食事のお作法。

Big Glutton

とんかつのお作法。

 先に断っておかせてくれ。飯なんてもんは食いたい様に食えばいいと思う。しかし、しかしだよ?やっぱモノの食い方ってのは少なからず決まりがあったりするんだ。決まりって言っちまうと堅苦しく聞こえちゃうかも知らねえけどよ、より上手く、より巧く、より美味く食う。そんな食い方ってのがあるんだよ。


 そうだな、ちょっと想像してみてくれねぇか。今日は「とんかつ」にしよう。新鮮なラードでカラッと揚げられたロースかつを想像してみてくれ。だいたい六つか七つに切り分けられてるアレだ。こいつにだって食い方ってえのがあるんだーー。


 まずは食べ始める場所だ。気の利いたとんかつ屋なら切り幅ってのにもこだわりがある。左側から順に切り幅が狭くなってくる様に切ってあるもんだ。こいつの左から3番目。ここがスタート地点だ。この3切れ目ってのが脂身が一番少なくて赤みのキメが細かいんだよ。そしてここでもう一つ注意点だ。高ぶる気持ちを落ち着けて衣側じゃなくて断面を箸でつまむんだ。衣が崩れやすい場所だから慎重にな。そしてそのまま食う。ソースだ塩だのはいらねぇ。そのまま。豚のロースってのは脂を楽しむもんなんだよ。だから、そのまま。

 よっしゃ、順番を進めよう。食う順番ってのは徐々に脂が多い部位に移っていくのがセオリーだ。次は塩でいってみよう。この塩ってのも衣にしかかけちゃいけねぇ。豚の甘みを引き立たせてくれる塩だが肉に直接かけちゃあ塩が強すぎる。だから衣にかけてお口の中で馴染ませてやる。どうだい?豚の甘味がジュワッと感じられたんじゃねえかな?

 さて、お次はいよいよ定番で本命で王道。ソースの出番だ。その店のソースの実力を知るためにもまずはキャベツで味を確かめる。7切れしかねぇ貴重なとんかつ様を楽しむんだから確認ってのは大事だ。ソースの塩梅がわかったらとんかつと合わせてみようや。ここで大事なのは直接ソースをかけず、味の染みたキャベツを乗せて味わうってテクニックなんだよ。脂が多い部位には辛子で引き締めてやるのも忘れちゃいけねぇな。


 ーーーーなんてな。


 五月蝿えよ。ああ五月蝿えなぁ。まったく五月蝿え上に細かくていけねぇ。俺も色んなとこで飯を食ってるからこーんなご高説を拝聴することが稀にあるんだがよ、あれだろ?白飯なんか湯呑みみてぇなちんまい器にちょこっとしかよそってねぇ。チョロっとしかネギが入ってねえ赤だしなんか出す店とかだろ?わかるぜ。わかるんだがよ、でもそういう高級店みたいなのは日々の「食事」じゃあ使わねえもんなんだよ。確かに美味いよ。べらぼうに美味い。しかしあの手の店は芸術みたいなもんだよ。そういう楽しみ方したいときだけ行けばいいんだ。


 俺が言ってる「とんかつ」ってのは大盛りの白飯に豚汁と浅漬けなんか付けてくれるアレなんだよ。チェーン店だって良い。もちろん老舗だっていいよ。腹一杯の幸せになれて、飯食った後に、自然と元気になれるのが「食事」ってもんじゃねえのかな。もちろんソースのかけすぎはせっかくのとんかつが台無しになっちまうからNGだ。そんなダバダバソースかけてえなら直接飲んでろってはなしだよ。

 いいか?頭っから想像し直してくれ。ちょっと色あせた暖簾の店が俺は好きだな。さぁ暖簾を潜ろう。まずはそうだな、とんかつが揚がる間に瓶ビールでも頼んでおこう。パチパチとなっているラードの音でも聴きながらなストーリーを考えるんだ。確実に勝利を手にするためストーリーだ。


 ーーさて、そうしているうちにとんかつ様のお出ましだ。


 あんたの目の前にあるのはロースかつ定食だ。上だの特上だのは俺じゃなくてアンタの財布に相談してから想像してくれ。本当は一切れずつすっとソースを垂らした方が味が染みすぎなくて良いんだがよ、最初にパパッとかけちまったって良い。ソースの染み込み具合が変わってくるのを楽しむのも乙なもんなんだ。豚肉の脂と衣に染み込んだラード、そして少し甘めのソース。ーーそしたらいよいよ白飯の出番だ。かけすぎたソースは白飯の上にワンバウンドさせちまえばいい。ちょっとくどく感じてきたらキャベツや豚汁で舌を休めればいい。ほら、食いてえ様に食ってりゃ勝手に笑顔にもなるってもんさ。

 足りねえことや、やり過ぎることがなけりゃ食いたい様に食うのが一番さ。店側が用意してんなら変わり種だってルール違反なんかじゃねえよ?創業20年を超える専門店にだって醤油にマヨネーズを溶かして食わしてくれる店だってある。そいつをさらに生卵にくぐらせてみなよ。俺は一口食って声を出して笑ちまったからさーー。


 まあ要するにだ、「唯足るを知る」ってやつさ。情報や人様のやってることに流されず自分にとって丁度いいってとこをわかりゃいいんだ。チェーン店や冷凍のとんかつに抹茶塩なんてかけてる間抜けになんてなりたくねえだろ?そういうのはきちんとお勉強してビシッと格好がつく様になってからやればいいんだ。腹が減ってるから飯を食いに来たんだろ?だったら目の前に飯に集中して新聞だの携帯だのはしまってやればいい。


 それでここからが一番大事な事なんだけどよ、茶碗に米粒残したりしねえで綺麗に平らげてやりな。お盆に乗って出されたなら、こぼしたキャベツなんかも綺麗に食っちまってくれよ。お店さんがきちっと盛り付けてくれたんだ、俺ら食う側だってビシッと平らげてやって「ご馳走さま」って言えれば、グラサンかけて変な塩の振り方してる外人さんなんかよりもよっぽど格好が良いってもんさーー。


「ちょっとちょっと、お客さん......店内での通話は勘弁してくれないですかね?」


 おっとこれは、失礼。

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