第9話 クエスト

 バルスの帝国店は、外観同様、店主の愛想も悪かった。

 いきなりギロッと睨みつけてくる目は、先日、襲われた山賊の頭を思わせる。凄みのある目つきと、無精ひげを生やした口元、坊主頭。

 帳場から客を射殺すような視線を飛ばしている姿は、商売人というより人斬りのそれだ。これでは確かに客が寄り付きはしないだろう。


 ミラはこの店を贔屓していると言っていたが、店主の態度や凄みは、購買意欲を阻害しないのか?

 確かに珍しい品があると言っていたし、それ以上の魅力がこの店にあるのだとしたら、わかる話ではあるのだが……。


 とりあえず店主に声をかけられたので、帳場に向かいながら埃を被った棚を見て、品揃えを確認した。

 何に使うのか見当もつかないものばかりが並べられている。

 なにかの角、毛皮、鉄でできた提灯のようなもの、瓶に入れられた粉、籠に入った小鳥、怪物の顔を象ったかのような面、その他いろいろ。


「おい」

「っ!?」


 いきなり目の前に店主の顔があってびっくりした。某はいつのまにか帳場にきており、店主の顔がすぐ近くにあった。


「なにか探し物かい?」

「その人は私のツレなんですよバルスさん、サービスしてあげてくださいね、そういえば前に言ってましたよね、常連になりそうな人を連れてきてくれって、薬草の件、お願いしますよ」

「薬草? はて……」

「とぼけてもダメですからね、ちゃんと連れてきてあげたんだから、惜しみないサービス精神でって、商売の基本でしょ」

「チッ、ミラ嬢ちゃんには敵わねえな」


 バルスはしぶしぶといった様子で、なにやら雑草のような……草の入った革袋を帳場机の上に置いた。


「あんた、見ない顔だからサービスだ、だがこれに味をしめて何度も薬草をくれって強請るんじゃねえぞ、前に来た奴は、その手口でこの薬草を別の道具屋で売り払ってやがったんだ、ふてえ野郎だ」

「その人はシバハラ・ゲンノスケさん、いい人だからそんなことはしませんよ」

「まあ、嬢ちゃんの紹介だから疑ってはいねえけどよ」


 店主はおさめかけた鋭い視線を再び某に向け、あ、そうだと言って右手を出した。


「一応、念のために冒険者の登録証があるなら見せてくれ」

「冒険者かどうかなんて……」


 ミラの言いかけた言葉にバルスは思いのほか、身を乗り出して『一応な』と声を発する。


「確かに嬢ちゃんには冒険者を連れてきてくれとは言ってない、けど、一般の常連と冒険者の常連とじゃ、こっちの意気込みもまったく違ってくるってもんだ」

「そうですかねえ……」

「決まってるぜ、なあ兄ちゃん?」


 バルスは某が差し出した仮登録証を受け取りながら言った。


「ほほう、やはり冒険者だったか、俺の見る目も確かだ……っと、なんだあ?」


 それはあまり見ない物だからか、バルスの反応は想定したものとは違った。


「こいつは仮登録証かい?」

「うむ」

「そいつは珍しい……」

「そうなのでござるか?」

「もちろんだぜ、仮登録証なんて、あのギルドがほいほい出すかよ、あそこのギルド長は、特にそういうことに厳しいからな、職員にも徹底してるし、条件を満たしていない者には特に厳格だ、もちろんそんな人間を冒険者にして後々責任を負いたくないってのもあるだろうが、あそこの場合は、冒険者を事故に遭わせないためだ、そんなギルドにこいつを出させたってことは、あんたよっぽど見込まれてるんだなあ」


 バルスは感心するように言った。


「少なくとも、今のギルド長になってからは見たことがねえな」


 バルスは仮登録証を見て、機嫌がよくなり、はしゃいでいた。まるで子供が面白そうなおもちゃを見つけて喜ぶように、最初のぶすっとした態度が嘘のようだ。

 店主が返してきた仮登録証を、薬草と一緒に懐に仕舞う。


「にしては、見てくれがひでえな……」

「ゲンノスケさんは冒険者ギルドの資料室にいましたから、身分は確かですよ、あそこは入り口で登録証の提示義務があるので、皆チェックを受けるんです……それにゲンノスケさんはこの界隈では有名なので……」

「なんだ? なんかすごいことやったのか兄ちゃん、ギルドに入ってそうそう大躍進ってか?」


 ミラが意味ありげに言ったものだから、バルスが勘違いして、ほほうと顎をさすり始めた。

 いや、その誤解はまずい気がするが、いいのだろうか。


 そうこうしているうちにミラが帳場にやってきて、棚を物色して集めてきたらしい品物を帳場机の上に広げた。店主は『こいつは勘定が大変だ』といいながら代金の計算を始める。


