第七章 全ては明日のために。

第七章 全ては明日のために。

 

 

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。ひまわりはぐるりと周囲に視界を走らせる。

 手がかりと呼べるものはなく、浩一郎の捜索は難航を極めそうだった。

「……ずいぶんと徹底していますね」

「ええ。病的なまでに痕跡が消されているわ」

 ひまわりの呟きに、リンダが応じる。彼女はどこかもの憂げに、床に目を走らせていた。

 何か手がかりがないものだろうかと思っての行動だ。

「本当に、どうしたものかしら」

 リンダはたちが上がり、はあと溜息を吐く。

「何も手がかりがない。これは本格的に警察の手を借りる必要がありそうね」

 二人だけではわからないことも、警察の力によってわかることもあるかもしれない。

 なるほど、リンダの言い分はもっともだ。素人が何人集まろうと、無理なことはある。

 ひまわりにしたって、言ってしまえばお守りロボットだ。

 青いたぬきと用途は変わらない。刑事事件の捜査をするような機能はなかった。

「それで……一体何をしているんですか?」

「んー? まあちょっと……」

 散々調べ回って、何も手がかりはないとわかった。

 だというのにまだうろうろしているリンダに、ひまわりが訝しげな視線を送る。

「何もありませんよ。次に行きましょう」

「え? ええ……そうね」

 リンダはひまわりを一瞥し、どこか不満げだった。

 まだ、調べ足りないのだろうか。とはいえ、ここにはもう手がかりはない。

 隅々まで調べたのだ。それは間違いないだろう。なら、別の場所を探すのが定石だ。

 ひまわりは背後にリンダの気配を感じながら、通路を行く。

 元々廃工場だったここは、外観よりかなり広い。そして、意外と清潔にされていた。

「おそらくは浩一郎を浚った何者かの手によるものでしょうが……」

 そいつらが掃除やら何やらをしていたのか、それとももっと別の理由でか。

 いずれかはわからなかった。が、そんなことはどうだっていいことだ。

 重要なのは、浩一郎の手がかりが見付からないという一点。手がかりがないのなら、いつまでも同じ場所に長いをする理由はない。

「それにしても……ずいぶんと広いわね、ここ」

「ええ、そうですね。予想外でした」

 捜索はすぐに終わるだろうと思っていた。ここに囚われているにせよ、いないにせよ。

「それで、あなたは一体何をしていたんですか?」

 ひまわりがリンダに問いかける。リンダはその問いの意味するところをすぐに察した。

「ああ、まあなんだ……何か手がかりがないかと思って」

「見付からないのはわかっていたでしょう。いつまでも同じ場所を探したって無意味です」

「それはまあ……そうなんでしょうけれど」

 リンダが不満そうに口の端をへの字に曲げる。

 そこまで言わなくても、という思いがあった。とはいえ、今はそんな言い合いをしている場合ではない。

 通路を抜けると、そこには錆び付いたロッカーが大量に並んだ小部屋があった。

 ここで、かつての従業員たちが着替えをしていたのだろう。

 リンダはその光景を想像して、理由もなくきゅっと胸を締め付けられるようだった。

「おっと、だめだめ」

 今は過去に思いを馳せている場合ではない。手がかりを探さなくては。

 リンダは首を振り、自分の中に生じたその感情を追い出した。

「それはでわたしはこちらから確認していきます」

「ええ。では私はこちらから」

 ロッカーの端の方に、それぞれ移動する。

 バタンッバタンッとロッカーの扉を開け、中を確認していく。

 当然、ロッカー内には何もなかった。それどころか、錆び付いていて開かないものもあった。

「さて……一通り見て回ったわね」

「しかしここにもいませんでした」

「だったら、次に行きましょう」

「……今回は諦めがいいですね」

 ひまわりに言われ、リンダはびくんと肩を震わせた。

 今のは、冗談のつもりなのだろうか。それとも本気で言っているのだろうか。

 どちらなのかわからなくて、反応に困った。

 おそらく、ジョークではないのだろう。けれど、果たしてこれは……。

「……じゃあ次に行きましょう」

「はい」

 結局、流すことにした。いずれにせよ、今はそれどころではない。

「次こそ、見付かるといいわね」

 リンダの呟きとも取れるその言葉に、ひまわりは黙って頷いた。

 

