第30話 親友

 いやーさすがレジャー施設だなー。どこに目を向けてもだいたいカップルがいる。ナイスバディな女性もたくさん。


 ここはこの黒野にとってまさにパラダイスと言っても過言ではないのお。


 よーしもっときゃわいい女の子を探すぞーい。


 俺は不審者だと監視員の方に勘違いされない程度にニヤニヤしながら、首を右へ左へ振る。


 すると、目に入ったのは、


「あーいつら、なーんで付き合ってないのかねー」


 おそらく無自覚にいちゃついている冬知屋さんと凌太だった。


 まるで砂糖の塊を直で胃に流し込まれたかのような甘ったるさである。


 どう見ても、冬知屋さんは脈ありだし、動画の件も考慮すると、たぶん、いや、十中八九凌太の告白待ちってとこだろうな。


 具体的には「好き」っていう言葉待ち。


 凌太の奴、今までそういう縁がなかったからか、恋愛に関しては自分に全然自信を持ってないんだよなー。「僕はまだ紗希にふさわしい男にはなれていない」とか平気で言いそう。ウケる。


 あいつらがくっつくのはいったいいつになるのやらと、アメリカの通販番組くらい大げさに肩を落とし、ため息を吐く。


 おやっ?


 プールサイドからあいつら二人を俺と同じように見ている人物がもう一人いるではないか。


 俺はその体育座りしている女の子に哀愁を感じ、声を掛けた。


「やあ。今一人?入らないの?」


「軽薄な男は今すぐ沈み散らかしてくれない?。ほら。そこに水があるから」


 この子はほんと声に圧がないよなー。


 俺の方を嫌悪感丸出しで振り返ったのは千花さんだ。まあ知ってたから声かけたんだけど。


 俺が千花さんの隣に腰を下ろすと、彼女は十センチほど俺から離れたところに位置取りし直した。悲しいぜ。


 ただ、ここから覗ける彼女の横顔は嫉妬とか憤怒とかそういうネガティブな感情はいっさい垣間見えず、親友の笑顔を優しく見守る温かさを表しているように見えた。


 でも、何か言い知れぬ迷いもあるみたいで。


 俺は気づいたら、千花さんが向ける視線と同じ二人を再び追いかけていた。


「まぶしいなー」


「……まあ、夏だしね」


 俺は日差しのことを言ったんじゃないんだが。まあわかっててその話題を避けたんだろう。


「気持ちは伝えた方がいい…………なんて綺麗事は言わねえ。大事なのは、自分の選択を後悔しないように生きることだ」


「何?傷心に付け込んで口説こうとしてるの?」


「あちゃーバレたかー」


 もちろん口説こうとはしてなかったが、場を和ますために振る舞うことにした。


 が、功は奏さず、どんよりとした気まずい沈黙が流れた。


 しばらくして、千花さんからそっと様子を窺うかのように切り出してきた。


「黒野君って何なの?」


「ウヒョっ!?」


 俺はアリストテレスではないから自分が何なのかなんて巨大な謎、無知のままにしていたよ。どういうことかな、千花さん?


「いつもふざけてるし、さっきだって私のこと貧乳って言ったし、女の子のお尻を追いかけまわしているような悪趣味な人間なのに……」


「ひ、ひどい言い草だな……さすがにちょっぴり反省したよ」


「でも、周りをよく見ていて、友達が困っていたら絶対助けてあげてる。おかげで私も前は思いっきり泣けたし……」


 千花さんは俺に信用を置いていいのか測りかねているようだ。疑心暗鬼というよりは、困惑しているといった目だ。


「黒野君は良い人なの?悪い人なの?」


 真剣な態度を相手はとっているので、俺もそれにふさわしい心もちで向き合うことにした。


「俺はそうだな…………さしずめ、ピエロってところかな」


 俺は頭をポリポリ掻きながら、笑みを浮かべた。


「ふざけてるの!?」


「ふざけてるか……当たらずとも遠からずって感じだな」


 そんなつもりで彼女は言ったのではないのだろう。はあ?という疑問が全身から溢れている。


「ピエロは決して顔を見せない。その代わり、おどけたり、時には真剣なパフォーマンスで人々を楽しませる。俺の生き方にそっくりだ。言い得て妙」


 千花さんはポカンと口を半開きにして、聞き入っている……のか?何言ってんだこいつって感じの表情だな、これは。


 俺はそんな千花さんの反応を待つこともなく、言葉を続ける。


「ピエロみたいに生きざるを得なかったんだ。後悔はしていない」


 紛れもない本音だ。俺は文句が一つも出ないかと言われれば嘘になるが、この生き方に納得はしている。もちろん、凌太みたいな親友に恵まれたのは心底幸運だと自覚しているし、実際すげえ楽しい。


 こんな気持ちを抱くのは今までで一番かもしれない。


「これが俺だ。俺様だ」


 有言実行と言わんばかりにピエロらしくおどけてみせると、彼女から呆れ混じりの返事をもらった。


「黒野は悪い人ではなくて、痛いポエマーだってことがわかったよ」


「おりゃっ?くんはどこにいったの?」


「あなたに二文字費やすのが億劫になったの」


「怠惰ですね~」


 千花さんは俺の不意打ちにプッと笑った。さすがラノベ好きなだけある。多分、アニメだけでなく、原作も読んでいそうだ。


「はあ~。黒野も色々考えて生きているんだね……」


「考えてない人なんていないだろ……」


「あの……ありがと」


「何が?」


「自分の選択を後悔するな~的な励ましのこと。ちょっと楽になったよ」


「どういたしましてまして~アヒャッ!」





 久しぶりに、物思いに耽ったというか自分を顧みたので、一息つきたかったが、ふと目に入った。冬知屋さんと凌太が仲良さげに水をかけあっている場面が。


 その光景はあまりにもベタで、一周回って俺もやってみたくなった。


 ほわぁ~と安らいでいる千花さんを俺は後ろからポンっと押して、プールに突き落とした。


「ひゃっ」


 という悲鳴はザブンという水の音に儚くかき消された。間髪入れず、俺も入水した。


「ちょ、ちょっといきなり何するの!?」


 と、剣呑な目つきで俺に訴えかけてきたが、聞く耳を持たず、思いっきり水をかけてやった。それもあいつらみたいな生ぬるいやつじゃない、ガチのやつ。


 千花さんも最初はただ戸惑うだけだったが、ボッと火が付いたのか、すぐさま応戦してきた。くっ。おなごのくせにやるなー。


 俺が〇〇の呼吸。〇の型とか言って、中二心をむき出しにしたら、千花さんは水中に潜ることで、冷静に攻撃を避けた。


 さらに、気が付くと千花さんはすでに俺の背後に潜りながら移動していた。


 潜水得意なのか?あ、わかった。貧乳だからその分水の抵抗が……いでででぇ!


 痛みのする方へ視線を落とすと、千花さんが俺のすね毛を引きちぎったことを確認できた。ばかなっ?心の声に反応する奴があるか。




 このあとも続いた激しい攻防戦はプールの監視員の方にお叱りを受けることで幕引きとなった。

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