第4話 魔道貴族


 トリステインで魔導貴族というのは貴族の中でも特に位の高い貴族に与えらえる称号だ。通常の貴族と違い、必要なのは家柄でも財力でもない、ただただ戦闘に秀でた魔力を有していること、その一点に尽きている。

 なので当主に女がいることは普通で、年齢制限も設けられていない。そもそも魔術師というのは、トリステインでは珍重されており、その中でも一般レベルを優に超える魔術師を、トリステインでは皇帝の次に据えるほど崇めているのだ。

 それは彼らこそが戦時においては要だからに他ならない。

 魔導貴族は腕が立つ剣士の何万倍もの働きをする。

 その一撃が街を飲み込み、炎に沈める、魔導貴族筆頭と呼ばれるサイラス家当主、サイラスグラードの振るう魔法は、まさしくそんな奇跡を呼んだ。

 一騎当千の軍隊よりも魔法という力は常軌を逸している。

 地道な侵攻よりも一撃必殺の殲滅作戦こそが今の主流だ。

 だが逆に早期決着が見込まれるからこそ、交渉ごとのほとんどは、実際に戦争に発展する前に話し合いで解決することの方が多い。より多くの魔導貴族を有している国、より強い魔導貴族がいる国こそが、他国への強い影響力を保持していると言える。


 サイラス・グラードは自他ともに、誰もが認める最強の魔導貴族だ。

 誰もが恐れ、誰もが逆らうことなど考えない。

 逆らう者がいるとするなら国家の敵だ。トリステインの安泰を望まない他国からのスパイ、そう今回のサイラスグラードの娘ノヴァの襲撃は、まさしくそのように考えられていた。

 サイラス家の次期当主と名高い魔導貴族を襲撃する理由など、それしかないと。


 ただ現実問題として、ノヴァの襲撃はサイラスグラード本人を襲撃するよりも容易いと考えられている。なにせ彼女は占いの力こそがすべて、その未来予知力は最強ながら攻撃力を有していない点で自衛能力に欠けていた。

 ただ彼女の魔法の性質上、その自衛能力自体が意味のないものである点が、今回の襲撃において一番の謎だ。

 彼女の魔法はありとあらゆる害意を見抜き、巻き込まれなくて済む方法を提示する。ある意味、サイラスグラードとは対照的に、有用性においてその攻撃性を優に凌ぐ魔法なのだ。

 争いは、争いが起こる前にその芽を摘めば未然に防げる。彼女の魔法はそういった魔法だ。

 そういった点から、この城塞都市アヴァロンは、強固な城壁や兵器を保有しながらも最強の魔術師、最強の未来予知能力者までいるという難攻不落の大都市だ。スパイが入り込む余地などそもそもない。

 スパイが必要悪として、定められた未来に進むための捨て駒として招かれたのでなければ。そしてその利用されたスパイたちにも残念ながらはいる。



 獅子の口から絶え間なく流れ出る湯を、某は呆然と腕を組みながら眺めていた。

 ノヴァが有力者であることは薄々わかっていたものの、まさかこんな巨大な湯殿まで所有していたとは驚きだ。

 しかも、この大量の湯はいったいどこから来ているのだろうか……。

 熱い湯が絶え間なく獅子の口から流れ出ている、この世界では魔法という奇跡を起こす力が一般的だという、もしやそれを使っているのでは――。


 これまでの情報を整理すると、どうやら某が今いる場所は<とりすていん>とかいう国らしい、そしてここは<あばろん>という都市。


 ここまでの道中、馬車から眺めた街の風景は見たこともない建物や屋根ばかりだった。やはりここは日本ではないのだ。

 なまじ日本語が通じたので、ゆかりのある場所かとも思ったが、魚屋も見かけなければ桶を背負った豆腐屋もいない、いつもは大声を張り上げている瓦版屋も、あれだけ通りを忙しなく走り回っていた飛脚も見かけることはなかった。

 代わりに見かけたのが破戒僧だ。街の中を堂々と、目立つ坊主頭で恐ろしい形相をして歩いていた。背中に大きなトゲ付きこん棒を背負っていたので間違いない。人を叩きのめした帰りだろうか、こん棒は血に濡れていた。


