第8話 初仕事


 その夜、某は妙な夢を見た。なにやら靄がかかったような視界の中、枕元に誰かが立っていた。その人物がのぞき込むように某の顔を見下ろしている、その顔はなにやらぼんやりとしており、誰なのか、はたまた女なのか男なのかもわからない。

 その人物が身を乗り出しておもむろに某の顔に手を伸ばす、金縛りにあったかのように全身が動かない。なにをされるのかと全身の毛穴という毛穴から汗が噴き出した。声が途切れ途切れに聞こえてくる。


『まったく……厄介なものに……どうりでこちらの声が……我が与えた権能をステータスごと……そういうことか……なんと狡猾な……形を変えてなお、これほどの情念……』


 だがその人物の手の影が某の顔にかかるか、かからないかといったところで、指先が止まる、どこからともなくチャリン……という音が聞こえてきた。


『また邪魔を……ええい、忌々しい……』


 その人物は、ほうっと小さく息を吐くと、残念そうに『諦めたわけではないぞ……』と言って霧散するように姿を消した。その声を聞き届けてすぐ、某は意識を失った。全身のこわばりが解け、意識が深いまどろみに落ちていく……。


 それからどれほどの時間が経過したのか、気が付けば朝になっていた。

 上半身を起こし、伸びをする。欠伸を噛み殺しながら寝具から抜け出し、いつものように木刀を手に支度を整えて庭先に出る、一刀ごとに朝の空気を吸い込みながら木刀を振り下ろし、日課の鍛錬をしながら、ふと考える。

 昨夜、何かあった気がするが、起きてみるとなにも覚えていなかった。

 誰かが寝所にいた気がするが、それも定かではない。確実に覚えているのは、寝苦しかったということだけだ。

 何が原因で寝苦しかったのだろう……寒かったのか暑かったのか、寝苦しかった理由はわからないが、なんとなく寝付けなかった。

 まるで記憶に靄がかかっているように、昨日の出来事が夢なのかすら判然としない。きっとそのうちにこの釈然としない気持ちも忘れてしまうのだろう……。


 そろそろ時間か……今日はギルドで仕事をする日だ。昨日のザンザとの一件もあるし、早めに顔を出しておかなくては。

 ザンザとの一件、あのことが公になれば某も無罪放免というわけにはいかない。

 某はザンザの挑発に乗り、厳禁とされていた冒険者同士の私闘に興じてしまったのだ。

 後悔はしていないが、今回のことが露見して某がクビになった場合、落胆させてしまう人間が多くいる。それを想うとつらかった。

 サイラス家の奉公人たち、受付嬢、彼らには某が冒険者になるにあたって、いろいろと骨を折って貰っている。それを不意にしたかもしれないのだ。心苦しいどころの話ではない。

 他人のために怒ることは必要だ。だが怒った手前、どうなるのか、そのせいで嫌な思いをするのが当事者だけとは限らないということは常に心のどこかに留め置くべきだ。某は自分のことばかりで、彼らの心情を蔑ろにしていた。


 大きなため息を吐きながらいつもより重いギルドの扉を押し開ける。


 昨日と同じく、酒場では談笑に耽っている冒険者たちの姿がちらほらと見られた。だが、こちらを訝しげに見てくる輩は一人もいない。

 昨日の出来事はそこまで広まっていないのだろうか。

 確かに考えてみれば、ザンザが自身が負けた勝負のことを他人に話すわけがないし、冒険者をクビになるかもしれない出来事を、いくら某にも降りかかることとはいえ触れ回るわけもなかった。

 考えすぎだったか。ほっと胸を撫でおろし、受付に足を向けたとき、不意に聞こえてきた話し声に、某の足はぴたりと止まった。確か今『ザンザ』と……。

 動揺しつつ聞き耳を立てる。


「ああ、その噂、本当らしいぜ、まさかあの乱暴者で知られたザンザが拠点を移すなんてな、最初、聞いたときは耳を疑ったぜ」


 ザンザが拠点を移す? きっと昨日の出来事が原因だろう、だがあまりにも行動が早すぎる気がした。

 ザンザの性格を考えると、あの程度のことで反省するとは思えない、某に負けた腹いせに仕返しをしてくることだって考えられた。そういったことを優先する人間だと認識してたが、あまりにも潔い。

