私の中のあの子

もりさん

第1話

下着を引き下ろした剥き出しの下半身を扇風機の風が撫で回している。


大きく脚を広げて、右手の中指で、傷跡のような血のぬめりを持つ場所に触れる。


あの子と会いたいなぁ。

疲労しているのに眠れない時は、あの子のことを考える。


興奮して眠れない。


昂ぶった脳を、身体の疲労で眠りにつかせるために…。

想像であの子を使う。


「使う」という表現をしたのは、手伝ってもらおうと、言葉を選んでいた自分が偽善的な気がしていたから。


使うという、表現をした時からひどく感じやすくなったから。


中指の先の腹で、自分の中がぬめるのを確かめるように。

リズムをとるように軽く指を滑らせた。


あの子は、どんなふうに私を抱くのだろうと考えながら。


いつも優しいあの子とそういう風になるためには、きっと、多少強引に抱いてもらわないとダメだなぁ。私も積極的に誘えないから…。


そう考えながら、自分の両方の手のひら。

内太ももの付け根近くを細い白い指で握りつぶすようにした。

想像の中のあの子は、力を入れて脚を大きく開く。

ちょっとだけ力を入れて抵抗してみる振りをするんだ。


傍らには、夜を通して作った書類。

紙の束。

技術書、参考資料の本

チカチカと小さく明滅するルーター

飲み残しのコーヒー

そんな、どうでもいいもので私の日常は造られている。


疲れた身体を窓際のベッドに横たえながら、しらじらとあけていく、空を眺めていた。

雲が流れていく。


おそとで、されてる、みたい…。

想像の中で、私が好きな優しい子は、きっと、今だけ、少しだけ、手荒に私を弄ぶ。


冷房を切った。

横たわったまま身体をのけぞらせるようにして手を伸ばせば、かろうじて窓にかかる指先。

窓を勢いに任せて引き開けると、湿気の多い空気がなだれ込んできた。


扇風機の風が湿気を含んだ外気と混じって脚を撫でまわす。

あらためて握りつぶした自分の足の付け根の汗ばんだ柔らかさに戸惑った。


あの子は、この柔らかな感じ、好きかな…。

褒めてくれるかなぁ。

どんなふうに言ってくれるだろう…。


剥き出しにした下半身。

シャツをつんと持ち上げている胸の先が、身じろぎするたびに、布に擦れる。


汗が、じわりと額と首筋に吹き出し玉をなす。

繋がり落ちる汗が、体を舐めるようになぞって落ちていくのを、身をよじるようにして耐えようとした。


白い厚手のTシャツが、体に張り付いてへばりつく綿のシャツは体を拘束していくようだな…。剥き出しの下半身と対象的に…。


汗ばむ身体から熱を奪う風のせいか、高まった気持ちのせいかわからないけど、尾てい骨から背骨に震えがきた。


軽く、体を痙攣させるような震えから身を守るように背中を丸めた。

体を閉じ、細い肩で顔を隠すように。


少し開いた唇から、息を吐くと、さらに震えがきた。


両手の指は汗ばんだ太腿に挟みこまれながら意思を持つように勝手に蠢いている。


空が青いなぁ…。

もう、夜明けがやってくるなぁ。


首筋をまた汗がなぞり落ちる。

鼻から息が抜けるときに、囁くような「うん…」という声が喉の奥から絞り出されるように漏れた。


私の体は、私のものじゃないみたいだ…。


そう考えながら、左手の人差し指で傷跡のような内臓の入り口をなぞる。


傷跡だなぁ。

血のぬめりみたい。

気持ちいいとドロドロと血が溢れていくんだ。

こんなに傷ついてしまったら、もう、仕事行けないね。想像が創り上げたあの子が、耳元で囁く。


みんな、こんな、切り裂かれた内蔵に指を滑り込ませているのだろうか。


自分の身体を自分で解体していくようだ。

バラバラに…。


私の中のあの子に、バラバラにされていく。


理性とか、常識とか…。

みんな…こっそり…こうやって…夜明け前の…一番暗い夜と朝の境目に…。


自分が飼っている、親しい顔になりすました悪い別の自分とすり替わりながら、一緒に破壊していくんだ…。


中指を傷跡にぬるりと滑り込ませ。

親指で、傷跡の表面をなぞる。


大きくのけぞりながら、息を吸い込んで、寝返りを打つようにうつ伏せになる。


うつ伏せに頭を枕に埋めて、少し声を出してみた。

枕を噛んで、くぐもった声を殺してみた。

今、このまま欲望のまま叫んだらどんなに気持ちいいだろうな…。

そんなことを思いながら、腰を高く上げる。


じわりと、濡れたシャツが、胸と、腹から未練がましく剥がれ落ちた…。


風が下半身を嬲りながら。

胸を撫で回しながら吹き抜ける。


右手で、胸の先に触れる。

柔らかな肉の重さを測るように、すくい上げながら。


細い指が内臓をかき回す音。

樹の枝葉がざわめく音。

身体の中から漏れてくる、枕を噛んで圧し殺しても鼻腔から抜けてくる規則正しく高まる細い声。


どこかで鳴いている、何かをせがむような鳥の声を聴きながら、自分の指先は八月最後の夏の朝に解体されていった。

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私の中のあの子 もりさん @shinji_mori

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