第6話

 食堂に戻ると、ルカはわずかに机に視線を落とし、ため息をこぼしていた。

 だが、入ってきたステラに気づくと、慌てて視線を逸らし、ふん、と鼻を鳴らす。どこか子供のような仕草に、ステラは苦笑いをこぼすと、ルカに声を掛ける。

「ルカ様――リヒトさんから、お団子、もらってきました」

「……そう」

「一緒に、食べて下さいませんか?」

 少しだけ下手に出るように訊ねる。断られるのが、少しだけ怖い。

 わずかに落ちた沈黙の中、胸の鼓動だけが聞こえる――やがて、ルカは小さくため息をつき、手招きをした。

「隣。座りなさい。一緒に食べましょう」

「あ、はいっ」

 断られなかった。それだけで、不思議なくらい安心し、ステラはルカの傍に歩み寄る。隣の椅子を引き、腰を下ろす。

 団子の入ったお椀を置くと、ルカはそれを早速、匙を手に取って口に運ぶ。

 つるん、と形のいい唇に吸い込まれていく団子。

 ん、と彼女は喉を鳴らし、わずかに目尻を緩める。

「――美味しい。相変わらずね。リヒトは。私が拗ねていると、こうやってみたらし団子を持ってくる……敵わない」

「昔から、そうなのですか?」

「そうなのよ……私が、勝手に拗ねているだけなのに、ね」

 小さくため息をつき、ルカは視線を合わせずに匙で団子を掬い――ステラの口元に差し出してくる。少し戸惑ったが、ステラは口を開ける。

 そっと差し込まれた団子の味――ふんわりと柔らかい味わいは、どこか懐かしい気分にさせてくれる。

(なんだか、前にも食べたことがあるかもしれない……)

 甘くてほろ苦くて、しょっぱい。不思議な味を楽しんでいると、ルカが小声で言う。

「ごめんなさい――貴方が、悪いわけじゃないの。ただの、八つ当たり」

「――サンナのこと、ですか?」

 思い当たるのは、そこしかなかった。

 だが、ルカはふるふると首を振って否定する。

「違うわ。サンナを引き入れたことに怒るつもりはないし、自分が言ったことだもの。だけど――」

 ちら、と横目でルカはステラを見つめ――小さく、しょんぼりと言う。

「貴方……困っていたけど、嬉しそうだったわよね」

「……え?」

「サンナにお姉さまと慕われていて」

「……それ、は……」

 否定は、できなかった。

 どんな形であれ、ああやって好意を向けられると、孤児院で一緒に暮らした弟や妹のような子たちを思い出してしまって、嬉しくなるのだ。

 ステラは言葉を詰まらせると、ルカは小さく唇を尖らせる。

「いいのよ? 別に。貴方が誰を好こうがどうしようか構わない。ただ、私にはまだ遠慮している節があるのに、あの子にはべたべた、べたべた……」

 言っている傍から不機嫌そうになるルカ。ステラは目をぱちくりさせて――それで、困ってしまった。要するに、ルカは拗ねているのだ。

 どうしたらいいか、分からない。ステラはひとまず口を開く。

「ええと……ルカ様に遠慮しているつもりはないのですが」

 むしろ、最近は身分を考えずに接し続けているつもりなのだ。それでも、ルカは満足できなかったのだろうか?

 ルカはお団子を口に運びながら、横目でまたステラを見て頬を膨らませる。

「――遠慮しているじゃない。だって、時々、視線を逸らすし」

「う……それは……」

 自覚があった。でも、まさか、それがルカを傷つけているとは。

 ステラは口を噤み、ルカの視線から逃げそうになり――ふと、その視線に気づく。寂しそうに、じっと見つめてくる大きな黒い瞳。

 その目から逃げたら、またルカを傷つけてしまう。それが、直感できた。

 だから、目を逸らさず――気恥ずかしさを押し殺して告げる。

「それは――仕方ない、じゃないですか。ルカ様のせい、です」

「え……私のせい、なの?」

「そうです。ルカ様の顔が綺麗で、視線も真っ直ぐだから――思わず、どきどきしてしまうのですよ……恥ずかしいのですから、言わせないで下さい……っ」

 最後は早口になってしまった。さすがに、目を合わせていられず、慌てて顔を背ける。どこか、ぽかんとした雰囲気が伝わり――ルカが困ったように訊ねてくる。

「えっと……ステラ? それは嬉しいのだけど……どう反応したらいいのかしらね?」

「知りませんよ……とにかく、そういうわけなのです」

「それは……困ったわね」

 どこか気まずい空気が満ちてくる――だけど、やがてルカがほっとしたように、吐息をついて悪戯っぽく囁いてくる。

「つまり、ステラが意気地なしなのが悪いのね」

「……認めたくないけど、仰る通りです……」

「つまり、ステラが悪いと」

「もうそれでいいです……」

 なんとなく、認めるのが情けなくなってきた。小さくため息をこぼすと、ルカは嬉しそうに表情を緩め、そっかぁ、としみじみ頷いた。

「それなら仕方ないわね、うんうん」

「嬉しそうですね。ルカ様」

「そんなことはないわよ」

 くすくす、とルカは口元に指を当て、おかしそうに肩を揺らす。よく分からないけど、機嫌が戻ってきたみたいで、ステラはほっとする。

 だが、それも束の間、ルカは少しだけ身を寄せながらささやく。

「なら――少し、お願いを聞いてくれるかしら」

「……何ですか?」

 可憐な顔が間近に近付き、思わずどきっとしてしまう。それを押し殺しながら、ステラは訊ねると、ルカは悪戯っぽく笑って言う。

「お風呂、一緒に入ってくれる?」

「――う。それは……」

「ステラが全部、悪いのよね?」

 畳み掛けるような一言に、ステラは項垂れてそれを受け入れるしかなかった。


 その後、二人でお風呂に入り、髪の毛を洗い合った。

 ルカの綺麗な身体にどきどきして、散々からかわれ続けたのは、また別の話だ。

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