第10話 待ち合わせ

「ハアッハアッ」


 僕は一心不乱に体を動かす。


「グッ……ハア……」


 冬知屋さんのことを第一に考え、冬知屋さんのために己の肉体を酷使する。


 これほどまでに疲労を感じたのはいつぶりだろうか。

 あぁ……中学の持久走のときくらいかな……

 ちょうど今も全力疾走だし……


 そう。僕は現在進行形で走ってるのだ。なぜかというと、校門でおそらく待ちぼうけをくらっているであろう冬知屋さんのために。


 放課後に遊びに行く予定だったのにどうしてこんなことになっているか説明する必要があるな。


 それは全授業が終わり、放課後に突入する直前、担任の先生に用事を頼まれたのだ。


 誰かに頼もうにも、僕はクラスのみんなから疎まれているし、黒野はというと勘がいいのか、気が付いたら姿が見えなかった。


 まあ、十分もあれば終わると言われたので、渋々承諾し、冬知屋さんには校門で待ってもらうことになった。


 教室で待っててもいいのにと僕が言うと、冬知屋さんは「なんか校門で待つのって健気な彼女感あってよくない?」とか言い出す始末。そのせいで無駄に狼狽えてしまった。


 おい。先生!その「あー悪いことしちゃったなぁ。芦谷。彼女待たせるようなことしてしまって」みたいな顔でこっち見るのやめろ!恥ずかしくなるから!


 ていう流れがあった後、頼まれた仕事に取り掛かったのだが、プリントに不備があったり、提出する場所を間違えたりしたせいで、当初の予定より一時間遅れてしまった。


 スマホで連絡すればいいだろと思う人もいるだろう。僕もそう思う。だが、今まで僕が連絡を取る人が黒野か家族しかいなかったため、その考えがすっぽり抜け落ちていたのだ。情けねぇ。


 そして今の全力疾走に至るわけだ。


 どうしよう。僕がとちったばかりに冬知屋さんを待たせてしまった。後で慌てて送ったメッセージに既読はつかないし。


 もう呆れて、待っていないかもしれない。一人で先に行ったか、機嫌を悪くして家に帰ったかも。


 考えれば考えるほど、悪い方へ思考が持っていかれてしまう。


 そんなことを考えているうちに、昇降口に到着し、急いで外靴に履き替える。

 勢いはそのままで、目的地へ体を運ぶと、そこには約束通り、冬知屋さんがいた。


 よかったぁ。待っててくれたのか!

 

「ごめん!まともな連絡もできずに遅くなった!本当にごめん!」


 僕は素直に頭を深々と下げた。


「いいよ。先生に頼まれたことなんでしょ。なら、謝る必要はないわ」


「でも、僕がしっかりしていれば、もっと早く来られたし、連絡もできたんだ」


「そうなんだ?でも、こうして急いで来てくれたから私は怒ってないよ」


 なんて優しいんだ。冬知屋さん。


「それに、こうして校門に来てくれることはわかってたから」


「え?」


「前から言ってるでしょ?私は未来が見えるって」


 でた。未来が見える宣言。人を騙すような性格じゃないのは今回の件もあって十分わかってるんだが、どうしても信じられない。嘘を吐いてる感じもしないから、尚、謎だ。


「そ、そうか……」


「あ、信じてないでしょ」


「い、いや、そんなことは……」


「じゃあ、私の未来予知について情報を一つ教えてあげます」


 冬知屋さんがフンっと鼻を鳴らして、高らかに胸を張った。すごい言いたそうだな。てか、一つだけなんだ。小出しにしないでほしいんだが。


「私の見える未来には大きく分けて二種類あるわ。なものとなものがあってね。長期的なものは一か月後とか三か月後、半年とかそれくらい先の未来が見えることがあるの。これは私の意志に関係なく急に見えるの。私と芦谷君が付き合うことになるという未来はこれに分類されるわ」


 ほおー。ま、意味は分かるけど現実味のなさが拭いきれない。


「もう一つが短期的なもの。これは三秒後から半日までの未来が見えるものでね。これは私が見たいと思えば、見ることができるの。私が芦谷君をからかうときとかはたまにこの力を使っているわ」


「いやなネタバレだ!いいようにおちょくられていたのもそれが原因かよ。ずるくないか?」


「たまにって言ってるでしょ。芦谷君は本気を出さなくてもちょっとからかうくらいなら造作もないわ」


「無駄な強キャラ感!」


 くっそ。普段から使っているときもあると言われれば、未来が見えるというのも少しは頷けるかも。ていうか頷きたい!僕がからかわれるのは僕がチョロいからじゃなくて、冬知屋さんが未来予知というチートな能力使ってるからだと信じたい!


「どう?少しは信じてもらえた?」


「ま、まあ冬知屋さんのことだし、嘘はついてないと思うけどな……」


「まあ、パッと理解できる内容でもないしねー。その辺は追々信頼を勝ち取っていくってことで、映画行こっか」


 そう言って冬知屋さんは手を差し出してきた。


「いや、こんなところで繋げるかよ!」


 こんな校門の人目に付くところでなんて、目撃者に後で何言われるかわかったもんじゃない。


「そうだよねー。こんなところでは繋げないよねー」


 ったく、人をからかうのに余念がないな。


 ん?待てよ。


 唐突だが、ある疑問、というか予測が頭に浮かび、僕はスッと冬知屋さんに訊ねた。


「さっき短期的な未来なら、冬知屋さんが見たいと思えば見られるって言ったよな?」


「ええ。その通りだわ」


「じゃあ、僕が校門に絶対来るってわかってたってことは、僕が本当に来るかどうか心配で心配で仕方なくって、未来予知を使ったってことだよね。そんなに僕と映画行くの楽しみにしてくれたの?」


 冬知屋さんはカッと顔を赤く染めた……ように見えた。一瞬で顔を背けられたからはっきりと視認できなかったが……


「は、早く行こ……」


「そんなに早く一緒に行きたいんだ」


「映画の上映時間に間に合わないと思っただけだから……」


 お、何か今のは初めて冬知屋さんを出し抜いた気がする。気持ちを傷つけない形で。いや-満足満足。


「き、君がからかうのは……ずるいよ……」


 どの面下げてずるいとか言ってるんだ。そんなしおらしい表情で、上目遣いで見つめるなよ。せっかく冬知屋さんに勝てた余韻に浸りたいのに、結局僕までドキドキしてきたじゃないか。


 あーずるいな。

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