中華屋のお作法。

 よう、此の間は電話口で済まなかったな。ついつい喋り過ぎちまったし、お店の方にも迷惑をかけちまった......。それで今日はどういう用向きなんだい?


 ーーほおう、町中華のことを俺に聞きたいのかい。


 まず一言断っておくぜ。あんたの言う「町中華」ってのはあれだろ?商店街に駅前、ガード下やなんかにある「町の中華屋」のことだろう?何でもかんでも略しゃいいってもんじゃねえよ。まったく......。まあいいや。その様子じゃあ、あんまり馴染みがないんだろ?町中華ってヤツにさ。


 それじゃちょっと聞かせてやろうかな、中華屋のお作法ってヤツをーー。



 まずは玄関先の面構えを見てやるんだ。店にとって入り口ってのは「顔」なんだよ。大体のことは顔に描いてあるもんさ。岡持ち《オカモチ》ぶら下げたスーパーカブが止まってりゃ近所に出前もしてくれるお店さんだな。あとは食品サンプル並べたショーケースだ。どっちも最近じゃあんまり見かけなくなったけどよ、ラーメン、炒飯、餃子に春巻き。ガキの頃は3段か4段のショーケースに並んだ料理を眺めているだけでワクワクしたもんだよ。あとは製麺屋さんから麺を仕入れているとこじゃ木枠の麺箱なんて詰んでる店もあるな。

 そんで大事なのが換気扇だよ。長年使い込んでいる換気扇から漏れてくるのは排気なんかじゃねんだ。料理の香りと厨房で鍋をガシガシ振る音、そんでもって店内の活気と熱気が混ざり合った音楽を奏でてるのさーー。


 さぁ、いよいよ中に入ってみようぜ。席はそうだな、客足が落ち着いているタイミングだったらテーブルでもいいんだが、俺はやっぱりカウンター席が良いなあ。そんで首をくっとあげて壁に所狭しと貼られた短冊を眺めるのよ。大体は右端から麺類の値段が安い順、次が炒飯なんかのご飯もの、一品料理の順番で並んでることが多いな。飲み物なんかは卓上のプラケースに挟まれたヤツを見ると良い。大体はビールの大瓶にジュースしか置いてねえけどな。


 さあさあ、とっとと注文しちまおう。おっと、良いかい?ここで大事なのが注文のタイミングだぜ。忙しいだろうに年配のご夫婦でやってるお店さんが多いだろう?あんまり悩んで待たせてもいけねえし、手の空いた隙を狙って注文しねぇと仕事の邪魔になっちまう。悩み過ぎて難しい顔してんならまずは瓶1本頼んで喉を潤してから考えりゃ良いさ。その時に餃子を頼むのも忘れちゃいけねぇよ?


 サクッと昼飯食うならラーメンも良いが、中華屋ってのはやっぱり鍋捌きが勝負なのよ。ヨーイ、ドン!から出来上がりまで絶妙なタイミングで鍋を振り続ける様は尊敬に値するね。味付けやレシピってのも大事だが、それを存分に発揮するには熟練の技術が必要なんだ。だから俺は初めてきた店じゃ、炒飯を選ぶんだーー。


 ゴウゴウに火力を上げたレンジの上でチンチンに熱せられた鍋。そこにスッとラードを垂らす。ラードが馴染んでパチパチと音がしてきて温度が上がった頃、まずは溶き卵を流し込む。すぐにジュワッと良い音が聞こえてくるはずさ。イントロが聞こえてきたら、お次は白飯の登場だ。手早くガシガシと鍋を振り、米の周りを卵で化粧してやる。お次は各種具材だ。炒飯てのは具材が多けりゃ良いってもんじゃねえと思うんだ。ネギとチャーシューだけで良い。贅沢言わしてもらえれば刻んだナルトなんか入っていると嬉しくなっちまうねえ。塩に胡椒に魔法の白い粉で味付け済ませながらも、しっかりと鍋を振り続ける。この時バカの一つ覚えみたいにふわっと煽るだけじゃなくてしっかりと焼きつける。これが本当に美味いって炒飯なのよ。


 ーーおっと、ここで餃子のお出ましだ。


 なあ?あんたは餃子を何をつけて食うんだい?

 最近じゃ酢に胡椒、酢に粉辛子なんて食い方もあるが、全部が全部同じ味ってもつまらねえもんだよ?俺がいつもやってるのは1個目はそのまんま食う。そうだよ、なーんにもつけねえで食うのさ。野菜と肉のジュースが詰まってるんだからそのまんまでも美味いのが大当たりの店よ。お次は餃子の上に直接お酢をかけちまうんだ。こうすることで餃子どおしの貼りつきが解けてくれるって寸法さ。あとはビールとの相性を楽しみながら味を重ねてやるのさ。


 そうこうしている内にいよいよ炒飯がやってくるぜ。

 炒飯にも色々なタイプがあるが、焼き過ぎてパサついてるだけのパラパラ擬きや、卵のコーティングに失敗して米の水分が外に出ちまったベチャベチャしたのはいけねえなぁ。

 しっとりしながらも黄金色にコーティングされたドーム型のまんまる炒飯が俺は好きだねぇ。蓮華を差し込む度にブワッと湯気が出てくると泣けてくるのよ。口の中に放り込むとラードと醤油の香り広がって幸せになれるって寸法よ。

 付け合わせで新香がついてくる店もあるが、コレが良い箸休めになる。合間にちっちゃな碗で出てくるスープを飲んだらまた炒飯の山崩し開始だ。それを繰り返して気づいた頃にはご馳走様って笑顔になってるはずさーー。


 町中華だなんだって細かくジャンル分けなんてしてっから構えちまうだけで、大事なのは出されたモンをしっかり味わい尽くすことだよ。安くて腹一杯になれるモンを作ってくれるお店さんに感謝と敬意を表すためにも、パッと平らげてパッと帰っちまうのが一番。だがよ、ご馳走様って口にしながら立ち去ろうとして会計を忘れちゃいけねえよ?食券機だなんだってのに慣れちまって会計忘れて食い逃げみてえなことはしちゃいけねえ。コレが中華屋のお作法ってやつさ。


 ーーところでこんな話してたら腹が減っちまっていけねえ。どーだい、このあと近場に美味いモヤシソバと中華丼を出す店があるんだが......。


 話してる間に休憩時間が終わっちまったって?


 おっとこれは、失礼。

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食事のお作法。 Big Glutton @mendokoromaruwa

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