                  ◇

 

 

 

 ガタンッと何かが落ちる音がした。ビクッと体が震える。

「……誰かいるの?」

 問いかけてみる。けれど返事はなかった。

 当然だ。今、この場にいるのはサラ一人なのだから。

 幼い少女は音のした方をじっと見つめている。まるで、その先に何かがあるかのようだ。

 実際には何もない。音がしたのも、ただの偶然というより他になかった。

 それでも、サラは胸中の不安を拭えずにいた。

 もしかしたら、誰かいるのでは? という考えが頭から離れないのだ。

 あるいは……浩一郎?

「こういちろう……? いるの?」

 おそるおそる、音のした方へと足を向ける。ゆっくりと、慎重に。

 けれどもそこには誰もいなかった。――否!

「……ああ、お嬢ちゃん。こんなところで何をしているんだい?」

 しゃがれた、聞き取りにくい声だった。

 その声に、サラは短く悲鳴を上げた。それから数歩下がり、尻餅を突く。

「おお、驚かせてしまったね。申し訳ないね」

 しゃがれ声のその人物は、のっそりと体を起こした。

 がしゃがしゃと周囲に散らばっているごみくずを足で退かしながら、近付いて来る。

「大丈夫かい? お嬢ちゃん」

 その人物の顔が、サラの間近に迫っていた。

 男のようだ。顔中を伸ばし放題の髪とひげで覆っている。

 長らくシャワーを浴びていないのか、全身がかなり汚れていて、匂いもきつかった。

 いわゆる、ホームレス。社会の爪はじき者。

 めぐり廻って、この廃工場緒でひっそりと暮らしていたのだろう。

「いやはや済まないね。別に脅かすつもりはなかったんだよ」

 男は頭を掻きながら、申し訳なさそうに弁明する。

 その声音から、言葉通り脅かすつもりはなかったのだろう。

 いや、先に棲んでいたのはこの男だ。そこへサラがやって来た。

 なら、謝るべき人物が違うのではないだろうか。

 今だ混乱の収まらない思考を経て、サラはそんな結論に達する。

「あの……ごめん、なさい」

「へっ……どうしてお嬢ちゃんが謝るんだ?」

 男がおかしそうに肩を揺らした。

「謝るはこっちだ。すまんな」

「ううん、それは大丈夫……」

 サラは何と返事をしたらいいかわからず、そう答えた。

 果たして、この男は一体何者なのだろうか。信用に足る人物なのだろうか。

 じっと彼を見つめる。

「えっと……おじさんは?」

「ん? ああ、これはいけない」

 男はほとんど黒いと言っても過言ではないほど黒くなっている歯を見せて笑った。

「失敬失敬。俺はトムっていうんだ。トム・オーヴィス」

「トム……はこんなところで何をしているの?」

「別に何をしてたったわけじゃねえが……まあここは俺の根倉みてえなもんだからな」

 トムと名乗った男は背後を振り返り、頭を掻く。

 ニワトリのトサカが揺れている、とサラは思った。

「昔はこれでも家庭があったんだ。でも、ちょっとへましちまってよ」

「……へま?」

「いいや、お嬢ちゃんに話しても仕方がねえ。それに知らない方がいいさ」

 男は首を振り、サラに笑みを向ける。

 どうやら、悪人ではないようだ。匂いはきついけれど。

 サラはそう判断して、トムに一歩近付いた。

「お嬢ちゃんこそ、こんなしみったれたところで何をしてるんだ?」

 トムの見たところ、サラは実に小奇麗だった。とてもホームレスには見えない。

 おそらく、きちんとした家があり、家族がいるだろう。そんな子供がなぜ?

