第29話 戯れ

 水の中はひんやりとしていて気持ちがいい。入水直後はやはり水面の冷たさが僕の素肌を刺激したが、一時間以上も経つと体は慣れ始めてくる。


 夏休み期間のレジャープールということもあり、水の中の人口密度は低くないが、五人が遊ぶのに支障はなかった。


 何秒間潜れるか競ったり、ビーチボールでパス回ししたりと、ありきたりなことだったけど、メンバーが心地よかったのか、一人が好きな僕も割と楽しんでいた。


 一旦休憩したいとのことで、千花さんや衣鳩先輩はお手洗いに向かった。黒野が「俺も俺もー」と言ってそれに続いた。


「女子トイレには入ってこないで」とくぎを刺されていたが、さすがに黒野もそこまでの禁忌は犯さないだろ。


 というわけで、現在僕は外に出ると暑いので、未だ水の中に居座っている。横では浮き輪の穴の部分に座り、プカプカと漂っている紗希がゆったりとくつろいでいる。


「二人きりだね」


「いや、周りにたくさん人いるし、二人きりではないだろ」


「むーっ。そうだけどぉ……」


 紗希はそのマシュマロみたいに柔らかそうなほっぺをプクっと膨らませる。


 僕も思ったぞ。二人きりだって。でも、その事実を口に出してしまうと、面映ゆしさが先行するんだよ。


 だから、つい紗希への返答が捻くれてしまったのだ。


 あとこっちへ向けられる周りからの視線がこそばゆい。さっきもそうだったが、それはプール内でも同じだった。


「あの子彼女?可愛すぎない?モデルさんとか?」や「横にいるの彼氏か?何か冴えない奴だな」などなど僕らを恋仲として認識しているのがほとんどだ。不特定多数から紗希にふさわしい男なのか査定されている気がして、緊張すらしている。


 ただ、カップルとして見られているのは、僕にとって願ったり叶ったりだ。チョー気持ちいい。何も言えねえ。


 まあ僕は現状に思うところはいろいろあるが、まとめると浮かれているのであり、口角がだらしなく上がってしまいそうだったので、喝を入れるためにザブンと頭ごと潜った。


 プハっと息継ぎをすると、紗希が「ねえねえ」と僕から五センチほど離れた水面をペチペチと叩いた。


「向こうまで押して」


「何を?」


「浮き輪に乗った私を」


 そう言って紗希が指さしたのは何の変哲もない陸地だ。強いていうなら泳ぎ疲れた人の休憩スポットみたいな場所だ。


「なぜ?」


「早く行きたいの」


「自分で泳げばいいんじゃ……?」


「……………………」


 唐突に黙りこくった。まるでその先は何があっても言わないぞと決意表明するように。まさか……


「紗希って泳げないの?」


「……………………」


 沈黙を貫いている。ただ、無言で駄々をこねるようにバシャンバシャンと両足を激しくばたつかせている。いいからやれと目で訴えてきているのだろうか。


「泳げないのか」


「…………泳がないの」


「泳げないんじゃ……」


「泳がないの」


 それ以上口答えしたら沈めるという意味が孕まれていそうだ。妙なところで意地張るよな。可愛いお嬢様だ。


 そうして言われた通り浮き輪を押して、目的地へ向かおうとする。しかし。


 浮き輪って押すの難しくねっ?そもそも浮き輪押すってなんだよ。水上を早く進むための道具じゃないから。


 そんな苦悩もつゆ知らず、ゆらゆらと揺れ動く水と悪戦苦闘していると、ある事実に気が付いた。


 紗希の背中が……近いっ!


 女の子の素肌をこんな間近で目撃するのはもちろん初めての経験で、内心狼狽した。


 何を背中ごときでと思う方もいらっしゃるかもしれない。普通の女の子なら僕もそう感じるだろう。だが、眼前に存在するのは紗希だ。


 遠目でも綺麗だと思っていたが、この距離でもその印象は変わりないのだ。すごいスベスベしてそう。触らないけど。


 それにウエストの細さを改めて強く意識させられ、心臓が鼓動に溺れている。


 気恥ずかしく、目をきょろきょろさせていると、紗希が消えそうな声音で呟いた。


「凌君。その……吐息がくすぐったいんだけど…………」


 紗希は耳を赤く染めてモゾモゾと体を動かしていた。


 す、すまん。背中に僕の息がかかっていたのか。で、でも近距離にならざるを得ない状況だし、許してくれないか。決して変態ではないと主張したい。


 紗希の発言に取り乱し、うっかりバランスを崩してしまった。


「わっ!」


「きゃっ!」


 幸い紗希が頭から水を被るほど盛大に転ぶことはなかった。少しよろけたという具合だ。


 だが、その体勢に問題あり。


 顔が近いっ!


 あと数センチ近ければキスしてしまいそうなくらいに。そのぱっちりと開いた濡羽色の瞳はどこまでも広がる宇宙のように綺麗で、僕の目線はどんどん吸い込まれていく。


 それに紗希の繊細な肩をがっしり掴んでしまっている。素肌の紗希を。


 さらに、紗希は僕の胸板にその華奢な手を当てて、転ばないよう支えている。もちろん生胸板だ。


 肌と肌が直接熱を交換し合う感覚によって、冷たい水の中に身を置いていることさえ失念してしまっていた。


「そ、そろそろ離して……」


「あ、ご、ごめん!」


 蚊の鳴くような音量で紗希に頼まれ、僕らは磁石の反発かのように素早く距離を取った。ほんと心臓止まるかと思った。





 結局、その後ゴールに辿り着いたのだが、紗希は満足してなさそうだった。なぜか。


「あれっ?おっきいペンギンのボート持っていた女の子はどこ……」


 と独り言ちていたから。


 ペンギンなら何でもありなのかよ!?



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【読者の皆様へ】


最近、やたらに幼馴染系が流行ってると思いませんか?


どうも、作者の蒼下銀杏です。


ここまで読んでくださり誠にありがとうございます!皆様のおかげで執筆活動を続けられましたし、これからも期待に添えるよう精一杯頑張らせていただく所存でございます。


勘のいい方ならお察しかと思いますが、このように作者が出張ってきたのはお願いをさせていただくためです。


日々、読者の方々から大変多くの反応を頂き、僕は毎日ニヤついています。きっと皆様が思っていらっしゃるよりも、僕は誰がどういう反応をしてくれたのか拝見していると思います。


長くなってしまいました。僕が申し上げたかったのは、お手数をおかけしますが、レビュー★かコメントのどちらかを頂けるとより作者の力になるということです。★は押すだけで完了します。


厚かましいお願いではございますが、これからもこの蒼下銀杏の拙作を宜しくお願い致します。

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