「ゲンノスケさんのこと、これからよろしくお願いしますねバルスさん」

「おうよ!」


 バルスは代金の計算をしながらにこやかに返事をする。そして某に向かって『兄ちゃん、大口の太客になってくれよ』と軽口を叩いた。

 ミラとバルスの間には余人では計り知れない絆のようなものがあるらしい。それは単なる店主と客という関係性以上のなにかだった。


「まったく、最初は変な奴が来て、うちの品物をひったくるんじゃねえかって杞憂してたんだが、そんな心配はなかったな、がはは」

「当たり前です、ゲンノスケさんはうちの期待のルーキーですから」

「ルーキーか、そいつはいい」


 もう否定する気も失せた。なにやら二人の機嫌がいいので、それでいい気がした。

 バルスが豪快に笑い、ミラは呆れた顔をしながらも笑顔を浮かべる。ある程度の信頼関係がなければ、こんな阿吽の呼吸にはならないだろう。


「それに、ミラちゃんがツレを連れてきたってことにも驚いた」

「何言ってるんですか、私にだって知り合いの一人や二人……」

「今までは誰も連れてこなかっただろう? どんな心境の変化かと思ったぜ」

「私にもいろいろあるんです」

「いろいろね……ま、常連客が増えるのはなんにしてもいいこった、ほい、計算が終わったぜ、全部しめて金貨二枚だな」

「はーい」


 ミラが余裕綽々と言った様子でどこからともなく金貨を取り出す。それを帳場机の上に二枚置き、商品を袋に詰めていた。

 某にこの界隈の貨幣価値はわからないが、少なくとも金貨は、銅貨よりも価値は高いはずだ。それを某と同じ冒険者の新米であるミラがあっさり出したことに驚いた。金貨一枚は銅貨にすると何枚分の価値があるのだろう?

 そんなものを冒険者になりたてのミラがポンと出せるのが不思議でしょうがない。もしかしたらミラは金持ちと呼ばれる種類の人間なのかもしれない。


「ミラちゃんにもたくさん買って貰えたし、よし、兄ちゃんにもプレゼントだ、こいつを受け取りな」


 店主はずいっと帳場机に腹のぜい肉を押し付けると、商品がミラには見えないようにこっそりと体で隠しながら綺麗な紫色の石を帳場机に転がした。

 不思議そうにこっちを見ているミラから隠れるようにして、バルスは囁き声を発する。


 煙草の臭いがした。

 それは見るからに怪しげな石だった。綺麗だが毒々しく、手に取ってみたいとすら思わない。触ったら祟りかなにかに遭いそうだ。

 黙って見ていると、バルスが意味ありげにニヤリと笑う。


「こいつは特別な代物でよ、そんじょそこらで手に入る代物じゃねえぞ、どうだ、要らねえか?」

「石でござるか?」

「単なる石じゃねえよ、これは魔法石さ、奇跡を起こす石だぜ?」

「ふむ」


 魔法石とは、これまたいかがわしい紹介をされたものだ。某が受け取るとも受け取らないともわからない風に唸っていると、バルスは、逃がすまいとさらに詰めよってきた。


「なんだよつれねえな、ただでやるって言ってんだから受け取っておけばいいんだって、あんたみたいな期待の新人にしか頼めない――もとい、ぴったりな――」


 バルスがやけに勧めるので、なにか裏がある気もするし、受け取る気にはなれなかった。

 <兄ちゃん、マホウの意味がわからねえ、なんてとんちきなことは言わねえよな?>なんて言ってバルスがさらに煽ってくる。


 バルスは眉を歪め、なにか言えよといった様子でこちらを見つめ……。

 某はおそらく傍から見ると無機質な顔で悩んでいたと思う。

 そもそもただより高いものはない。きっと何か魂胆があるはずだ。

 薬草でさえ、ただで寄越すのを渋っていた店主だ。いきなり機嫌がよくなっているのも怪しい。この期に及んで、こんなにも笑顔で、商売人気質を取り戻すだろうか。

 某があまりに良い返事をせず、まごまごしていたのを不審がったミラが帳場机をのぞき込んできた。


「実のところ、こいつはよ――」

「ちょっとバルスさん、さっきからなにをゲンノスケさんに見せているんですか……」

「あ」


 会話に割り込んできたミラが、帳場を覗き込むなり目を吊り上げ、逆にバルスは悪戯が見つかった子供のようにびくびくしだす。

 ミラは帳場机に置かれた石をかっさらい持ち上げると、店内の少ない明かりにそれをかざす。石に光を当て、その反射した光を眺めながら『まさかこれって……』とつぶやく。店内は、幻想的な紫色の光に包まれていた。


