第11話 映画

 僕と冬知屋さんは大型ショッピングモールの中に併設されている映画館に足を踏み入れていた。


 学校から徒歩で約十五分あれば到着するので、それほど苦に感じることはなかったし、それゆえ、他の学生もちらほら見受けられる。平日なので人は少ないが。


「へえー。こんな構造なんだ。思ったより広いね」


 今、僕らはチケットを買って、上映時間まで座って待っているところだ。冬知屋さんはどうやら映画館に訪れるのは久しいらしく、そこらを物珍しそうに見渡している。


 僕が待ち合わせで大幅に遅れたのに、時間通り映画が観られるのは元々早めにショッピングモールに着く予定だったからだ。


 まあ、ショッピングモールでぶらぶらすることはできなくなったが。


「もうそんなに来てないのか、映画館に」


「んー。中学一年生のときに一回行ったっきりかな」


「誘われることとかなかったのか?」


「あったんだけどね。私、家の手伝いとかが忙しくて友達と遊ぶ時間がなかったんだ。だから、誘いとかは断っていたの」


「そんなに忙しいのか。何か、家業の手伝いとかなのか?」


 何気なく聞いただけなのだが、冬知屋さんは言葉を詰まらせたので、まずいことつっこんだかなと思い、慌てて付け加えておいた。


「別に、言いづらいことなら言わなくてもいいぞ」


「あ、ごめんね。そんな大したことじゃないんだけど。まあ、そう言ってもらえるならお言葉に甘えようかな」


 冬知屋さんはやや俯き加減で、弱弱しく言葉を紡いだ。


 場が微妙にしんみりとしてしまった。せっかく遊びに来ているんだから、もっと楽しい話をしよう。


 そう意気込んだ矢先、口を開いたのは冬知屋さんの方が一歩早かった。


「よし!ごめんね。どんよりさせちゃって。ここで切り替えて、冬知屋の未来予知講座のコーナーに入りましょうか」


「そんな講座取った覚えがないんですが」


 ニコッと表情を変貌させ、冬知屋さんは明るく振舞っている。ていうか、やっぱり未来予知のこと言いたすぎだろ、この子。


「講座料は一回三千円ね」


「今日の映画代より高い!」


 まあ、冗談を言えるくらいには冬知屋さんも気持ちを切り替えられているみたいだし、ここは冬知屋さんのノリに付き合ってあげようか。


 ん?その手何?その何かを要求するような挙動は?お金は冗談だよな?そうだよな?

 

 結局、その手は引っ込めてくれたから良かったけど。


「で、その未来予知について今度は何を教えてくれるんだ?」


「そうだね……うん……」


 冬知屋さんはわざとらしく考える人のポーズを取り、うーんと唸ってみせた。


してるときとかは未来見えないの」


「こ、興奮!?」


「今、変なこと考えた?」


「か、考えてないし。興奮って色んな使い道があるの知ってるし。エキサイティングの方だろ?」


 あんま考えてなかったけど、聞かれてつい動揺してしまった。興奮ってワードチョイスわざとだろ。もっとわかりやすい表現あるから!


「あーでも確かにえっちなことしてるときは未来見えないかもー」


「!?!?!?」


 なななななななにを言い出してるんだこの子は。まだお天道様昇ってるよ!今僕らは屋内にいるけど。周りに人いないからってこんな明るいうちから言っていいセリフじゃないから!