 まったく、山崩れに遭ってからこの方、悪いことばかりが立て続けに――日頃の行いが悪かったのだろうか、まあ、侍とは元来そういうものか。

 水しぶきをあげて勢いよく立ち上がり、手拭いを肩にかけて大浴場を後にした。

 外に出ると籠に入れたはずの服がなくなっていた。屋敷の中で盗難に遭うはずもないので、表に立っていた係りの者に聞くと、どうやら某の服は洗濯中なのだという。

 代わりに用意してある服を着てくれと言われたので、悪戦苦闘しながら袖を通したのだが、なんとも袖が長く、快適性に欠ける服だった。窮屈で、まるで拘束具でも身に着けているようだ。

 だがよくよく考えてみると、服の洗濯が終わるまで某はこの家を出ていくことができないということではないか?

 それは少々、まずいのだが、ノヴァ殿はどういうつもりなのだろう。

 これが意図的であったら恐ろしいところだ。

 なにやら作為的なものを感じつつ、某は係りの者に案内してもらい、長い机が中央にどんと構える広い部屋に通された。席にはすでに子供たちが幾人か座っており、驚いた目でこちらを見ている。

 そのうちの一人が左奥側の席からこちらに向かって手を振っていた。よく見るとノヴァ殿だ。


 ノヴァ殿に軽く頭を下げ、そちらに足を向けようとすると、目の前に颯爽と黒いヒラヒラの服を靡かせた女性が割り込んできた。どうやら某をノヴァ殿のところまで案内してくれる気らしいが、距離は目と鼻の先だし、そんなことは不要なのだが、と思いつつ付いてく。

 先にノヴァの元へと辿りついた女性が、ノヴァの隣に席を用意してくれ、席を引いたまま、じっとしている。

 この屋敷には自分でなにかをしてはならないという掟でもあるのか? まあいい、ここは郷に入っては郷に従えということわざもあるし、従っておくか。

 だが渋々、席に腰を下ろそうとした瞬間、女性が気を利かせてか席を押したので膝ががくんとなり態勢を崩してしまった。

 硬直した状態で席をカタカタと前後に揺らす。

 目をぱちくりとさせ、借りられた猫のようになりながらも、颯爽と立ち去っていく女性の後姿を見送った。

 ノヴァがクスクスと笑っている。場が和んだのはいいことだが、とんだ失態を演じてしまったものだ。だから一人で座れると思ったのに。

 なにやら釈然としなかったが、今一度、気を取り直してテーブルを見回してみる。

 ノヴァを始めとして座っているのは皆、銀髪の子供たちだ。血が繋がっているのだから当然と言えば当然だが……ただ同じ家族だというには、どこか素っ気ないというか、よそよそしい感じがした。まるで互いに警戒し合っているかのように会話がない。


「ゲンノスケ、この子たちは私の弟と妹たちよ、挨拶は後でいいわ、お父様――いえ、家長が先よ、もすぐ来ると思うから」

「承知した」


 大人しく待っているとそれらしい男が室内に入ってきた。ノヴァや子供たちと同じ銀髪だ。おそらく彼がノヴァの父親であるサイラスグラードなのだろう。まだ若く、顔には年齢を感じさせる皺ひとつない、黒を基調とした異装に身を包んで佇まいが優雅だ。彼が所謂ノヴァがいうところの魔術師の頂点に君臨する男か。

 確かに貫禄がある。下賤の者には目もくれないといった風格でこちらには一瞥もくれず、長い机の端に座った。そこからは机に座ったすべての者を見渡せる。

 サイラスグラードが初めてこちらを見た。これまで某が相対してきた使い手たちに通じるものがある。戦乱を生き抜く武者のような、戦いに身を投じてきたものの顔つきだ。子供たち一人一人を吟味するように見回した後、パンパンと手を叩く。

 それを合図に盆を持った女たちが一斉に部屋の中に入ってきて机にはいつの間にか色とりどりの料理が並んだ。

 女たちはよく訓練されており、無駄のない動きで飛び入り参加の某の前にまで手際よく皿を並べた。見慣れない平たい皿に盛られた料理、その両隣には、これまた見慣れない器具がいくつも並んでいた。これはどうやって使うものなのだろうか。


