第4話

 斜面を下っていく中腹には、一軒の小洒落た家がある。

 二階建てでテラスがついた、まるで小さな屋敷のような家――。

 そこに馬から降りて近寄っていくと、建物の中から一人の男性が出てきた。にっこりと人のいい笑みを浮かべ、ステラに歩み寄る。

「久しぶりだね。ステラ――おかえりなさい」

「はい、クウヤお父様。ただいま、かえりました」

 出迎えたのは、若々しい顔つきの一人の男性だった。

 細身な体で、どこか品のいい笑顔を浮かべた男性。麻の半袖シャツからは、無駄のない筋肉のついた腕がのぞかせる。

「相変わらず、お父様、鍛えられていますね」

「まあ、自然に鍛えられるよな――えっと、そちらは?」

「お、お初にお目にかかります、ルカ・ナカトミと申します」

 ぎこちなく挨拶をしながら、ルカはひらりと馬から降り、ワンピースの裾を摘まんで一礼する。令嬢のような仕草に、クウヤは目を見開き――ああ、と笑みを浮かべた。

「シズマさんの娘さんか! 大きくなったなあ」

「え……以前、お会いしましたっけ」

「うん、覚えていないかもしれないけど、シズマさんがキミを連れて来てくれたんだ」

 懐かしむように目を細め、クウヤはステラとルカの二人を見比べて微笑む。

「二人とも、よく来てくれたね――とにかく、家に上がっていきなさい。シンクにも、顔を見せて欲しい」

 二人は家の前で馬を休ませ、クウヤの家へと上がった。

 中に入ると、懐かしい、ふんわりとした香りが家を包む。外見よりも中は広々としており、入ってすぐのところに、大きな机と暖炉。

 そして、その暖炉の傍の安楽椅子に、一人の女性が腰かけていた。

 軽くウェーブのかかった、長い黒髪の女性。彼女は入ってきたステラに目を留めると、ほんわかとした笑みを浮かべた。

「おかえりなさい、ステラ。よく帰ってきたね」

「はい、ただいまです。シンクお母さん」

「シンク、こちらはルカさん。シズマさんの娘さんだ」

「ああ、あのときの……! 随分、大きくなって……ふふっ、クウヤくん、歳の流れを感じちゃうね」

 悪戯っぽく囁いた彼女はゆっくりと身体を持ち上げて立ち上がる。それを、クウヤはそっと背に手を添えて支える。相変わらず仲睦まじい様子だが――。

 そのシンクのお腹のふくらみに目を留め、ステラは息を呑む。

「――おめでた、ですか?」

「うん、これで五人目だね」

 にっこりと微笑みながら、愛おしそうに自身のお腹を撫でるシンク。それを見つめながら、クウヤは目を細めてシンクの髪を撫でた。

「シンク、座っていて。無理はよくない」

「うん、ありがとう。クウヤくん……ごめんね、二人とも」

「い、いえっ、むしろご無理はしないで下さい」

 わたわたと慌てて首を振るルカに、シンクはそっと微笑みを浮かべながら椅子に腰を下ろして目を細めた。

「うん、アスカさんにそっくり。だけど、目の鋭さは――」

「シズマさんに、そっくりだな」

「――お父さんとお母さんは、シズマ様の知り合いだったのですね」

「ああ、今さら、語るまでもないことかもしれないが」

 ひとまず、とクウヤはステラとルカに椅子を勧めながら微笑みかけた。

「まずは、ゆっくりしてくれ。お茶を飲みながら、話そう」


「改めて自己紹介しよう。僕は、クウヤ。一応、シンクの姓を名乗って、クウヤ・クルセイドと名乗っている。こちらは、妻のシンクだ」

「初めまして。ルカ・ナカトミと申します」

 夕暮れどき、どこかで鳥が鳴いている声がする中――。

 涼しい風が吹いてくる部屋の中、四人はテーブルを囲んでいた。お茶を口にしながら、クウヤは懐かしむように目を細め、ルカに言う。

「キミにお父様――シズマさんには、いろいろ世話になったことがあってね。以来、いろいろと交流が続いているんだ」

