第35話 昔話

 父さんの後ろ姿が見えなくなっても、僕の感情が抑制されることはなかった。


 むしろ何も知らない、何もできなかった自分に対しての無力感が一気に押し寄せてきて、頭がおかしくなりそうだった。


「あのクソ親父。身罷ってしまえ」


「こら。そんなこと言わないのっ」


 コツンと痛くない程度に母さんからげんこつを食らった。


 僕は間違いなく人生初めて父さんへ反抗した。とても不本意だ。いい気分がしない。世の中の大人はみんなこんな反抗期を乗り越えたのか?


 そんなひどくやつれた僕をあやすように母さんは優しく語りかけてきた。


「母さんは父さんが悪いと思っているよ、凌太。でもね。父さんの凌太を守りたいっていう気持ちも嘘じゃないの。むしろ強すぎたからこんな風になってるんだと思うわ」


「そんなわけない。息子を大事に思ってるならあんなひどいことするかよ。そんなの……紗希がかわいそうだよ……」


 そうだ。紗希だ。父さんは、あと多分母さんもだけど、何で紗希のこと知ってるんだ?母さんは何かわかるだろうか?


「なんで紗希が父さんにあんなこと言われなくちゃならないんだよ……」


 それを聞いて母さんはこう言った。


「父さんと、光司君……紗希ちゃんのお父さんはね、親友同士だったの」


「え?」


 衝撃の事実だった。紗希のお父さんと僕の父さんが親友?ってことはさっき……


 僕が詳細を知りたがっているのを母さんは察したのだろう。こう言葉を発した。


「少し長くなるけどいい?」


 そして、父さんから聞いたという父さんの過去と紗希との因縁について話し始めるのだった。

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