第5話 過去

敦司と再開する二年前の話。


伶には新しい出会いがあった。


武(たける)との出会いは二年前。

伶は武の存在を知ってはいた。

やはり、A店に出入りするお客様だった。


この日はA店がそれなりに賑わっていた為に、それなりの人数でB店に来店した経緯があった。


普通にお席で接客する。

武とは普通にそれなりに会話した。

連絡先交換しようなんて会話もあったけれど、その日は交換する事はなかった。


次の日。

B店のママから名刺を手渡され、


「昨日、伶ちゃんが途中でお席離れたから、武さんが伶ちゃんに渡しといてって名刺置いていったよ。電話番号も書いていってくれたからメールしてみて。」


その名刺が始まり。

ただ、A店には武の担当の女の子がいたので、この時伶は、連絡をすることはなかった。


一ヵ月後、武は数人でB店に来店した。


「せっかくB店に来るきっかけがあったから、これからはどっちも来るね。」


と言い残した。


(お礼のメールはしないとダメだよね……)


次の日、とっておいた名刺を見て、


「昨日はありがとうございます。またよろしくお願いします。」


とお礼のメールをした。

これが伶と武が繋がるきっかけになった。

本当に普通のやり取り、些細な事。


武は女好きな方だった。

可愛いね、キレイですね、そんな言葉を吐く人はそれなりに多い。

伶は誰にもそんな事を言う男は好きではなかった。


「飲み屋トーク」

……お互い飲み屋トークなのだろう。

でも真面目にストレートに捉える伶には嘘か本当か分からない。


(この人、また言ってるわ……)


いまいち信用性がなかった。

武は伶に対しても、キレイですね、タイプです、一緒に今度出かけましょうと何度も言った。


ある時、


「日曜の夜、用があって出るので、二人で食事しませんか?」


(仕事の食事ならいいけど、プライベートは

ちょっと……)


とこの時の伶は思っていた。


武は既婚者。

仕事の食事とは違う。

でも、何度も誘われる内に、武の事が気になっていた。遊ばれてるだろうなぁワタシ。と思いながらも、気になる人からの誘いに、食事してみようかなぁと思った。


おる店の個室。

個室で安心な気持ちと、個室で不安な気持ち。

食事が喉を通らなかった。


武は伶を口説く。


「俺は好きだから誘ったんですよ」

「他の人にはしてません」


冷静になれば分かるのに、その言葉に少しずつ埋もれていく。

この日は何事もなく、食事をしながら、一緒にお酒を飲む、という数時間で終わった。


心はフワフワしていた。

武を強烈に意識し始めている。


次に誘われた時に迷いはなくなっていた。


恋愛はギャンブル。

獲物を見つける。ロックオン。口説く。おちるまでのスリル。相手がおちたときの達成感。


分かっていたのに。

きっとワタシだけじゃないだろうに。

自分に注がれる好意にとても弱い。笑ってありがとうと受け流せばいいのに、まともに受けてしまう。

好意に甘えてしまう。ダメなのに。



B店での武の担当が伶になり、武がB店に来る時は怜に連絡が来るようになった。


休日、武が時間が取れる時は誘いのメールが来るようになった。


「会いたいですけどどうですか?」


ダメなのに……伶は会いに行ってしまう。

お酒を飲んで紛らす。色んな思いを紛らす。

既婚者の武の影にある存在に罪悪感がない訳では無い。自分が逆だったら……怖くなる。


(こんな自分ダメだなぁ……)


ただ、誰かに想われた、その手を振りほどく事が出来ない。一人は寂しい。

ずるく、身勝手な考え。

身体に触れ、非日常に溺れる。


プライベートで会うのはさほど多くはなかったけれど、武の来店は増えた。

そんな少し曖昧な、都合のいい関係になって、一年半ほどが経った。



武の上司の担当の女の子は、武とも仲が良い。女の子は武の名前を呼び捨てにする位の勢い。時々武とも連絡を取っていた。

いつしか、武はその女の子と親密になり始めていた。


薄々気付いてはいたけれど……

伶と武は付き合ってはいない。

世間で言えばセフレのようなもの。

どこからが不倫なのかと問われると分からない。だからなんと言っていいか分からなかった。心変わりを責める言葉がなかった。


(所詮ワタシはただのセフレ。ただの飲み屋の女。そういう存在だったんだ。)


一年半経った時、武の担当はそのA店の女の子になっていた。


ヤキモチ、嫉妬。

それはもちろん生まれた。

だけど、こんな曖昧な関係、人には言えない。

職場でも知られたくない。惨めにもなる。今まで伶が担当だったのに、ダメになったんだねぇと言われたくない。


二人の急速な接近を知りながらも伶はフェードアウトしていくしかなかった。

関係があっても、お客様だ。

おかしなことは出来ない。言えない。


自分の感情と仕事のプライド……どっちも意味がないのかもしれないけれど、伶は病んだ。


これは罰かぁ。と。


武のその女の子と仲良くする姿も、その女の子の笑顔も見たくなかったけれど、一切関わりを持つのをやめて、少しずつ忘れていこうと決めた。


月日が経つにつれ、お店で武と顔を合わせても大丈夫にはなってきていた。

冷静に周りの声を聞くと、武は調子の良い女好きだから。


(うん、そんな人を好きになったワタシもダメだけどね。)


と、思いつつも、ただ、心の穴が埋まらなかった。


(独身で、ワタシを大切に思ってくれる人はいないのかな。ずっと一人かぁ。)


沢山のお客様と知り合っても、お店の中の世界。孤独感が消えなかった。

口説いてくるのは既婚者ばかり。

また既婚者……


そんな毎日だった。

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