第5話

 ルカの不機嫌さは、屋敷に戻ってからも続いていた。

 夕食の時間、一言も話さずに黙々と食事をするルカ。その表情は今までに見たことがないほどに固い。同席していたステラは恐る恐る声を掛けた。

「あの……ルカ様、何かお気に召さないことでも……?」

「特にないわ」

「さ、左様ですか……」

 取りつく島もない。居心地が悪い空気の中、ステラは食事を続けていると、ふと執事のリヒトが食堂に入ってきて一礼する。

「失礼します――ステラ様、少々、手伝いをいただいてもよろしいですか?」

「あ、はい……すみません、ルカ様、失礼します」

 一応、主に詫びてから席を立つステラ。だけど、ルカは眉一つ動かさない。無反応を寂しく思いながら、リヒトの後に続いて食堂から出る。

 歪な歩き方をするリヒトの背に、ステラは声を掛ける。

「それで――何をお手伝いすればよろしいですか?」

「では、芋の皮むきを手伝っていただけますか」

 リヒトは振り返ってにこりと笑った。そのまま、厨房の方へと入っていく。

 厨房では、数人の使用人が料理を作っている。それらに交じり、リヒトは厨房の一角にある芋の山を手で指し示す。

「これを剥く手伝いをお願いします」

「随分な量がありますね……」

「この屋敷で十人分の食事を用意しますので。明日、明後日の仕込みをしておきたいのです――どうぞ、ナイフを」

「あ、ありがとうございます。では皮を剥いていきますね」

 ステラとリヒトは二人並んで芋を手に取る。芋に刃を当て、するすると滑るように皮を剥いていくと、リヒトは少しだけ目を細めた。

「慣れていらっしゃいますね」

「孤児院では、これと同じくらい毎日仕込んでいました」

「そうですか。お父様は、お元気ですか?」

「あれ、リヒトさん、ウチの養父と知り合いなんですか?」

「ふふ、お父様とは昔、御縁がありまして。そういえば、身体捌きは、お父様の武術によく似ていらっしゃる。特に、足運びが」

「へぇ、養父が騎士だったリヒトさんと……少し、意外」

 護身術を仕込んでくれた養父だったが、基本的に争いを好まない。

 騎士とあまり接点がなさそう、と思っていると、リヒトは柔らかく微笑む。

「いずれ、それについてお話しする機会もあるでしょう――今は、ルカ様のことについて、お伺いしたいのですが」

 ああ、やっぱり、とステラは頷く。

 リヒトがわざわざ手を貸してくれ、というのも変だな、と思っていたのだ。恐らく、気を利かせてくれたのだろう。

 剥き終わった芋を、傍らの鍋に入れながら、ステラはため息をこぼす。

「気を遣っていただいて恐縮なのですが――なんで、今日、ルカ様が不機嫌になさっているかよく分からなくて……」

「ふむ……ちなみに、朝はご機嫌でしたよね? いつから機嫌を損ねられましたか?」

「ああ――それはですね」

 サンナたちを相手に立ち回った話をし、最後に押し切られる形でサンナをステラの部下にしたことを話すと、ふむ、とリヒトは一つ頷く。

「なるほど、サンナさんは、ステラ様にひどく甘えられていたのですね」

「え、ええまあ、身も蓋もない言い方をするなら」

「でしたら――ステラ様には、何の落ち度はございませんので、ご安心下さいませ」

 きっぱりと言い放つリヒトに、ステラはほっと息をつきながら――それでも疑問が残って首を傾げる。

「でしたら、なんでルカ様はお気に召されない……?」

「ふふ、それを私から言うのは無粋と言うもの――そうですね、では」

 リヒトは振り返り、一人の使用人の名を呼んで頼む。

「何か甘いものをご用意お願いします。それと、紅茶の支度を」

「はい、かしこまりました」

 用意されていく紅茶とお茶菓子。それを視線で示しながら、リヒトはにこりと微笑んだ。

「昔から、ルカ様がご機嫌斜めのときは、こうやって大好物の甘いものをご用意したものです。特に、ルカ様は大好物の和菓子がありまして」

「これは……お餅、ですか?」

 使用人が用意してくれたのは、小さな餅だった。ころころと丸みを帯びた小粒の餅に、黄金色のタレが掛かっている。ふわりと甘い香りが、胃袋をくすぐる。

「みたらし団子、と申します。これを、ルカ様のところにお持ちいただけますか?」

「それは――構いませんけど、本当に機嫌を直されますか?」

「それは、分かりかねますが。ただ、ルカ様も一人になって頭を冷やされたと思います。今なら、お二人でしっかりお話しできるかと」

 にっこりとした笑顔に励まされるように――ステラは差し出されたお菓子を手に取る。黄金色に輝くお団子。それを見つめ、覚悟を決める。


「分かり、ました。しっかりルカ様とお話ししてきます」

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