 単にギルドにいずらくなっただけかもしれないが……。


 彼らの話によると、このギルドは立地の面で他のギルドより優れており、都市周辺の景観が多彩なこともあって、そこには雑多な種類の魔物が生息しているらしい。

 稀有な土地柄であるため、希少な魔物の素材集めにも事欠かず、戦闘経験も積めると一石二鳥、よっぽどの理由でもない限り、離れる理由はないそうだ。

 そこを敢えて離れるということは、相応の理由があるのだろうと彼らは憶測から噂話に花を咲かせていた。


「で、ザンザはどこに移るって?」

「どこかとは言ってなかったな、だけどちゃっかりギルド長に紹介状を書いてもらってたみたいだぜ、あいつ気に入らないやつだったけど、そこそこ名前は売れてたからな」

「冒険者って一度なったらある意味安泰の職業だからね、心か身体のどちらかに大けがでもしなきゃ引退はないよ、死にそうにもないしね」

「おっと爆弾発言、俺もそこまでは言ってねえってのに」

「もう、なによ、いじわるね~」


 ザンザがいなくなると知って好きなことを言っている。問題児がいなくなって嬉しがる人間もいるということか、だがザンザが冒険者を辞めるわけではなさそうなのでよかった。

 出世街道どころか、冒険者の道まで閉ざしてしまっては、あのとき改心を促した意味がまったくない。


「で、いったい何があったんだと思う?」

「なにって?」

「そりゃ、辞めた理由だよ」

「さあね、ギルド長との会話を神経すり減らして聞き耳立てて聞いてたけど、ギルド長が事情もろくすっぽ聞かずに行かせたことを考えるに、仲間をやっちまったんじゃねえか? それがバレるのが怖くなって自分からっていうのは、ありそうな話だけど」

「そういう理由なら、そもそも紹介状なんて書いてもらえないだろ、普通に投獄されるって、で、そんときギルド長、怒ってた?」

「怒ってない」

「なら、その線はないね、仲間を殺したりしたならギルド長がキレてる、あの人の前で嘘は通じないからさ……鬼だよ、鬼……そのせいで死にかけた奴が何人いるか知ってるか? ギルド長がいつも率先して禁を破りかけてるって上級冒険者の間じゃ有名な話だ、鬼なのか仏なのか、まったくわからない人だぜ」

「「確かに……」」


 ギルド長の恐ろしさに三人の冒険者たちは声を震わせていた。


「でもよ、だったら何が理由なわけ? あのザンザだぜ、自主的にっていうのがなんとも胡散臭くてさ」

「闇ギルドと揉めたとか?」

「ああ、その噂知ってる、最近、あいつにしてはやたらと高度な魔法が使えるようになってたからな、ザンザが精霊魔術ってタマかよ」

「古代の精霊スペルを身体のどこかに刻むんだろ? そんな脳みそがあったら、あんな筋肉してないだろ、ありゃどうみたって脳筋だぜ」

「それで噂があったわけ、闇ギルドの連中とつるんで、そういった技術的なサポートを受けてるんじゃないかって」

「ありうるな、あそこには闇堕ちしたダークエルフがいるっていうし……金次第で、禁呪だって平気で売り払うって聞くぜ」

「ダークマター……」

「あほ、やめとけ」


 彼らが目を向けた先に、受付に顔を出した主任の男がいた。彼らは顔を寄せ合い、こそこそと話を続ける。


 ザンザがギルドを辞めるのは、闇ギルドと縁が切れることからも、かえってよいことだったのかもしれない。

 むしろ某などに心配されては、かえって気分も害そうというものだ。

 今は自身の初仕事に集中しようと受付にむかった。

 受付嬢から依頼を受ける手順などを一通り説明してもらい、今度はクエストボードに向かう、ボードには依頼書が所狭しと張り付けられていた。

 この依頼書の中から自分に合った仕事を選ぶようだ。

 文字が読めないので紙に書かれている内容は分からない、受付嬢から説明の折に教えて貰ったFランク相当という意味の文字を探しながら、なるべく文字数の少ない依頼書を物色した。文字数が少ないということは内容もややこしくないものだろうと考えたのだ。


 朝早い時間だというのにクエストボードの前には立ち替わり入れ替わり人が殺到する。そのたびに背中を押されたりして、依頼を選ぶのも一苦労だ。

 冒険者たちはよりよい依頼を選ぼうと互いが躍起になっているため、ぶつかっても謝るといったことをしない。クエストボードの前で長く留まれず、一番、文字が少ない依頼書を、ひっぺがした。

 

 依頼内容については文字が読めず、受付嬢に聞く必要があるので、人が捌けてから受付に向かった。受付には眼鏡をかけた背の低い受付嬢しかいなかった。

 受付の中をのぞき込んでも、昨日、某に仮登録証を渡してくれたあの優しい受付嬢の姿はない。某のことを勝手に冒険者にしたものだから責任を取らされて部署を移動させられたなんてことにはなっていないとは思いたいが、少し気になる。