 目の前には果物が絶妙の高さにまで積みあげられており、その向こうに見えていたはずの子供の顔が隠れてしまった。

 

 思わずごくっと生唾を飲み込んでしまうほどの香ばしい匂いと、食欲をそそるジュウジュウと音を立てる分厚く切られた肉の塊……。

 だが子供たちは皆、美味しそうな料理を前にしても一切、表情を変えない。まるで人形のようだった。

 彼らの視線の交わる先は常に一つ、彼らの父親であるサイラスグラードだ。ノヴァの話では彼は厳格な男で、子供にすら父親らしい優しさを見せたことがないという。

 サイラスグラードが祈りの姿勢をとると、子供たちも慌てて両手を組み、瞳を閉じる。ノヴァもいつの間にかその姿勢を取っており、年長の風格を漂わせていた。

 サイラスグラードがぶつぶつとなにか言っている。祈りの言葉だろうか、とりあえず某も同じようにしてみる。おそらく、この地域でいうところの<いただきます>だろう。


 ただのいただきますにしてはやけに長い儀式を終え、ノヴァの話を思い出す、ノヴァが言うにはサイラスグラードは冷気と炎を操る魔術師で、冗談が通じない人だから『決して怒らせないように』と念を押された。

 その魔力は、サイラス家が誇る歴代魔導貴族の中で最強で、軽く腕を振るだけで人間を消し炭に変えるらしい。そしてサイラスグラードが振るう魔法の厄介なところが、攻撃が見えないところ。

 サイラスグラードの魔法はそれが大規模なものでもない限り、基本は見えない。わかりやすく炎が迫ってくるといったこともなく、敵の体内で発火現象を起こすことも可能なのだ。対人戦ではまず無敵、集団戦でも敵はない。彼が最強と言われる所以だ。マナの扱いに関しては彼の右に出る者はいない。ノヴァは某に、父親の弱点と呼ぶには些か無敵する力の本質を惜しげもなく語って聞かせた。

 父親とは敵対しないように、心得違いをしないようにと諭すために。


 祈りが終わり、食事が始まった。

 カチカチと食器の鳴る音が辺りに響き、しかし重苦しい雰囲気が辺りを包む。

 某は一応、ノヴァがやっている通りに器具を使い、食事を始めてみた。

 だが皿に盛られた肉の油分が多すぎて、なかなかうまく切ることができない。

  サイラスグラードがちらりとこちらを見てきた。

  目線が合うと否応なくわかる、サイラスグラードと言われる男の恐ろしさが。

 不用意に戦いを挑んではいけない相手だと。

 魔術師といったものがどんなものなのかも某は知らない。

 ノヴァにその恐ろしさを聞かされただけだ。ノヴァが父親の能力について某に惜しみなく話したのは、それだけどうしようもない能力だということを教えたかったから。危険を避けさせるためにはそれしか手がなかったからだ……それほどの手合いなのだと実感する。

 だが実際、ノヴァに忠告されていなかったとしても、この調子なら気圧されていただろう。この圧迫感に……。剣士としての本能が告げているのだ。自身の剣技は、まだその段階に至ってはいないと。馬車の中でノヴァに告げられた言葉が蘇る。

 

 『ゲンノスケ、あなたは強いけれど、くれぐれもお父様を敵に回してはダメよ。媚びる必要はないけど、どんな理由があっても逆らわないで。

 大丈夫、理不尽なんてサイラス家には履いて捨てるほど転がってるんだから。

 ま、勝てる人がいるとしたら……それこそ魔導の祖と言われている、魔女ぐらいじゃないかな』


 ノヴァは、魔女については冗談めかしに、そんな風に言っていた。

 だが実際に目にしてみると、それ以上に思える、誇張でも何でもなく。

 魔術師は大気中のマナを使って現象に変える、その力を精霊や神々から借り受けているという認識らしいが、サイラスグラードの場合、もはや神そのものに見える。


 そのサイラスグラードがノヴァにはとても厳しく、後継ということもあって、躾が厳しすぎると言っていた。

 親としての愛情がまったく感じ取れないほどに、容赦がないのだという。

 馬車の中でノヴァからひっきりなしに告げられたのは、行き先を言わなければ外出も許されない父親が敷いた禁足令にも等しい躾けに対する不満だった。

 たとえ外出が許されても必ず強面の護衛がひっきりなしについてくる。それがうんざりなのだと。

 ノヴァは常に彼女が使う魔法によって守られている。なにかが起こる前に必ず齎される彼女への啓示、いわば鉄壁の防御態勢、そもそも、その日、危険が起こるのであれば外出はしない。

