6 茨の魔女と二人の魔術師

「茨の魔女とは……幾千年も生きた魔女だと聞いていたんだが」


「大した魔力は感じられん。王妃殿の言うとおり、伝説で誇張されているだけのただの魔物ではないか」


 弓を避けた王子をからかうような口笛が聞こえたかと思うと、どこからともなく黒いローブを身につけた二人の男が姿を現した。

 禍々しい雰囲気を発する二人の男は、私たちへ舐め回すような下卑た視線を送ると「ひっひ」と肩を揺らして笑う。


「魔女を名乗る魔物なら、狩るのは簡単だよなあ」


 男の一人が、背中を丸めたままこちらへ近付いてくる。私は、茨を伸ばして王子の周りに壁を作った。

 パシャリと音がして、なにか液体が掛けられたことがわかる。それと同時に壁に掛けてある松明が一本、私に向かって飛んできた。

 魔術師らしい非力な戦い方だ。煎じた薬と既存の炎を強める魔術。


「茨の……!」


 身体を捻ったのは王子の安全を確認するためだった。私が永く生きていると知っているはずなのに、彼は珍しく取り乱した顔をしている。なんだか少し可笑しくなってきた。

 私を魔女だと信じたり、こんな攻撃程度で取り乱したり、彼は本当に変わっている。

 僅かに痛みが走る。しかし、こんな炎では、私の茨を燃やし尽くせない。


「貴様ら……私が何故、幾千年も恐れられていたのかを教えてやろう」


 茨の魔女である私を倒そうとしてきた人間は大勢いる。

 森の祝福のろいを受けた私は魔法を使えるわけじゃ無い。でも、私のナワバリでなら、祈りの言葉を唱えれば隣人妖精たちが力を振るってくれる。

 木なんて燃やせばいいと油断をしている憐れな人間共は、濁流に呑み込まれて帰らぬ人となった。


 では、城で妹を守っていたときはどうしていたかというと、この魔法の杖が頼りだった。


頼りない枝もYsgwyd振ってみればcangenわかるcoeden 炎をCangen寄せ付けddibynadwyない aallれるennillyだってことtân


 祝福の言葉を唱えて杖を掲げる。

 私が悲鳴をあげながら燃えて死ぬと思い込んでいた魔術師たちは、王子を囲んでいる茨の壁を壊そうと斧を振り上げていた。


 小さく渦巻いた水色の風が部屋を吹き抜ける。

 冷たい風が辺りを冷やし、一瞬だけ静かになった後に渦巻く水が杖から溢れ始めた。


「バカな!?魔力など感じなかったぞ?」


「ふふふ……バカめ。あんたらの雇い主が捨てようとしていたのは、祈りの言葉さえ知っていれば誰にでも使える魔法の杖だ」


 部屋中をひとしきり暴れるように駆け巡った水流は、杖の中に吸い込まれていく。王子は茨の壁の中にいたお陰でどこにも流されていない。

 彼の安全を確認してから、私は壁に背中を強く打ち付けて倒れている魔術師に近付いていく。

 全身ずぶ濡れで、松明もない部屋の中では炎を使えないだろう。


「茨の魔女様が特別にお前らを抱擁してやろう」


 茨を伸ばして、二人まとめて締め上げる。

 棘が深く刺さり、肉を切り裂いていく。

 魔術師共の命乞いと悲鳴を聞いても、頭の中でごうごうと燃えている炎は、まだ収まらない。


 王子を守っていた茨の壁を解いて、私は彼と共に、玉座の後ろにある扉へ手を掛けた。

 鍵がかかっているのか、扉は開かない。

 随分と舐められたものだ……と溜息の一つもつきたくなる。


「茨の魔女、俺は王になる。一度は城を呪ったあんたに、その手伝いをさせてもいいのか?」


「ああ、いいとも。魔女は気まぐれだからね。たまにはそんなこともしてあげよう」


 戸惑っている彼に向かって微笑む。茨で覆ってしまった顔じゃ伝わらないかもしれないけれど。

 頷いた彼は、拾った斧を大きく振りかぶる。

 そのまま振り落とされた斧は、扉の鍵を壊して王と王妃の部屋へ繋がっている扉を開いた。


「父上、義母殿、私は……あなたたち2人を信じていたというのに」


 王子は、新王妃と抱き合うようにして部屋の隅で震えている2人を見て眉間に皺を寄せる。


「最近、宝物庫の宝を売り払っているのも、南の森に執着しているのも国の為にしていることだと思って何も言わないでいた。しかし……まさか義母殿の傀儡に成り果てていたとは」