「……家出か?」

 今時ありえないだろうと思いながら、トムは訊ねた。家でするような子とは思えない。

 案の定、サラは首を振る。ゆっくりと、はっきりと。

「……じゃあなんだってこんなところに?」

 トムは頬を掻き、困惑にまゆを潜めた。

「ちょっと……ね」

 じっと、サラは顔中もじゃもじゃの男を見ている。何やら思案している顔だ。

 おそらくは、サラが抱えている問題を話していいものかどうか。

 値踏みされているようでいい気はしなかった。が、自分が怪しいのは自覚している。

 だから仕方がない、とトムは自分に言い聞かせた。

「……ま、何だっていいや。お嬢ちゃん、どうやって来たんだ?」

「……車に乗って?」

「は? 車?」

 トムが更に眉間の皺を深くした。

 今、この娘は何と言った? 車で来たと言ったか?

 ということは両親から捨て……いやいや、と首を振る。

 今時の車は九十パーセント以上が自動運転だ。エンジンさえかければ、行先は告げるだけでいい。

 とはいえ、こんな子供がエンジンをかけられるとは到底思えなかった。

「んー……まあ最近の子供は学習がはええからな」

 トムは天井を見上げ、そんなことを独り言ちる。

「なんでこんなところに迷い込んじまったのかは知らねえが」

 トムは自分の頭を激しく掻き回す。その度に得体の知れないものが飛沫しているようで、サラはちょっとだけ彼から距離を取った。

「まあ出口くらいまでなら案内してやる」

「あ、ありがとう……」

 くるりとトムが背中を見せる。それからスタスタと歩き出したので、サラは困惑した。

「ええっと……付いて行けばいいのかな?」

 小首を傾げ、思案する。その間にも、トムは止まることなくいずこかへと向かう。

 その頼りなさげな丸まった背中を追い駆けるように、サラも小走りに駆け出した。

 すぐに距離は縮まり、サラは一瞬躊躇してから、トムの隣を歩く。

「えっと……わたしはサラ」

「ああ、よろしくな、サラ」

「うん。……それで、トム」

「んだ?」

「トムはこんなところで……何をしていたの?」

 サラはちらりと背後を振り返り、問うた。

 明らかにここで寝泊まりはできなかった。いくらトムがその道の達人とはいえ、ここでは何時に眠って何時に起きたらいいのかわからなくなってしまうだろう。

 そんなサラの心配を察したのか、はたまた違うのか、トムはけらけらと笑った。

「日本のことわざに『住めば都』っていうのがあるのを知ってるか?」

 問われて、サラは首を振る。そんなのがあったなんて初耳だ。

「人間、どんな場所だろうとそこで長いこと暮らしているとニューヨークに住んでるのと変わらないくらいの気持ちになるってことだ」

「うそ……」

 トムの言うことが、サラには信じられなかった。

 本当にこんなところで暮らしが成り立つのだろうか。そんなはずはない。

 こんな、清潔なシーツもマットレスもないようなところで暮らしていくなんて。

 サラには想像だにできなかった。トムが嘘を吐いていると考えた方がよほど合理的だ。

「お? その顔は信じてねえって顔だな」

「いや……ええっと」

「まあそう身構えんなって。俺だって昔だったらサラと同じことを思っただろうよ」

 トムが笑いながら、サラに頭にポンポンと手を乗せてくる。

 その度に何か言い知れぬ悪寒が背筋を走り、サラは必死でそれを表情に出すまいとした。

「さて……ここから出るんだ」

 と言って、トムが立ち止まり、何やら鉄板を叩いた。ガタンと大きな音がする。

 よく見ると、それは鉄製のふた? のようだった。錆び付いていてかなり赤みがかっていたが、間違いなくふただ。

「ええっと……何これ?」

「昔、まだここが普通に稼働していた頃に万が一、ここに作業員が入ってしまった時のための非常通路だ。普段は閉まっていたが、今はここを通って行き来してる」

「だ、大丈夫なの?」

「大丈夫さ。何せ今はここを通ったって俺たちを怒る奴なんざいねえからな」

「いや、そういうことじゃなくて……」

 サラが言いたいのは、老朽化のよる崩落のことだった。万が一というのなら、そちらの方がよほど心配だ。

 とはいえ、そんなことを言っていられる状態でないのも事実だった。

 一刻もはやくここから出なくては。

 サラはトムに礼を言い、非常扉を開けた。かなり錆び付いていて、トムの手助けなしには開かなかった。

 ようやくその扉を開けて、中に体を滑り込ませる。