 それがわかっていながらサイラスグラードは過保護過ぎる体制をとる、その意味が分からないと。しまいには嫌がらせなのではと疑ったこともあるそうだ。

 それが今回の件でサイラスグラードに大義名分を与えてしまった。屋敷に帰ったら、とうぶんは外に出してもらえないとノヴァはかなり落胆した様子だった。

 普段は吐けない愚痴や弱音を某に吐き出せたことで、少しは気がまぎれたようだが、やはり不満は不満らしい。


 ちなみに今回ノヴァが起こした無断外出事件は、厳しすぎる父の教育理念に一石を投じるためだった。

 だから行き先もあえて決めていなかったそうだが、ならどうしてと思うところがある。ノヴァを襲ったあの連中はどうやってノヴァの外出を知ることができたのか。

 彼らは計画的だった。箱の中身がノヴァであることを知っていた。

 なにやらきな臭い……今回の襲撃の件、とても身近な人間が黒幕なのでは。

 有力者として知られているサイラス家の情報が、そんなにもほいほいと表に出るなんて考えられない。

 サイラスグラードの過保護すぎる体質は、本当にただの過保護なのだろうか?


 さきほどから、調律の取れたカチカチと食器の擦れる音に混じって、某の奏でる、なんとも耳障りな不協和音が響いている。

 ちなみに日本ではあまり肉は食されていないが、猟師たちの間では、実は多少なりとも肉食文化が横行しており、山で捕まえた鹿や猪などの肉を乾燥させて、干し肉などにして蓄える習慣があったりする。

 ちなみに日本で肉食は建前上、禁止されており、あまり好ましくないこととされているが、滋養強壮によいとして、猟師仲間の間では密かに珍重されていたりする。

 それをたびたび譲ってもらったことがあるので、食べ慣れていないことはないのだが、それにしても、ここで出される肉は質が違う。

 肉が桃色で、絶妙な火入れ、肉汁も多い、切れば油が染み出してくるなど前代未聞だ。切れにくいということ以外は完璧だった。

 油で滑る肉と格闘していると、見かねたノヴァが両手に持った器具を優しく差し入れ、切り分けてくれた。


「か、かたじけない……」


 その慣れた手つきに見惚れながら礼を言うと、ノヴァはゆっくり食べればいいのよと言ってほほ笑む、殺意を感じ、目を向けると、サイラスグラードの視線が細くなっていた。


「ところでゲンノスケ殿の……お国はどこかな? 」


 サイラスグラードから不意に質問を投げかけられて戸惑った。どう答えようか迷ったというのもあるが、サイラスグラードの口調に威圧的な雰囲気を感じたからだ。

 某とて様々な、しがらみの中で生きてきた。サイラスグラードが何に対して怒っているのかわからないほど初心ではない。この辺りでは見かけない黒い髪、出自も身分も定かでない者が必要以上に娘と親しくするなと、サイラスグラードの目は語っていた。


 そのとき『ゲンノスケは遠くの国から来たそうよ』とノヴァが助け舟を出してくれた。あらかじめこちらの事情はノヴァには筒抜けだ。彼女は水晶球を覗くことであらゆることを見通すことができるため、所謂、某には、彼女に敵対することは決してないという免罪符が与えられている。

 だがそんなことで納得するほどサイラスグラードは甘くなかった。当然の如くといった様子で眉を顰める。


「遠くとはどのあたりなのかね? 地名も定かではないということはあるまい?」

「お父様、根掘り葉掘り聞いては失礼よ、彼は少なくとも私の命の恩人なんだか――」

「ここにはどのような目的で?」

「それは……」

「もう、お父様ったら! いい加減にして!!」


 サイラスグラードがあまりにもしつこく聞き出そうとするので、ついにはノヴァの堪忍袋の緒が切れた。

 確かにサイラスグラードの質問は礼儀に反している。明らかに娘の命の恩人に対する態度ではなかった。潜在的にサイラス家以外の人間は劣等種と侮っている節が垣間見える。ノヴァはそんな父親を見るに耐えなかったのだろう。

 大きく溜息を吐くと、下を向いてしまった。


 サイラスグラードは咳ばらいを一つすると、しかし明らかに動揺している節が見えた。子供のことを何とも思っていない人間が果たしてこんな反応をするだろうか?

