑する」というキャッチフレーズがまさにふさわしい作品です。
どこか官能的な文体も相俟って、終始作品の向こう側から誘惑されているような感覚を覚えました。

「浮遊するランダム・ナンバー」というタイトルも見事です。「このストーリーならタイトルはレディ・バグにすべき」などと言っていた某選考委員は何も分かっていない!と敢えて言わせていただきます。

こんな作品が無料で読めてしまうなんて、本当に恐ろしいことだと思います。
一読者として、また書き手として、作者の西条彩子さんに最大限の敬意を表します。
素晴らしい作品をありがとうございました。

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