第3話

「わ、ぁ……」

 ステラは思わず、感嘆の声を上げるほど荘厳な光景が広がっていた。

 目の前にあったのは――威圧感すら感じる、大きな屋敷だった。

 見上げるほど大きな門扉。その内側には、鮮やかな煉瓦の石畳が屋敷まで続いており、その左右には出迎えるように、立派な木が二本立っている――恐らく、サクラ……カグヤの伝統的な花の木だ。

 そして、中央にそびえるその建物は、重厚な石造りの白亜の屋敷だった。

 眩しいくらいの白が輝く大理石の屋敷に、思わずくらくらしてしまう。

 まるで、小さな王宮だ。王都にあるお金持ちでも、こんな高級な建物には住んでいないだろう。思わずその迫力に呑まれ――ただ、その建物を見上げるしかない。

 やがて、傍にいる女性の優しい視線に気づき、慌てて振り返る。

「も、もしかして、ここが――」

「ええ、ここの領主の屋敷――領館よ。目的地は、ここよね?」

「え、ええ、そうですけど……」

「なかなか来ないから、迎えに行ったのよ? びっくりしたわね。本当」

 くすくすと笑う彼女――その言葉にまさか、と思考がある結論に結びついていく。

 否定したい。だけど、そうでなければ、筋が通らない。

 震える声で、ステラは目の前の女性を見つめ――小声で訊ねる。

「もしかして、貴方は――」

「その前に」

 ふっと微笑んだ彼女は、人差し指を自分の口に当てる。可憐な顔が愛らしく傾げられ、真っ直ぐ目を見つめられる。

「貴方の所属を、教えてくれる?」

「あ、え、ええと、その、わ、私は――」

 真っ直ぐな目つきと戸惑いで、頭がぐちゃぐちゃになる。

 思わずしどろもどろになってしまうステラ。恥ずかしくて顔が熱くなる。

 それでも、どうにか所属を名乗ろうとして――そっと、柔らかい何かが首に触れた。ほっそりとした指先。それが両側から顔を包み込むようにして――。

 気がつくと、顔が上げられ、目の前のその女の人の顔があった。

 真っ直ぐな瞳が優しく見つめてくる。柔らかそうな桃の唇が、大丈夫、とゆっくり動いて小声で訊ねてくる。

「落ち着いて――貴方の、所属は?」

「わ、私は――」

 その瞳に吸い込まれるようにして――ステラは小声で、だが、確かにはっきりと告げる。

「ウェルネス王国騎士団所属――ステラ・ヴァイス中騎士です。今回、こちらの辺境連隊の配属に、なりました……」

「うん、了解しました」

 褒めるようにそっとその指先が頬を撫でる。くすぐったいけど、心地いい。

 彼女はそっとステラから手を降ろすと、自分の胸に手を当てて微笑んでくれる。


「ようこそ、ステラ・ヴァイス――私は、ルカ・ナカトミ。ここの辺境伯よ」


「あ――」

 その澄んだ言葉に、すとん、と胸の中に思考が落ちつく。やっぱり、と納得して――ステラは思わず慌てた。

(え――大丈夫だよねっ!? 失礼をしていないよね!)

 慌ててステラはその場で拝礼の姿勢を取る。勢いよく頭を下げる。

「し、失礼しました! そうとは知らず、とんだ御無礼を――いえ、それ以前に、辺境伯自らお出迎えいただいて、恐縮の至り――」

「慌てないの。ステラ」

 その言葉と共に、指先が唇に押し当てられる。言葉が封じられ、思わず目をぱちくりさせると、その視線の先で、そっと花咲くようにふんわりと微笑みを浮かべる女性――ルカ・ナカトミ辺境伯。

 同性から見ても、うっとりしてしまうほど、魅力あふれる笑顔。ステラは思わず目を奪われて、言葉が出てこない。ルカは首を傾げ、優しく笑った。

「礼儀は気にしなくても構わないわ。堅苦しいのは好きじゃないの」

 ルカはそう言いながら、そっと人差し指を唇から離す。そのまま手を伸ばし、ひょい、とステラがぶら下げていた荷物を取り上げてしまう。

「中で話をしましょう。詳しいことが聞きたいでしょう?」

「あ、でも、荷物――」

「いいから、いいから」

 にこにこと笑いながら、ルカは空いている手でステラの手を握ってしまう。

 ほっそりとしているけど、しなやかで力強い手だった。

 そのまま、彼女に引っ張られて――ステラは、訳も分からず、為されるがままに引っ張られていくことしかできなかった。

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