 中は梯子になっていて、そこから上を目指すようになっていた。

「ここから上に昇っていけばいい」

 トムはカタンと梯子を掴んだ。タンタンッとリズミカルに昇っていく。

「何してんだ? さっさと来い」

 と言われても、まだサラは躊躇していた。

 サラの倍以上体重と体格があるトムがああして昇っているのだから、自分は大丈夫。

 理屈の上ではわかっていても、そう易々と体が動くものではない。

 おずおずとサラは一段目に足をかけた。ぐっと、細く華奢な肢体に力を込める。

 ゆっくりと、着実に昇っていく。崩れかけているところを発見したら、すぐに引き返せるように気構える。

 そうして、警戒しながら登ったせいだろう。昇り切る頃には、サラはぐったりとしていた。

 全身を嫌な汗が伝う。座り込むのも憚られて、サラは立ったまま肩で息をしていた。

「さて……ここまで来たら出口はわかるか?」

 トムが訊ねると、サラはゆっくりと首を振った。

「むっ……まあいいか」

 よっこらせっと、と小さく声を出して、トムが立ち上がる。

「どうせ暇だしな。案内してやる」 

 ニッと笑うトムに、サラも自然と笑顔になった。

 この人は見た目はかなり汚い。こんなところで暮らしているのだから当然だろう。

 しかし、見た目とは裏腹にその心は奇麗なのだろう。

 昔読んだ日本の童話のような。

「じ、じゃあ、ちょっとお願いがあるんだけど……」

 サラは唇を噛み締め、絞り出すような声でその『お願い』を口にした。

 

 

 

                    ◇

 

 

 

 ありえないことだった。ただのテロリストまがいの犯罪者に、資金力などない。

 それが一般的な認識だったし、情報管理の行き届いた昨今の米国……いや、世界の七割の国家で、決死の覚悟を持った自爆以外の犯罪行動は防がれてきた。

 それも未然に、実際に計画が露見するよりはるか以前に。

 だから世界は一見すると平和そのもののようで、人々はそんな世界で平穏に暮らすことができる。

 例えば貧富の差が激しかろうと、何だろうと。表向きは絶対的な平和が保たれていた。

 その裏で、事実は悉く推移している。

 実際問題、犯罪発生予定件数は百年前と比べてほぼ横ばいだ。

 それどころか、緩やかに上昇傾向にある。そして捕縛、殺傷の対象となるのはその九十九,九九パーセントに至るまで、貧困層だ。

「あなたは、これをどう思います?」

「どう……とは?」

 プロジェクターを前にして、浩一郎は眉間に皺を寄せた。

 今、彼の前で行われた講義。それは夜の中のことを客観的に見たデータの解説だった。

「世界はこれほど邪悪で満ちている。ただそれが表に出てきていない、ということなのですよ。これは由々しきことです」

「……だから、それをどうにかしたいと? その邪悪を消し去りたいと思っている?」

「いえいえ、そんな大それたことは考えていません」

 男は首を振り、それは口の端を釣り上げた。

「世界は僕の手には変えられないし、一企業一組織が頑張ったところでどうにもならない」

 男はプロジェクターに映る凄惨な世界を表すデータを見ながら、呟いた。

「ただ、これほどの邪悪が蠢いて押さえつけられているのですから、それを解き放ちたいとは思っています」

「……なぜ? どうしてそんなことを?」

「んん? だって当然じゃないですか。こんなことはおかしいでしょう?」

 男は独り言のように、ぽつりと言った。

「不平等。それも競争からくる不平等ではない、唾棄すべきことです」

「それは……」

 それ以上、浩一郎は言葉を返せなかった。

 なぜなら、男の口振りや態度が、あまりにも痛々しかったから。

 これまでの彼の言動が、嘘だったのではないかと思えくらい。それほど、彼は真剣に語っていた。

「本来なら、あなたにも手伝って頂きたい」

「それは……」

「ええ、ええ。わかっていますとも」

 男は数度頷き、にっこりと微笑んだ。

「娘さんがいらっしゃる。だから、僕の手助けはできない」

「あ、ああ……その通りだ」

 その通りだ、と浩一郎はもう一度漏らした。

 彼の手伝いはできない。それは現代社会において法に触れる行為だからだ。

 犯罪の片棒を担ぐなど、サラに何と言えばいいのだろうか。

 ではなぜ、ひまわりを造ったのか。そんなことは、浩一郎自身明確に既定できてはいなかった。

 娘のため? 自分の寂しさを埋めるため? それとも、もっと他の理由?