「この魔石、本物ですか?」

「本物だよ、イミテーションなんかじゃねえ」

「いえ、イミテーションなら逆にいいんです。危険はありませんから、でもこれが本物なら鑑定は済ませているはずですよね、効果はわかっているはずです、いったいどんな効果があるんです?」

「い、いやあ……そいつは、そのう……」


 バルスは先ほど魔法石だと言っていたはずだ。魔石だなんて言ってない、そんな急に歯切れの悪くなったバルスを、ミラが何かに気づいたのか、じろっと睨みつけた。


「もしかしてこれ……鑑定されていない魔石なんてこと……」

「そんなわけない、じゃんか、はは」


 いきなり口調を変えるなりバルスの態度は明らかに変だった、目が泳いでいる。その一連の動きは、ミラの指摘を肯定しているに等しい。


「ちょっと、正気ですか? 申請の通っていない無許可の魔石を販売するなんて」

「いや、違うんだ、そいつは旅の商人が持ち込んできたもので危険はないって……それに売るわけじゃないし、あげるならいいかなって」

「どちらにしても、魔石の効果をゲンノスケさんで試そうとしたんでしょ?」

「違うって」

「魔石の鑑定代、諸々の経費を浮かせようとして」

「いや違うんだ、本当にやるつもりで、親切心だったんだよ」


 バルスの声はミラに追及されるごとに小さくなり、最後の方は蚊の鳴くような声になっていた。


「こんなことがバレたら販売業の許可だって取り消されますよ」

「それだけは勘弁、なあ、嬢ちゃん、この店が無くなったら嬢ちゃんだって困るだろ?」

「あ~あ、なんだかこの店への愛着がなくなってきちゃったな~」

「そんなこと言わないで、な、冗談なんだから」


 だがバルスの言い訳にはまったく効果がなく、ミラは納得せずにそっぽを向いた。


「魔石がどれだけ危ない物か、バルスさんだってわかっているはずでしょ。

 魔石の多くは、現在、解析技術が一番すすんでいるアヴァロンでも販売許可が下りているのはごく一部の魔石だけです。その多くは単なるエネルギーの抽出に使われ、すべての魔石がリスクのないものだと太鼓判を押せるほどではない。

 ただでさえそのエネルギーは膨大で、魔石を使った施設の事故が今、相次いでいるっていうのに……バルスさんはコンプライアンスって言葉をご存じですか?」


 バルスはすっかりシュンとしていた。ミラに怒涛の如く説教され、何も言い返すことができないようだ。


「もう勘弁してくれ、冗談だって言ってるじゃねえか……」

「冗談?」

「出来心です……」


 バルスはすっかり意気消沈している。

 ミラは鼻息を荒くすると、魔石をバルスに突き返し、某の腕をとって、ずるずると店の外へ連れ出そうとする。


「もう行きますよゲンノスケさん、こんな店の常連なんかにならなくていいです。なにもしらない新人さんに、危険な魔石を押し付けてテストさせようだなんて見損ないましたバルスさん。いくら経営が苦しいからって、こんな店、潰れちゃえ!」

「ごめんよ、嬢ちゃん、これからは心を入れ替えるから――おあ!? なんだこりゃ!」


 店主が突然、頓狂な声をあげたので、そちらに目をやると、なにやら紫色の靄のようなものが帳場から立ち上っていた。

 帳場机に転がった紫色の石から出ているようだ。それはゆらりゆらりと宙を舞い、某の方へと流れてきている。その靄は店主には見えていないようである。

 帳場机の上に置いてあった魔石は徐々に色を失い、黒ずんで、ついには崩れ落ちた。


「おわ!! なんてこった、魔石が、俺の魔石がああ!!」


 バルスが悲鳴を上げると同時に、どこからともなく舌なめずりするような音が聞こえてくる。紫色の靄を追って視線を走らせると、どうやらその靄は、某の持っている刀に吸い込まれているようだ。

 紫色の光を吸い終わると、鯉口から覗いた刀は、かしゃりと音を立てて鞘に収まった。封印が緩んだのか? いや……。

 某は封印を結び直し、刀を凝視した。まるで刀が生きているかのようにドクンと鳴動する。今のは…。

 それは紛れもない、某の持っている刀が妖刀であるという確固たる証だったのかもしれない。

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