 片膝立ちで跪いた王子は、手にしていた斧を床に置いて、王と王妃を哀れむように見つめた。


「父上、やり直せないのか?」


「うう……アル」


 王が両手を広げて、膝立ちになる。

 新王妃と王子の間に立った王が、王子のことを抱擁するかに思えたとき、王の目が見開かれ、大きく開けた口からは血が溢れた。

 金属同士がぶつかり合ったような澄んだ音が聞こえて、私は王子の胸元に目を凝らす。

 王の後ろで控えていた新王妃が、細い剣を王の背中に突き立てていた。笑っている新王妃の視線は、王子へ向いている。


「父……上」


 身体を前に傾けた王子の胸元がじわじわと赤く染まっていく。

 王子は、そのまま俯いて、自分に倒れかかってきた王を受け止めた。


「あーっはっはっは!茨の魔女も来た!ここであんたたちを殺してしまえば私はめでたく魔女に夫と息子を殺された憐れな王妃になれる。さあ、死んでしまいなさい」


 新王妃は、高笑いをしながら勢いよく立ち上がった。

 わかっていたとはいえ、ここまで醜悪なものに彼を触れさせているのは我慢がならない。

 心臓を貫かれたはずの王子が、いつまで経っても倒れないのを疑問に持ち始めた新王妃が首を傾げて王子を見下ろす。


耄碌もうろくしてしまった父を……許してくれ」

 

 王子は事切れた自らの父の目をそっと閉じてやり、王の背中に突き刺さっていた剣を抜いた。


「心の臓を貫かれても生きているとはな。森に魅入られた化け物め」


 血まみれの剣を一振りし、刃にべったりと付いた血を払いながら、王子はゆらりと立ち上がった。

 王妃を睨みながら懐に手を入れた彼は、銀のさかずきを取り出して、見せつけるようにゆっくりと傾けてみせる。

 さかずきからは真っ赤な葡萄酒があふれ出して、水音を立てながら地面に落ちていく。


「……謀ったな」


「本音は聞けた。これで心置きなくお前を殺すことが出来る」


 顔を歪めた新王妃が、ドレスを捲り上げ、太腿に潜ませていたナイフを手に取ろうとした。

 既に一歩踏み出していた王子は、彼女がナイフを振りかざすよりも早く懐に入り込み、新王女の首元に剣の切っ先を当てる。

 片足が不自由な状態だとは思えない身のこなしに、思わず助けようと思っていたのも忘れて、見とれてしまっていた。


「地獄で父上と仲良くするんだな」


 切り離された新王妃の首がごろりと音を立てて床に落ちる。

 噴き出した血を浴びて、赤く染まった彼は、肩を上下させて息を荒げていた。

 騒動が終わったのを見計らって、そろりそろりと部屋へ入ってくる衛兵を見て、彼は弱々しい笑顔を浮かべながらこちらを見る。


「父上を刺し殺した義母殿は、俺がこの手で討ち取った」


 その笑顔が余りにも悲しくて、私は彼に近寄った。

 一、二歩と力なく彼も、こちらへ歩み寄ってくる。


 フッと力が抜けて倒れそうになる彼を、私は茨の前面を開いて両腕で受け止めて抱きかかえる。


「あんたからする薔薇の香りが、一番好きなんだ」


 頭の中を五月蠅く駆け巡っていた憎悪の炎はいつの間にか消えていた。

 血まみれになった彼の顔を拭ってあげると、安らかな顔をして頬を私の胸にすり寄せてくる。


「なあ、覚えてくれているか? 俺が王様になったら、あんたを城へ招待してやるよって約束」


「覚えているわ。それに、お姫様がどうなったのかも、話してあげないとね」


「ああ、よかった。魔女は気まぐれだって聞いてたから、断られるかと思ってたんだ」


 少しだけ元気を取り戻した彼の、柔らかい髪をそっと撫でる。

 この肌に、人間の体温を感じた事なんてあっただろうか。


「貴様ら、この子に手を出せば茨の魔女が恐ろしい呪いをかけてしまうからね……。変な気は起こすんじゃないよ」


 目を閉じて、そのまま脱力した彼をそっと抱きかかえる。

 そのまま私はベッドに腰掛けて、少し疲れの見えるその頬にそっと口付けを落とした。

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