 いずれにせよ、浩一郎の答えは変わらないし、今後一切変わることもないだろう。

 その旨を伝えると、男は若干の落胆を見せたものの、それまでとは一切変わることなく、軽々と口を開いた。

「ああ、そうでしょうとも。だからこそ、僕はあなたと交渉をしたい」

「交渉? それは一体……」

「ひまわりと言うあのアンドロイド。彼女のことです」

 びくっと、浩一郎の肩が震えた。

 話の流れとしては、至極当然のことだ。いや、かなり優しいのだろうと思われる。

 この連中なら、それこそ力づくでひまわりを奪っていくことも可能だろうからだ。

 けれどそれをしない。ということは、それだけの理由があるのだろう。

「……なぜ、こんな回りくどいことをする?」

「……僕はね、荒事は嫌いなんですよ、これでも」

「…………」

「意外だ、という顔ですね。はは、まあそれも致し方ありませんが」

 ここまで、ずいぶん手荒なことをしてきましたからね。男はそう言って笑った。 

 笑っていた。が、その顔に反省や後悔の色なんて微塵もなかった。

「……質問を変えよう。お前は、お前たちは本当にひまわりを手に入れれば、理想を遂げることができると思っているのか?」

 それこそ、真の平等、公平を実現する、なんて果てしない夢を。

「……まさか。それだけで叶えられるほど、簡単ではないことはわかっていますよ」

「だったら……」

「だからと言って、夢を諦めることはできませんから」

「夢……」

 浩一郎は言葉に詰まった。

 ここまで、彼は目の前の男から、またはその手下からかなり手ひどい扱いを受けていた。

 暴力に始まり脅迫まがいのことまで。

 しかし、なぜだろう。目の前の男の笑顔が、全く憎らしく感じられない。

 普通はここまでされれば、何かしらの反発を抱くだろう。それこそ、意固地になったりするかもしれない。殺されても、ひまわりは渡さないと、それくらいは口にしてもよさそうなものだ。

 でも、そんなことは言えなかった。

 確かに、敵対心のようなものが消えたわけではない。それでも、この男の言葉が嘘だとは浩一郎には思えなかった。

 そして、今こうして浩一郎を浚っている。危害を加えている。

 それは一つの覚悟の現れなのではないだろうか。彼の、あるいは彼らの。

「別段僕はあなたに協力を仰ごうとしているのではありません」

 男は首を振り、小さく微笑んだ。

「これはある意味、脅しと取ってもらって結構です。実際、今からそうしますからね」

「何を……」

「あのアンドロイド。あれを僕たちに渡してください。さもなくば」

 そこで一旦言葉を切り、男は更に笑みを深めた。

 まるで、その言葉を言うことを楽しみにしていたかのように。

「あなたの娘さん……サラを殺害します」

「なっ……!」

 考えてみれば、この展開は当然と言えば当然だろう。

 既に犯罪を犯しているのだから。そして、更なる罪を犯す覚悟もある。

 冗談ではなく、本気でやるだろう。

 先ほどまでの言葉を、嘘だとは思えなかった。

 けれど、彼らの思想が人道にもとるものではなかったとして。しかしそれは、罪を犯さないということにはならない。

 サラに対して、危害を加えないということには。

「……しかし」

 ひまわりは浩一郎に取って、最後の砦だ。

 それはサラに母親を、ということでもあるし、彼自身もひまわりの存在は非常に大きい。

 自分が側にいなくても守ってくれる存在。そして、見た目は限りなく今は亡き恋人に近づけている。

 それが何を意味するのか、自覚はあった。

 だというのに、それを渡せと。苦労して作り上げたひまわりを。

 それは、あまりにも残酷な選択だ。何をどうしたら、そんな考えに至るのか。

「……どうしました?」

 男が浩一郎を見てくる。相変わらずの薄ら笑いだった。

 どうしたら……いいんだ?

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