 昨日、某の装備を見るなり訝し気な目を向けてきた背の低い受付嬢は、それでもギルドから冒険者として認められた相手だからか、意外にも某が受けた依頼の内容を嫌な顔一つせず説明してくれた。

 説明によると、某が受けた依頼は、通称『花畑』と呼ばれる低ランク冒険者の狩場、そこに生息している虹色に輝くどろどろの魔物(虹色スライム)が落とすどろっぷ品の回収らしい。そのどろっぷ品というのは魔物を倒せば手に入るという意味らしく、そいつが体内で生成する花の雫と呼ばれる結晶体が今回の回収目標だ。

 花の雫は、花の蜜で構成された光輝く宝石のようなもので、それを六つほど集めるらしい。

 Fランクの依頼の中ではそれほど難しい依頼ではないようで、面倒ではあるが危険も少なく、某には合っているのではないかと言われた。

 面倒……というのも、そのどろっぷ品は、虹色のスライムを倒せば確定で手に入るものではないらしく、奇しくもれああいてむレアアイテムと呼ばれ、どろっぷしにくいものなのだとか。

 集めるには根気が必要ということだ。その割にアイテム自体の価値は低く、低ランク冒険者に回ってくる代表的な仕事の一つに数えられている。


 ちなみに花の雫は、ある程度の大きさがないと一個とは認められない、だがその逆に二個分ほどの大きさがあれば二個と数えてもよいらしく、初心者にはその見極めも必要なのだとか。

 そういったことを避けたいなら、一度道具屋に足を運んで、花の雫がどんな質量で取引されているか知っておくのはどうかと言われた。

 花の雫は太陽光で溶けるほど、かなり繊細な代物らしく、長く太陽光が当たる環境に置いておかなくてはいけない状況ならば、一度、持ち帰って日を改めて冒険に出る必要があるらしい。

 偶にフィールドに落ちていることもあるそうで、今回に限っては落ちているものを納品してもいいそうだ。最悪、汚れていても構わないと言われた。

 どうやら食用にではなく、加工品として形を整える、削る前提で求められている品らしく、納品後は、良い香りを発する工芸品として扱われるようだ。

 最悪、道具屋で金銭を払って買いそろえるという手も使えるが、報酬に比べて割高になるため、あまりお勧めはしないと言われた、ただ違約金を払うよりはマシかもしれないので、そこは自己判断に任せると。


 花の雫は玄人の冒険者にとってはとても安価で嵩張るため、手に入れても捨てることがほとんどなのだそうだ。つまりはそういったものがフィールドに残されていることがあると。

 ただし納品期限が短いことは気を付けておくようにと忠告された。

 某が受けた依頼は、すでに出されてから数日が経過していて、単価も安いことから引き受け手がいなかったらしい。

 クエストボードの依頼は期限が過ぎると、依頼者に再度依頼を出すかどうかを検討してもらう。再度、依頼の申請があればクエストボードに戻されるが、申請がなければ破棄される。

  冒険者が破棄される寸前の依頼を請けても、その時点で契約は成立し、失敗した場合の違約金の取り決めも有効となってしまうので、依頼の納期というのは冒険者にとっても重要なものだ。

 中には違約金目当てで依頼を出す不届き者もいるそうで、ギルド側もそういった依頼は極力請けないようにはしているらしいが、すべての問題ある依頼を弾けていないのが現状のようだ。

 納期を過ぎての依頼達成は、まったくの無意味とはならないが、報酬額ががくっと下がる上に、場合によっては違約金を払うことになり、収支としては損失となる。もし依頼人が納品された品物の受け取り拒否をした場合でも、品はギルドの方で買い取って貰えるが、違約金の方は依頼者に支払わねばならないためギルドの都合で無効にはできない。

 受付嬢の話を聞き終わるなり、さっそく<マップスタンドとやら>からこの辺りの周辺地図を手に入れた。

 だが、いざ目的地に向かおうとしていたとき受付嬢に呼び止められ、二階の資料室でこれから向かうフィールドのことを少し調べてから向かった方がいいのではないかと提案された。

 どうやら昨日、某に仮登録証を渡してくれたあの受付嬢から、某のことをなるべく助けてあげて欲しいと頼まれていたようだ。


 某は言われた通り、ギルドの二階にある資料室に向かった。

 入り口にいた管理人に仮登録証を見せて中に入る。

 古い紙の匂いが充満している資料室を適当にぶらついた。

 どこになにがあるのかを大まかに見て資料室の構造を頭に入れ、入り口にいた管理人に目的の物がどのあたりにあるのかを聞いた。その棚にある書物を適当に選んで机に持っていく。