「ここで試してみる?」


「試さないからぁぁぁぁぁ!」


 あー大変だ。頼むから至近距離で妙なこと言うのやめてくれ。


 映画館の(劇場ではないが)照明の暗さが相まって、コケティッシュさがやばい。僕の身が持たない。


 あれっ。おかしいな。制服の上からでもわかる女性特有の丸みに目が勝手に吸い寄せられてしまう。


 だめだ。それは失礼だし、そんな下賤な行動、冬知屋さんに幻滅されてしまう。それは嫌だ。嫌だと分かっているのに、なんで僕の眼球は言うことを聞いてくれないんだ。


 考えるな。感じろ。いや、変な意味じゃないぞ。僕の頭が冬知屋さんのいっぱいでおっぱいおっぱいだから、邪念を排除しようとしてるだけなんだ。


 自分の理性と激しく格闘してると、クスクスという笑い声が横から耳に入ってきた。


「狼狽えすぎ」


「~~~~~~~~~ッッッ!!!」


 またしても冬知屋さんの術中にはまってしまったか。


「あのなあ、そんなことあまり男に言わない方がいいんじゃないのか?勘違いする奴も中にはいるぞ」


「心配してくれてるの?」


 冬知屋さんは微笑を浮かべたまま、首をやや傾げて訊いてきた。


「ま、まあ、そりゃあな……」


 なんとなくこそばゆい気持ちになったので、言葉尻を濁した。


「ふーん。そっか。ありがと……」


「お、おう……」


 たまに来る冬知屋さんの直球の感謝にはまだ慣れないな。


「まあ、芦谷君は絶対女の子を傷つけないって未来予知でわかってるからこういうこと言えるんだよ」


「そうか……」


 それはそれで、男としてどうなんだろうとは思わなくもないが、信頼されているならそれに越したことはないな。


*******


 それから、軽く談笑をして数分後のこと。


「あーなんか映画のネタバレが見えそーだなー。未来予知してしまいそうだなー」


 と、不自然な棒読みで突如、冬知屋さんがのたまってきた。


「未来予知って見るかどうか自分で決められるんじゃなかったか?」


「んー。やっぱり見えそー。楽しみにしてた映画のネタバレが見えちゃう~助けてー芦谷君ー」


 嘘くさっ!


「助けてって僕は何をすればいいんだよ」


 呆れ混じりに問いただしてみる。


「私のことドキドキさせてよー」


「はあ?」


「ドキドキして、強制的に未来予知できなくなるからさー。だめ?」


「だめっていうか無理だろ。僕には荷が重い」


 ドキドキするのは毎回僕の仕事だろ。自分で仕事って言っちゃったよ。


「大丈夫だって。ちょっと手を繋いでみるだけだから」


「それでもハードル高いから!こんなあっさりできるほど、僕慣れてないから!」


「あー映画のネタバレが見えそー。え?主人公がまさかし……」


「あぁぁーー!わかった。わかったから。ほら!」


 危うくほんとにネタバレ食らうところだった。くそっ。なんだよ。未来見えるっていう設定ブレブレじゃないか。


 それとも、もしかするとだ。仮にだ。まさか、僕と手を繋ぎたい口実のためだったりして。ってそんなわけないよな。ここで勘違いする奴が地獄を見るんだ。世の恋愛ってコワイ……


 まず、僕は手の平をズボンで拭った。しかし、焦ったからか、たぶん人より強めに手を握ってしまったかもしれない。冬知屋さんの手は思ったよりひんやりして、それでいて小さい。僕の手の平でまるごと包み込めそうな気さえする。


 あー勢いでいってしまったが、緊張が心音に表れてきた。このドクドクっていう音、冬知屋さんに聞こえてしまっていないだろうか。


「…………離さないでね」


「え?」


「離さないでって言ったの!な、何度も言わせないで……」


「あ、はい……」


 なんかちょっと怒られた。なぜ!?


 にしても冬知屋さん、指細いな。肌の手触りも滑らかで心地よい。女の子はみんなこうなのか……?


 なんかこう……守ってあげたくなるか弱さみたいなのを顕著に感じられる。


 くっ。僕の手、緊張で汗ばんでないか気になってきた。熱も若干帯びている気がする。しっかり手が繋がっているから、どっちの温もりなのかわからなくなってきた……


 おそらく僕の顔はあっつあつに火照っているであろうが、それを冬知屋さんにからかわれる覚悟で見上げると、冬知屋さんも熟したリンゴのように顔を紅潮させ、目を泳がせていた。


 そっちも無理してるのかよと思い、手を離そうと試みるが、冬知屋さんの方がなぜか離してくれない。力つよっ!


「ミライミレナイヨ……」


 冬知屋さんが蚊の鳴くような声でボソッと何かを呟いた。小さすぎて、僕は聞こえなかったが。


「なんだって?」


「ま、まあまだ正直不安だけど、とりあえず及第点かなって言っただけだよ……」


「さいですか……」


 そうこうしているうちに上映時間が迫ってきたので、僕らは会場に足を運んだ。繋いだ手はそのままで……


 映画を観ているときも、結局最後まで離してくれなかった。

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