 教育にばかり熱心で、親心の備わっていない父親だと聞かされていたが、この反応からしても、ただの冷血漢ではない気がする。

 もしや娘のことが彼にとっての唯一の弱点になりえるのではないか、そう思わせるほどの反応だった。それを悟らせないためにわざと冷たく接してる、そんな裏の顔まで露呈しそうな狼狽え方だ。

 父親か……某にもすでに亡くなった父がいる。父はいつもこの世を憂いてばかりで、人の善意を信じない人だった。なにかに怯えるように、いつも裏切られることが当たり前だと話し、人との交流に対し予防線を張っていたように思う。

 父は死ぬまで変わらない人だったが、子を愛せないほどひねくれてはいなかった。

 彼も、もしや同じなのでは。


 確かにサイラスグラードが危惧する通り、サイラス家を破壊したいなら、サイラス家に取り入って内部から壊していく方が効率はいい。某に少しでも悪意があれば、この状況は彼らにとってあまり良好な状態とは言えないからだ。

 サイラス家は敵が多い家柄だ。それゆえ味方を迎え入れるにも慎重に慎重を期さねばならない。ノヴァが悪漢どもに襲われ、それ自体が某の策謀だったら、それこそサイラス家は、敵を内部に招き入れたことになる。警戒するのは当然かもしれない。


「心配ないわ、お父様、私の魔法なら信頼できるでしょ、ゲンノスケは私に対して危害を加えるような人じゃないって水晶球で確認済みよ」


 サイラスグラードは、わざとらしく咳払いした。


「まあ、いいだろう、頭から疑うのは確かに私の悪い癖だ……だがゲンノスケ殿、貴殿を完全に信用することはできない……」

「お父様!」

「これが私にできる最大限の譲歩だよノヴァ、今回の敵なら確かにわざわざお前のことを襲ったり救ったり、劇場型の犯行はしないだろう、魔法でプロテクトされている箱の中身を物理的に取り出そうとする愚か者ばかりだったみたいだからな。

 その点は私とて道理は弁えているつもりだ、だがね、前提としてお前の魔法は、確かにお前に危害を加える敵を嗅ぎ分けるが、それ以・外・はあくまでもお前の付属品おまけなのだよ、我々がお前にとって無価値となったら、お前の魔法は容赦なく、我々一家を切り捨てるだろう、もしかしたら自然的な淘汰を待つまでもなく、干渉してまで目的を遂げようとするかもしれない……お前の力は現時点において、私を唯一倒し得る魔法なのだ」