 挿絵があることを願ってそれらの書物を開いてみたが、びっしりと文字が並んでいて睥睨した。こんな文字をいくら眺めていても時間の無駄だ。


 どうしようかと思い、机に突っ伏していると、どこからともなくコンコンと音がする。静かな資料室には似つかわしくない音に顔をあげると、机の対面に短い杖を両手に抱え持った少女が立っていて、不思議そうな目でこちらを見ていた。


「あのう、なんだか困っていたみたいでしたが、どうかされましたか?」

「う、うむ……実は……少し調べものを……していたところ……なのだが……」


 彼女に話したところで解決になるのかという疑問はあったが、生返事ばかりしていても始まらない。指先で目頭を揉みながら文字が読めないことを正直に伝えると、少女は大丈夫ですよと言って、にこやかに笑い、積み上げられている資料に目を向けた。


『それで、なにを調べてたんですか?』


 適当に積み上げていた資料だったので、資料を見ても某が何について調べていたのか見当がつかなかったようだ。

 正直言ってお目当てのものが資料の中にあるのかすら怪しい。

 一応、目的の物を伝えると、少女は積みあがった資料の中から一冊の本を引き抜いて、ぺらぺらと資料をめくり始めた。

 某が掻き集めた資料の中に、奇跡的にお目当てのものがあったようだ。

 少女は、既に資料の中身を把握済みらしく、碌に目を通しもせずに目的のページを選び出した。

 開いたページの文字に指先を這わせながら、少女は心地良い音色を出す楽器のような声で解説を加えてくれる。

 少女の声に聞き入っていると、少女がきょとんとした顔で某の顔を覗き込んできた。


「どうですか、ゲンノスケさん、この辺りの解説で……他にどんなことが知りたいですか?」

「う、うむ」


 そのときふと不思議に思った。どうして少女は某の名前を知っているのか、某はまだ名乗ってなどいないはずだ。


「どうして某の名を?」

「ゲンノスケさんって有名人ですから」

「有名?」


 少女によると、どうやら某の名前はギルド内で少々、知られるところになっているらしい。その原因は先日の、裏庭での騒動が発端のようだ。

 ギルド長が長年に渡って丹精込めて育てていたルカの大木が一刀両断に切り倒されていた。それが某の所為になっているらしい。

 あの場に駆け付けた冒険者数人が、ギルド職員たちからいろいろな話を聞いたりして話をまとめた結果、なぜか受付嬢の制止を振り切り、某がザンザとカレンを相手取って戦い、二人を再起不能にしたことになっていた。

 しかもルカの大木を切り倒したのはわざとで、ギルド長に宣戦布告をする目的があったのだとかいう陰謀論まで添えられて。

 どうしてそんな解釈になったのかは皆目見当もつかないが、一応その件は、昨日あの場に同席していた受付嬢の説明で事なきを得たらしい。が、いまだにその噂は下火になるどころか、一部の冒険者たちの間では徐々に広まっているらしい。

 一階にいたザンザの移動について噂話をしていたあの三人は、ザンザが無事なのを知っていたため、単に噂を信じなかった部類の冒険者たちだったようだ。


「リノアさんがやけに熱心に否定して回っていたので、逆に一部の人は違和感を覚えたようです――いえ、私はリノアさんを信じてますよ、それにゲンノスケさんだって、悪い人には見えませんし……」

「か、かたじけない……」


 すぐに否定の言葉が出なかったのは、その噂がすぐに笑い飛ばせるほどの見当違いなものでもなかったからだ。


「ちなみにそのルカの大木というのは……」

「なぜか切り倒されていたんですよね、犯人がゲンノスケさんじゃないなら誰なんでしょう」


 いや、原因が某というのはおそらく間違いない。カンナを助けたあのとき、某は無我夢中で木刀を振るった。そのときの風圧で、裏庭に生えていた何本かの木を切り倒してしまったのだ。

 木刀を振った直後、風になぶられ、かなりの角度で折れ曲がっている木が何本もあった。思えば裏庭にあった藁人形もバラバラになって散らばっていたと思う。

 もしかしたら受付に昨日の受付嬢の姿がなかったのは、あれの片づけをしてくれているからなのか。


「あの、つかぬことを聞くが、現在、裏庭は――」

「いま見に行っても、たぶんなにもありませんよ、職員総出で片づけてたので」

「そうでござるか……」


 やはりそういうことだったのかと思っていると、少女は、ハッとした様子で口に手を当てた。


「あ、すいません、一方的にお名前を存じ上げていたものですから、つい名乗らずに……私、見習いプリーストのミラと言います、実は私もゲンノスケさんと一緒でつい先日、このギルドに所属したばかりなんですよ、同じ新米どうし仲良くしましょうね」


