第5話

 家の外に出ると、涼しい夜風が吹き始めていた。

 行燈をかざして足元を照らしつつ、ステラは家の裏に回っていく。ルカはその手をしっかり握りながら、小さくステラに訊ねる。

「こんなすごい人のところで、ステラは育ったのね」

「ふふ、まだ驚くのは早いですけどね。あ、そこの段差、気をつけて下さいね」

「分かったわ、っと」

 屋敷から少し離れた場所にある、小屋に向かう。そこは石垣で底上げされた、一見して倉庫のようだ。その周りには石窯や、いくつかの植木鉢。それに手押し車。

 そこが、クウヤとシンクの発明小屋だ。行燈を掲げて、それを見せる。

「明るいときに見せられればよかったんですけど……」

「これだけでも十分すごいのが分かるわ……すごい、まるで街の工房みたい」

「大人になるまでは、立ち入り禁止の場所なんですけどね。あ、花とか触らないでくださいよ。よく分からないんですけど、毒があるものもあるそうです」

「き、気をつけるわ……」

 怖くなったのか、少しだけルカがぎゅっとステラの手を握って身を寄せてくる。ステラはわずかに驚いたが――不思議と、鼓動は落ち着いている。

 微笑ましく見守りながら、そっと手を引いて傍に引き寄せる。

「大丈夫ですよ。ルカ様――私が、いますので」

「あ……うん、ありがとう」

 薄明かりの中で、ルカがこくんと頷く。そのまま、二人で建物に近づき、工房の扉を開ける。闇がのしかかるように広がっているのを、ルカはこわごわと覗き込む。

「なにか、壊してしまいそうで怖いわね……」

「そんなに、壊れやすいものは置いていないですよ。ここは、どちらかというと、子供たち向けの工房なので」

「そうなの?」

「はい、隣のお父さんの実験場は、もっとすごいです。火をつけて入ったらダメって言われています。爆発するから」

「ば、爆発……っ!?」

 びくっとルカは身を震わせるのを、ステラは安心させるように笑いかける。

「こっちは大丈夫です。比較的に、安全なものしか置いていません」

「でも、爆発するかも……?」

「どうでしょうね。私も、ここにあるものを全部、把握できていないので」

 そう言いながら、ステラはルカに一旦手を放してもらい、天井に吊るされた、部屋のランプに火を灯す。それを一個つけただけで、ふわり、と部屋全体が明るくなる。

 ルカは少しだけ瞬きをし――そして、わぁ、と声を漏らした。

「すごい……なに、ここ……」

 子供みたいに目を輝かせ、ぐるりと部屋を見渡す。

 それだけ、部屋の中にはさまざまなものが置かれているのだ。

 壁に備え付けられた棚には、小さな模型がいくつも並べられており、窓際には綺麗な花が咲いている。机の上のガラスケースには、いろんな鉱石がある。

 他にも、小瓶に入ったいろとりどりの粉末。歯車式の機械――。

 まるで、別の国に入り込んだような世界が、広がっていた。

「この、小さな――箱みたいなのは?」

 ふと、間近にあった、木箱を目にするルカ。ステラは小さく頷いて、それを手に取る。その木箱からは、ハンドルが横につけられている。

 一見すると、ちょっと変な形。だけど、とステラはそっとルカに微笑みかける。

「きっと、これはびっくりしますよ……この、ハンドルを回すと」

 横についたハンドルを手で握り、ゆっくりと回す。すると、微かな音色が木箱からこぼれだす――澄んだ、金属の音色を耳にして、ルカは目を見開く。

「え……音楽が、この箱から……?」

「はい、そうなんです。お父様は、これを、オルゴール、って呼んでいます」

「おる、ごーる……」

 つたなくその名を口にするルカの手に、ステラはそのハンドルを置く。ハンドルはある程度、回しておけば、あとは自動で回ってくる。

 澄んだ音色が、自動で流れるのを聞いて――ルカは心地よさそうに目を細めた。

「すごい……綺麗な音……」

 ゆったりとした音色のハーモニーに、ルカは目を閉じる。その瞼を震わせながら、うっとりと吐息をつく表情に。ステラは少しだけ見とれていた。

 しばらくして、音色は徐々にゆっくりになり、止まっていく。

 ルカは名残惜しそうにその箱を撫でていたが、ステラにそれを返して訊ねる。

「これ、どういう仕組みなの?」

「えっと――確か、ですね」

 箱の上を開く。その中には、金属のパーツがいくつも入っていた。

 中でも目を引くのは、棘が無数の生えた鉄の筒と、櫛のような金属片だ。

「ハンドルを回すと、この筒が回転して、この棘が櫛の部分を弾いて音を出している――らしいです」

「す、すごいわね……想像がつかないわ」

 ルカが目をまばたきさせる。ステラは微笑んで頷き、オルゴールを棚に戻しながら、視線をぐるりと部屋の中に見回した。

「正直、お父さんの作る道具の仕組み、全然理解できないんです。だけど、お父さんはいろんなものを作ってくれます。夢いっぱいの道具を。それが、この部屋には詰まっているんです――他には、こんなものもあるんですよ」

 棚の中から木の筒を取り出し、ルカに渡す。ルカはそれを手にして、きょとんと首を傾げた。

「これは、何かしら」

「筒を覗き込んでみてください。そう、そっちから――それで、灯りの方を見て、そのまま筒をくるくる回してもらえますか」

「えっと――こう……あ、わぁ……っ!」

 途端に、弾んだ声を上げるルカ。筒を下ろすと、目をきらきら輝かせながらはしゃぐ。

「すごく、綺麗な景色が見えたわ! 光が踊っているみたい!」

「はい。万華鏡、というらしいです。万の華が踊る鏡、と書くそうです」

「マンゲキョウ……わぁ……すごく素敵……」

 再び筒を覗き込み、くるくると手の中で筒を回転させる。ルカの無邪気な笑顔を見つめながら、ステラは微笑ましい気持ちになる。

 満足したルカは一つ吐息をつきながら、万華鏡を返して楽しそうに笑う。

「すごいわね! 本当に! ねぇ、ステラ、他にはどんなものがあるの?」

「そうですね、他には――」

 それから、ステラはクウヤの発明品を丁寧にルカに紹介していった。

 それを一つ一つ、ルカは驚きと共に楽しそうに見つめ、いろんな表情を見せてくる。ころころと変わるその表情を見つめながら――ステラは思わず目を細めてしまう。

「すごいわね……ステラ、本当にどうなって……ん? ステラ?」

「はい、なんですか? ルカ様」

「私の顔に何かついている? じっと見ているけど」

「いいえ、ただすごく楽しそうだな、と」

「楽しいわよ、本当に」

 からから、と彼女は手回しの映写機を回す。それだけで、壁に映った人影がくるくると踊るのを見て、嬉しそうに微笑んだ。

「こんなに楽しいの……すごく、久しぶりだわ。ステラ」

「それはよかったです――私も、楽しいです」

「そっか……よかったわ」

 二人で微笑み合う。その距離は前よりぎこちなさが取れて、それでいて間近だ。心地いい感覚の中、二人で見つめ合い――。

「ステラ、ルカさん、ごはんができたぞー!」

 遠くから聞こえたその声にはっと我に返り、ステラは咳払いをした。

「――戻りましょうか。ルカ様」

「え、ええ、そうね……クウヤさんの晩餐も、楽しみだわ」

 ルカはぎこちなく微笑み――そっと遠慮がちにステラの手を握る。その手をステラはしっかりと握り返して微笑み返した。

「はい、楽しみにしていて下さい」

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