第6話 挑戦

武との接点を持たなくなってぽっかりとした気持ちで毎日を過ごす。

昼の空いた時間も、夜の仕事もどこかぼんやりしながら数ヶ月が経った。


伶は敦司との再会をした。


敦司のお店での話し相手として呼ばれた伶は、こう思っていた。


(この人の担当になりたいな。個人でもお店に来てもらえるように出来たらいいんだけど難しいかなぁ。気に入ってもらえるようにしないと。)


皆の敦司の印象はこうだった。

気難しい、少し変わっている、熟女好き。

そんな声は伶にも届いていた。


だから敦司の接客には人一倍気を使っていた。

水商売といえども、伶は仕事人間。お店の中ではストイックに仕事をする。

派手に酔うことはほとんどなく、声を荒らげて笑う方ではない。

どちらかといえば、接待のお席でお酌が出来るタイプだ。

もう四十代前半ともなれば、自分がどんな立ち位置でここにいるべきかを分かっていた。


この日は思い切って敦司に聞いてみた。


「ワタシ、数年前にお会いした時にお名刺渡したような気がしたんですが、もう一度渡しても大丈夫ですか?」


「俺、多分連絡先、スマホに入ってる気がするなぁ」


「あ、ほんとですか?ワタシも登録してると思うんですけど……」


スマホを見せあって小さく笑う。


「あ、ワタシの入ってたんですね!なのに一回も連絡取り合わなかったですね(笑)。ワタシもお礼のメールすらしなくてすみません(笑)。」


ここで思う。

(敦司はお店の色んな女の子からの名刺を受け取るタイプだなきっと。連絡取ってないワタシのでさえ、登録してあったんだから。)


少しの不安をかき消す。


「じゃあ、これからたまにメールしてもいいですか(笑)?あ、LINE交換したいです」


「うーん、いいけど……俺そんなにマメじゃないけど……」


敦司は笑って話してるけれど、少し億劫そうに話している。

とりあえずLINEの交換は出来た。

伶は負けずに言った。


「ワタシ実は今日、敦司さんがいらしてるので、A店に呼ばれたんですよ。熟女って事で(笑)!ワタシ、敦司さんの担当になれたら嬉しいです。これからお席につくことがあったら、よろしくお願いします(笑)」


「あ〜そうね〜、俺、熟女というか、四十過ぎてないとダメなのよね(笑)まぁよろしく〜。」


伶は自虐とも言えるような話をして、敦司との距離を少しずつ縮めようとしていた。


「敦司さんの辞めちゃった担当の女の子は年齢が若い方でしたよね?ワタシとはタイプも違うし、前の子は熟女でもないから、別に何でも平気なのかと少し思ってもいました。」


伶が尋ねると、


「あー、そうね、ずっと〇〇ちゃんだったけど、辞めちゃたよねぇ。なんか、最初にママがつけてくれたからそのまま何年もお世話になってたね〜。」


「知ってました。だから敦司さんには連絡もしないようにしてたので……。」


「まぁ、そうなるよね(笑)。」


「これからはしますね。もう遠慮なく(笑)。」


「あはは〜まぁそれなりに。」


やっぱり敦司は笑っていても、心を開いてはいない。そりゃそうだ。しっかり二人で話すのは今日が初めてと言ってもいいかもしれない。担当が辞めて初めて違う女の子がマンツーマンで隣についたのだから。


会話の中で敦司の好きな物の話をした。

伶は言った。


「仲良くなったらいつか同伴でそのお店行きたいです。ワタシもそのお店の串焼き、他にはない味で好きでハマってます。酒のツマミに最高ですよね。」


「確かに美味しいんだよね〜あそこの串焼き。俺もよく行くし。あの雰囲気とか、老夫婦がやってて、あーゆうお店に長くやっててほしいから行くのもあるのよね。まぁいつかね〜。」


敦司は上手くはぐらかす感じをだす。

伶は気付いているけれど負けずに食らいつく。

伶の手や体は、緊張で汗ばんでいた。


そんな時間を過ごして、この日はお開きになった。


次の日、伶は敦司にLINEをした。


「昨日はありがとうございました。凄く緊張して話しまくってしまいましたが、敦司さんと沢山話せて本当に嬉しかったです。また機会がありましたらよろしくお願い致します。」


すぐ敦司から返信が来た。


「なんで緊張するの(汗) こちらこそおせわさまでした。楽しかった」


伶はそれに対して返信する。


「突然お席にお邪魔したのでご迷惑ではないかと思い緊張してました。

そういえば、みんなは敦司さんをあっちゃんと呼んでいますが、なんとお呼びしたら良いでしょう?

敦司さん?あっちゃん?苗字の方が……?」


少しでも近づけたらという思いで返信したけれど、これに対しての敦司からの返信はなかった。


一週間後、普通にお元気ですか?と挨拶メールを送ってみたけれど、敦司からの返信はなかった。


敦司との再会はここで一旦切れた。


二度目に会ったのはそれから二ヶ月後だった。





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