 新米……だったのか、資料室のことをよく知っているようだったし、目的の書物を選び出す目にも熟練者のそれが窺えたが……。

 なるほどと、ミラが差し出してきた手を握り返した。ミラはとても柔和な笑みを浮かべ、優しそうな雰囲気だった。どうやら彼女は<ぷりーすと>という、人を癒すジョブを身に着けているらしい。

 ジョブの担う役目と同じで、彼女は温厚で回復魔法が得意でと、ジョブを体現しているような少女だった。

 祈りの言葉を唱えることで人を癒し、毒などの治癒もできるようだ。ただ初心者なのでアンデッドを塵に帰すほどの力が使えないことから仲間を見つけられずにいたらしい……。低レベル冒険者のつらいところだ。

 なので組んでくれるパーティーを探していたらしい。手当たり次第に声をかけても色よい返事を貰えず、資料室に足を運んでみたところ、某を見つけたということらしかった。

 低レベル帯であることで初期の回復魔法しか使えず、あわよくば某と一緒に冒険ができないかと誘うつもりだったらしいが……こちらの事情を聴くなりミラはがくっと肩を落とした。


「そうですか……ゲンノスケさん、仮登録なんですね」


 さすがに初心者のミラでも仮登録冒険者の待遇は理解しているようで――。ただ溜息を吐き、少しの間がっかりしていたミラだったが、互いの名前が知れたところで、これからの予定を照らし合わせると、どうやらミラは今日は収穫がなさそうなので冒険に出ることは諦め、道具屋に向かうことにするらしい、某も一緒にどうかと誘われた。

 初心者なら道具の充実は、安全な冒険を心掛ける上で必須事項だと。

 確かに道具屋に寄る予定だったので、二つ返事で了承した。


 ミラと連れ立って冒険者ギルドを後にした某は、情報交換をしながらミラと街を歩く。

 行き交う人がときおり、某の格好を見て不思議そうな顔を向けてくる。

 ミラは気にしていなかったが、やはり某の格好は、ここではかなり目立つらしい。


 ミラの行きつけの道具屋はけっこうな穴場らしく、城壁の近くにあるとのことだ。滅多に人が寄り付かないことで値段も安くしているそうで、つぶれそうな割に珍しい品もときおり入荷するとミラは少し自慢気だった。

 冒険者として稼げるようになってくれば装備品などに目を向けてもよいが、最初のうちは道具につぎ込んだ方がいいのではないかと言われた。安全第一か、確かにそうかもしれない。


「ちなみに知ってますか? 魔物って、都市部に近いほど弱くなる傾向にあるんですよ」

「そうなのでござるか?」


 ミラの話によれば、この城砦都市には魔物を寄せ付けない結界が張ってあり、それが強い魔物ほど作用して、強い魔物ほど都市には寄り付かない傾向にあるのだとか、なので某が今回向かうことになっている花畑も、都市のすぐ傍にあるのだと説明を受けた。

 だからもしなにか問題があったとしても初心者はすぐに都市に戻れるから、初心者におすすめのフィールドを探索している限りは、ほぼ危険はないらしい。

 ミラは初心者にしてはいろいろなことを知っていた。そんなことを仲間とはいえ依頼を取り合う間柄でもあるライバルに惜しげもなく教えてくれるあたり、かなり面倒見がいい性格をしている。


 話をしているうちに、とある寂れた一軒家に辿り着いた。

 外観は道具屋といった感じではない。人がいるのかすら怪しい寂れた建築物だ。看板にはなんと書かれているのかわからず、至る所に掃除が行き届いていないらしい蜘蛛の巣も張っている。

 店内は埃塗れではないのかと想像させるような店構えだ。

 ミラにとっては行きつけらしく、顔が利いて珍しい品も見せてもらえるらしいが、この店の常連になるかどうかは検討する必要がある。

 昔は<バルスの帝国店>と書かれていたらしい看板が、今にも落ちそうなくらい風にあおられカタカタと揺れていた。

 少なくともミラの言う通り、商売は繁盛してなさそうだ。

 立てつけの悪い扉をガタガタ音をさせながらミラが店の中に入っていく。

 あとに続いて中に入ると、案の定、思わず咳が出そうなくらいの埃っぽい淀んだ空気が漂っていた。

 ミラは慣れた様子で、棚に吸い付くように近づいていく。


 薄暗くて活気がない店内を見回していると、店の奥にどかっと座っていた強面の店主と目があった。


「よう兄ちゃん、探し物かい?」


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