「私たちが一度生き別れになって、クウヤくんが私を探してくれているときに、シズマさんが力になってくれたの。おかげで再会できて、こうして安寧を取り戻した」

「そう、だったんですね。じゃあ、リヒトさんとも知り合いなのも――」

「一時期、軍で同行していたから、そのときの知り合いだよ。リヒトさんは、元気にしているかい?」

「はい、元気ですよ」

「うん、よかった。一時期、足を負傷したと聞いていたけど」

 彼は安心したように吐息をついて微笑んだ。その優しい笑顔に、くすっとルカは笑みをこぼす。

「クウヤさんの笑顔、ステラの笑顔にそっくりね」

「そう、ですか……?」

「ええ、そうよ。目尻を下げて笑ってくれるところとか、本当に」

「ふふ、そういうルカさんも、シズマさんにそっくりだけどね。目元が」

 クウヤは楽しそうに笑うと、ステラも思わず釣られて笑いながら頷く。

 そのまま、四人で談笑を楽しんでいると――ふと、シンクが視線を外に向けた。

「――クウヤくん、日が暮れてきたよ。ごはんにしよ?」

「ん、そうだな。えっと、四人分でいいかな?」

「うん、ソラたちはあっちの方で食べてくるみたいだから」

「分かった。じゃあ、用意するから二人は休んでいて」

 クウヤは席を立つ。ステラは笑いながら立ち上がった。

「お父さん、私も手伝いますよ」

「休んでくれてもいいのに――じゃあ、そうだな、部屋に灯りをつけてくれるか」

「分かりました」

 クウヤから渡された火口箱を手に、ステラは部屋に置かれている、陶器のランプに歩み寄る。ルカは興味深そうに、それらを眺める。

「燭台にしては、おしゃれね」

「お父さんが作った焼きもので、ちょっとしたランプなんです。二重構造になっていて、下に油が蓄えてあるんです」

 そう言いながら、部屋のランプに次々と灯りを灯していく。部屋の中の棚には、さまざまなものが置かれている。ルカはそれに目を移し、へぇ、という。

「ガラス細工まで。もしかして、これも――」

「うん、クウヤくんの自作だよ。試作に結構、時間がかかったけど」

「すごいですね。職人技みたいです」

 ルカは目を輝かせながら、棚に置かれた小瓶を見つめる。ステラは微笑みながらそれを手に取り、ルカに手渡す。

「お父さんは、いろんなことを知っているんです。陶器の焼き方、農作物の栽培の仕方、武術の心得、ガラス細工だって」

「はは、いろいろ試行錯誤の日々だけどね。シンクと、一緒に」

 クウヤが厨房の方から答える。そこで振るう鉄鍋も、クウヤの自作だ。ルカはきょろきょろと部屋を見渡し、小さく吐息をこぼす。

「ステラ、貴方のお父様って……とんだ発明家だったのね」

「ふふ、そうなんです。ただ、お父さんもお母さんも、そうじゃない、っていつも言うのだけど……」

 ステラは自分を育ててくれた母を見やると、彼女は困ったように首を傾げる。

「ん、少し事情があってね。発明ではないのよ」

「いずれにしても、すごいですよ……これだけ綺麗なガラス細工も、あまり見ない」

 ルカは絶えず眇めず、手元のガラスの小瓶を見る。その目を輝かせているのが、とても微笑ましい。ふと、シンクが思いついたように言う。

「そうだ、ルカさん、クウヤくんの工房、見てみる?」

「え――いいのですか?」

「ああ、別に見ても減るものじゃないし。ただ、危ないものも多いから、迂闊に触らないで欲しいけど――ステラ、折角だから、案内してあげてくれるか?」

「あ、はい、分かりました。行燈、借りていきますね」

「うん、足元に気をつけてね」

 もう、外は大分暗くなっている。ステラは立ち上がって行燈を手に取り、ルカに手を差し伸べる。彼女は微笑んで頷き、自然にステラと手を繋いだ。

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