第24話

 嫌でも徐々に受験日が近づいて来ている。

 最近ではクラスのなかでもほとんど会話している者がいなくなった。話しているのは数人の女子くらいなものだ。それぞれが底知れぬ緊張感に見舞われているのだろう。そのひとつの原因として合格発表がある。早い学校ではもうすでに発表されているところも出て来ている。周りに合格者が何人も現れると、どうしても焦りが生じる。これは誰にでもあることなのだろうけど、一時も早くここから自分も脱け出したいという気持ちも本心だった。

 金太だって例外ではない。金太の場合は塾にも通っていないし、母親からは私立1校と公立だけといわれている。塾に通えないのは、姉の増美が勉強がよくできたので、塾なんか行かせなくても合格するもんだと思い込んでいるからだ。金太にしてみれば、勉強嫌いだった自分と姉を一緒にして欲しくないというのが本音だった。

 すべてのことにおいてその家庭ごとの環境や方針というものがある。例えば毎日の食事においても、健康志向の家庭もあればそうでない家もある。家庭サービスだってそうだ。日曜日が休みの会社ばかりじゃないし、夜中に仕事をしなければならない父親もいる。そんな家庭は子供の休みと合致しない。となれば家族揃ってどこかに遊びに行くということは当然少なくなる。

 それは金太もなんとなく承知している。だからあのニュースに映っていた、親の見栄なのか教育熱心なのか知らないが、誰かに洗脳されたような鉢巻学生には絶対に負けたくなかった。

 そんな気持ちで毎日必死で勉強を続けていた金太だったが、私立校の試験があと2週間と迫ったある金曜日の夜のことだった。

 夜中の9時過ぎに階下から母親の呼ぶ声が聞こえた。階段を音を立ててリビングの母のところに行くと、

「金太、ノッポくんのお母さんから電話。早く出て」

 母親にいわれて家電の送受器を手にする。

「はい」

 金太はノッポのお母さんとほんの数回しか話したことがないのと、こんな時間に自分あての電話の内容がまったく想像つかなかった。

「あのう、金太くん。受験勉強で忙しいのにごめんなさいね。じつは……うちのトオルが夕方家を出たきり帰って来ないの。金太くんなにか心当たりがないかなと思って電話したんだけど……」

 ノッポの母親の声は重く沈んで、心からノッポのことを心配しているようだ。

「いえ、最近会ってもないし。LINEもしてないから……」

「そう。あたしも何回か携帯に電話をしてるんだけど、どうやら電源を切ってるみたいなの」

「ノッポのことだから、もう少ししたら何もなかったように帰って来るんじゃないですか」

 金太はなんの根拠もないけど、つい口から出てしまった。

「そうだといいんだけど……」

 ノッポの母親は、話すたびに不安と心配の入り混じり方が強くなって行くようだった。

「じゃあ、ボクも心当たりを当たってみます。ほかの友だちにも訊いてみます。なにかわかったらまた電話します」

 そういって金太は送受器を置いた。

「どうかしたの?」

 リビングでテレビを観ていた母親が首だけこちらに向けて訊ねた。

「うん、ノッポが家に帰って来ないから、オレに知らないかって訊かれたんだけど、あいつとは最近会ってないんだ。ほかの連中が知ってるかもしれないから、電話してみるよ」

 そういい残して自分の部屋に戻った金太は、ほかのメンバー全員に連絡を取った。

 だが、しばらく待っても誰からも連絡は入らなかった。

「うーん」と唸ったまま金太はしばらくスマホを見続けていたのだが、突然躰にバネでも打ち込まれたかのように部屋を跳び出した。

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