第13話 第2章 新しい希望

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 ふと気がつくと冷えた小屋のなかに、約1時間も金太は坐っていたことになる。

 目の前の薄汚れた窓が、なにか話しかけたそうにカタカタと北風に震えている。

 この小屋を爺ちゃんに使わしてもらうようになってたった2年半ほどなのに、その間にあまりにもいろんなことがあり過ぎた。

 じつは、きょう金太が小屋に来たのには暇つぶしではなく、ちょっとした理由があった。

 金太の家庭は、父親、母親、姉の増美、そして金太の4人家族で、その姉が来年高校3年生、金太が高校に上がる。父親は自動車部品の製造会社に勤めているので、それほど家計が苦しいというわけでもないのだが、爺ちゃんが遺してくれた畑もほとんどほったらかしの状態なので、この際処分しようという話が持ち上がっているのだ。

 そうなると思い出のいっぱい詰まっているこの小屋も、当然潰されることになる。それを思うとちょっと淋しい気分になった。

 小屋にある机の引き出しをそっと開けてみる。そこにはもう使うことのできない傷まるけになった携帯電話が転がっていた。手に取って見ると、なにか別の生き物のように冷たくなっていた。そして金太はじっと画面を見つめる。その向こうにおはるちゃんの顔が見えそうな気がしたのだ。だが、もうそれも遠い思い出でしかない。

 金太は椅子から立ち上がると、小屋のなかをぐるりと見回し、入り口の扉に南京錠をかけた。ズボンの尻をパタパタと叩いたあと、小屋の周りを一周してから家に帰った。

 ダウンジャケットを脱ぐこともなく、冷たくなった指先をエアコンのルーバーにあてながら足踏みを繰り返している。

「なにやってるの?」背中で母親の声がした。

「手が寒いから、暖まってるんだよ」金太は振り返ることもなくいう。

 そのとき、姉の増美が学校から帰って来た。

「ああ、寒い。お母さんなにか暖かいものない? 凍え死にそう」

「なに大袈裟なこといってるの。いまなにか暖かいもの拵えてあげるから、ちょっと待ってなさい」

 母親は踵を返してキッチンに向かった。

「金太、テストがすんだからってのんびりしてると、みんなに負けるわよ」

 増美は金太の顔を見るたびに尻を叩く。

「わかってるよ」

 金太は、毎回同じことをいわれるのにうんざりとしたという顔で返事をする。

 姉弟がそんな会話をしているうちに、母親がキッチンから戻って来た。手にしたトレーにはカップ麺がふたつ載っていた。

 金太は、両手でカップ麺の容器を抱えるようにしながら、しばらく暖をとっている。増美はいきなり箸を容器に突き刺し、麺をかき混ぜる。湯気が白いキノコのように立ち昇った。

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