第31話 間接○○

「プールの売店にドーナツなんてあるんだな」


 僕はドーナツが五つほど入った袋を抱えながら、そう独り言ちた。


 普通焼きそばとか唐揚げを想像するし、実際それらは売っていたのだが、紗希がドーナツ食べてる姿が可愛いと千花さんから聞いたことがあるので、つい買ってしまった。


 そんなことを考えながら、ベンチで休憩しているであろう紗希のところへ足を進めるのだが、そこでは何やら厄介事に巻き込まれているようだった。


 というかナンパだな。


 若い男が二人いて、両方髪を派手な色に染めている。後ろから見た感じ、耳にピアスを開けていて、いかにもチャラ男の印象が色濃く表出していた。


 僕は早足で駆け寄り、紗希とナンパ男たちとの間に体をねじ込み、割り込んだ。


「すいません、お兄さん方。この子僕の連れなんですよ」


 なるべく和やかに対応して、最低限相手を刺激しないようにした。


 すると、ナンパされて困っていた紗希がパっと目を輝かせた。


「凌君。やっと来てくれ…………」


 ん?どうしたんだ?


 不審に思い、紗希の方へ目をやると、キラキラした目線は僕の顔ではなく、抱えているドーナツに向き直っていた。


 いや、ドーナツ好きすぎだろ。その反応は後に取っておいてくれないか。今はナンパを退けるのに精いっぱいでそこに余裕はないんだよ。


 僕がドーナツ中毒者の目をしている紗希を視界から外し、ナンパ男たちを見た。


 そんな僕を見て、ナンパ男たちはギャハハと嘲笑した。


「お前、本当にこの子の彼氏か?ただの陰キャじゃないだろうなぁ?」


「あんまり悪目立ちしないほうがいいんじゃないですか?」


 そう言って、僕はプールの監視員の方を指さす。


 監視員の方はプール内はもちろん、プール外の利用者の安全も守らないといけないので、不穏な空気を感じ取ったのか、こちらに胡乱げな眼差しを送ってきている。


 それに気づいたナンパ男たちはバツが悪そうな表情を浮かべ、「チっ」と舌打ちすると、あっさりこの場から立ち去っていった。


 一難去ったなと安堵し、紗希に声を掛けた。


「ごめんな。席離しているときにこんなことになって。乱暴とかされてないか?」


「……………………」


 だめだ。ドーナツへのロックオンが止まらない。まあ大丈夫そうならいいか。


「……食べるか?」


「………………うん」


 紗希が頷くと、袋からサッと一個ひったくって、もぐもぐと一生懸命食べ始めた。


 何この姿可愛い。新鮮。





 もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。



「…………だって凌君のことバカにしたもん。だからつい言い返しちゃったの」


 やっと喋ってくれたぞ。紗希はドーナツ五個目にしてようやくそのお口を話すために使ってくれた。


 みんなの分のドーナツが消えた……


 僕が駆けつける前のことを訊いたのだが、僕のことでどうやらナンパ男に紗希が言い返したから、面倒なことになっていたらしい。


 嬉しいんだけどな……


「こうすれば凌君のかっこいいところが見られると思ったの。未来を見たから安全なのはわかってたもん」


 予想に反して僕があまり嬉しそうじゃないから、紗希が少しいじけている気がする。


「とにかくこういうのは危ないから、今後はやめてくれ。わかったか?」


「……はーい」


 渋々了承した感が否めないんだが、まあ良しとしよう。ったく。なんだかなー。


「紗希。何か面倒くさい女の子みたいになってるぞ」


 僕は茶化すように冗談を言い放った。半分は本音だけど。


 すると、紗希はドヤ顔で、そして久しぶりに見る小悪魔的な表情で目を細めた。


「君が私を面倒くさくしたんだよ?」


 くっ。そうやって首をちょこんと傾げるのやめろ。頭を撫でたくなるから。


 紗希はそう言って、食べている途中のドーナツを一口ちぎって、ちぎった方を僕に差し出した。


「はい、あーん」


 いやそれだと間接キスまっしぐらだから。ちぎった意味がねえ。気づいてないのか?


 待っていてもやめそうにないので、僕は覚悟を決め、大きく口を開いた。


「あ、あーん」


 なんか緊張するので、目をギュッと閉じていた。だから、なかなかドーナツが口内に侵入してこない状況に疑問符が浮かんだ。


 恐る恐る、瞼を開けると、顔をうっすら恥の色に染めながら、僕に差し出したはずのドーナツを紗希が自分で食べている姿が。


 急に恥ずかしくなったのか?


 そんな紗希のポンコツ具合にやれやれといった眼差しを向けていると、紗希がこう言った。


「や、やっぱりこっちあげる……」


 紗希は目を背けながら、ちぎった方ではない、残った大きい方を僕にサッと手渡してきた。


 あ、間接キスに途中で気づいたな。意外と天然なところもあるのか……


 そうして紗希の新たな一面?を知れた喜びを享受しながら、改めて渡されたドーナツを受け取り、そして自然に口へ運んだ。


 咀嚼すればするほど口の中で糖の甘みが広がっていく。うまい。


 サイズ的に小さくはなかったそのドーナツは、思ったよりおいしかったので簡単にぺろりと完食できた。





 だが、食べ終わってから気づいたのだ。


 食べかけのドーナツって片方ちぎってももう片方は……


 そう思うと、すでにドーナツは胃に収まってるはずなのに、口の中が異様に甘くなった気がした。




「おーい。凌太ー。またみんなで遊ぼうぜー」


 黒野のアホっぽい呼びかけがあり、僕は切り替えて、再び五人で帰る時間になるまでプールで楽しんだ。

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