 サイラスグラードのノヴァの評価は、ノヴァが考えているよりもはるかに高い。

 確かに物理的には最強の魔法でも、あらゆる事象を見抜く魔法の前ではまったくの無力。サイラスグラードの分析は的を得ていた。

 そして親として愛がある故に、サイラスグラードがノヴァを攻撃することはないという最大の利点。

 ノヴァは不満そうだったが、某にもサイラスグラードの言い分には理解できる点が多々あった。


「でもゲンノスケは……」

「わかっている、彼がお前にとって特別な人間に変わりないことは、だから邪険にするつもりはないし、ある程度までなら彼との交流も許そう。

 ただし許すのはそこまでだ、過度の交流は控え、あくまでも節度を持って接すること……あまり目に余るようなら彼には申し訳ないが出て行ってもらう。いいね?」

「はい、お父様……」


 ノヴァはしぶしぶ返事をし、サイラスグラードは布巾で口元を軽く拭うと、席から立ち上がった。


「源之助殿には、使用人たちに貸し与えている離れを――後で使用人たちに案内させる、ただし母屋への入室は今後もご遠慮いただきたい」


 ノヴァは納得していない様子だったが言い返すこともなかった。おそらくそういう条件が出されることは予想していたのだろう。


「源之助殿、ノヴァも年頃なので、理解していただけると嬉しい」

「わかり申した」


 一夜の宿を提供してもらえるだけでもこちらとしては嬉しいかぎりだ。

 連綿とその技能が受け継がれていく魔術師の家系、中々、付き合っていくのは難しそうだが、こちらが節度を守っている限り、変なことにはならないだろう。

 少し溜息を吐いてサイラスグラードはノヴァを一瞥して扉の方を向く。娘が最後まで自分の方を見もしなかったことが少しばかり寂しかったのだろうか、その背中がしぼんでいるように見えた。

 サイラスグラードが何かを思い出したのか再び立ち止まる。


「それとノヴァ、今回お前が屋敷を勝手に抜け出した件については不問にしておく。お前にもいろいろと事情があり、あ・れ・に導かれてしたことだというのはわかっている。そうでなければ私の監視の目をかいくぐることはできなかっただろうからね。ただお前の勝手なふるまいを許すのは今回限りだ。サイラス家の次期当主が、そうやって義務をないがしろにする者では困る」

「わかりました、お父様、申し訳ありません」


 父親として最後に娘に嫌われることであっても言わなければならない。心中察する、かなり葛藤があるようだ。

 サイラスグラードは力なく肩を落とした様子で、他になにを言うでもなく食堂を後にした。



 食事が終わると、某は奉公人に屋敷の構造を一通り説明され、通されたのは今夜、某が世話になる門を一つ隔てた離れの邸宅。母屋へ入ることはサイラスグラードの支持なのか、しつこいくらい入らないように忠告された。

 邸宅は奉公人たちが普段、暮らしている建物のようでサイラス家から貸し与えられているものらしい。一流の家に仕える奉公人も一流の寝床が必要ということで、奉公人たちが暮らすには十分すぎるほど立派な建物だ。

 確かに奉公人が下手な病気になったりしたら、仕えている主人にうつるかもしれない。健康状態を良好に保つ、それも奉公人たちの義務なのだ。

 確かによくできた環境と関係性である。理にかなってもいる。

 主従の有り様、その正しい姿か……。

 通された部屋も豪華だった。流石に先の屋敷とは比べるべくもないが、一般の住居としてはこれ以上のものはなかなかない。某が日本で暮らしていた長屋など比較にもならない。使われない部屋も常に清潔に保ってあるのか、掃除の必要もなさそうだった。

 置かれた調度品は変わったものが多く、どうやって使えばいいかわからない物も多いが、おそらくほかの奉公人たちの部屋と大差はないだろう。間取りも変わらないようだ。奉公人一人につき部屋一つが割り当てられるとは好待遇にもほどがある。

 他に必要なものはないかと奉公人に聞かれたが、よくわからないので今のところはないと答えておいた。きっとこれだけで十分すぎる。


 『本来ならお嬢様をを助けてくれた方にはもっと豪華な部屋をご用意するべきなのですが』

 いや、そんなふうに言われては逆に恐縮してしまう。助けたと言っても、あれは流れ的にそうなっただけで、某は初めノヴァたちのことを得体のしれない輩だと警戒していたのだ。


 これといった荷物もないので、部屋で暫らくぼうっとしていると、奉公人の一人が困ったことがないか、また見に来たので、ついでにこの辺りで金が稼げそうな仕事がないか聞いてみることにした。

 サイラス家の人たちを巻き込みたくはなかったので、サイラスグラードやノヴァに言わないで済む方法でと条件を付けると、一つだけ某にぴったりなものがあると紹介してくれた。


 明日はその場所に行ってみることにして、その日は就寝することにした。

 当分は日本に帰れるアテもなさそうだし、身の振り方を考えなければならない。

 某にぴったりだという仕事に関しては、どんなものなのか疑う気持ちもあるが、とりあえず行ってみてから考えよう。

 某はかなり疲れていたので寝具に横たわると泥のように眠ってしまった、深い深い微睡みの中へと。






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