第2話

 しばらく泣きじゃくる少女をなだめること数分――。

 ようやく、しゃくりあげながらも少女は落ち着き始めた。

「わ、わたし……お母さん、どこ……うぅ……」

「大丈夫だよ……お姉さんが一緒だから、ね?」

 傍にしゃがみ、ステラはよしよしと頭を撫でながら、ハンカチで目元を拭いてあげる。もう、ハンカチがびしょびしょになるくらい泣いてしまっている。

 それでも、ようやく泣き止み始めたことにほっとしながら、ステラは訊ねる。

「それで、貴方の名前、聞いてもいいかしら」

「……リコ」

「うん、リコちゃんね。大丈夫、お姉さんがお母さんを探してあげるから」

 そこまで言って――ふと、ステラは思う。

(安請け合いしちゃったけど……どうやって探せばいいのかな?)

 何しろ、辿り着いたばかりの街〈アザミ〉なのだ。

 土地勘のある王都なら、子供が集まりそうな場所を探すか――それとも、騎士の詰所に連れて行って、協力を仰げばいい。

 だが、兵舎の場所すらも分からない。その状況で闇雲に少女を連れ回すのも下策だ。

(どうしたら――)

 ふと、途方にくれた瞬間――不意に、凛とした声が背後から投げかけられた。

「あら――どうか、しましたか?」

 その声にステラは振り返って、思わず息を呑んでしまう。

 そこに立っていたのは、凛とした和装の女性だったからだ。

 藍色の小袖に、紺の袴を佩いた彼女が首を傾げると、艶やかな長い髪が揺れる。黒曜石のように澄み渡った、切れ長の瞳が、じっとステラを見つめている。

 その目鼻立ちが端正であることも手伝って――まるで、道端に咲く一輪の花を思わせてしまう。その瞳と目が合った瞬間、とくん、と何故か不自然に胸が高鳴った。

「ふむ……状況から見るに、迷子、でしょうか?」

「あ――はい、そうなんです」

 その一言に、ステラは我に返って頷く。少女の頭を撫でながら視線を上げると、その女性はすっと歩み寄ってきて、少女の傍に屈む。

「この子の名前は、リコちゃん――お母さんと、はぐれてしまったみたいで」

「そう……ねえ、リコちゃん、お母さんの名前は分かるかな?」

「う、うん――」

「そっか、えらいぞ。お母さんがどんな服を着ていたから分かるかな?」

 和装の女性は、少女の目を真っ直ぐ見ると、優しい声で励ますように声を掛けながら、どんどんと情報を引き出していく。

 リコがちゃんと答えられると、にっこりと柔らかく微笑んで褒めてくれる。

 その包み込むような優しさは――傍にいるステラにも伝わるくらい、温かい。

 瞬く間に、いろんなことを聞き出してしまったその人はそっと立ち上がりながら、にっこりと少女に微笑みかけた。

「じゃあ、お母さんのところに行きましょうか」

「ほ、本当……?」

「ええ、このお姉さんが居場所を知っているわ」

 視線をいきなりステラに向けられる。え、と思う間もなく、その女性がそっと片目を閉じて悪戯っぽく微笑む。任せなさい、と言わんばかりに。

 ぐっと言葉を呑み込む。そして、ぎこちない笑みを浮かべながら、リコに言う。

「うん、さ、一緒に行きましょ?」

「う、うん!」

 ステラは、リコの手を繋いで一緒に歩き出す。それを見つめて目を細めると、その和装の女性は軽く目で笑うと、先だって歩き始めた。


「お母さんっ!?」

「リコ! よかったわ……!」

 行き着いた先にある、商店の並ぶ目抜き通り。そこの一角に立ち入ると、少女はステラの手を放して、一目散に駆けていく。その先にいた、一人の女性に抱きついた。

 その女性もほっとしたように我が子を抱きしめ、視線を上げてステラたちを見る。

「ありがとうございます。なんとお礼を言ったら、いい、か……」

 不意に、女性の目が見開かれ、固まっていく。その視線は、ステラの横の女性に向けられていた。黒髪の女性は髪を払うと、目を細めて言う。

「礼には及ばないわ。それと、お礼ならこちらの騎士様に」

「ありがとぅ! お姉ちゃん!」

「あはは、ダメだよ、もうはぐれたら」

「うんっ! 綺麗なお姉さんも、ありがとう!」

「こ、こら! リコ!」

 慌てて女性が娘をたしなめる。だが、黒髪の女性はくすくすとおかしそうに口元に手を当てて、片目を閉じる。

「冒険したい気持ちは分かるわ。でも、程々にね――では、私たちはこれで」

「え、ええ――ほ、本当にありがとうございました!」

「ばいばい、お姉ちゃん!」

 恐縮し切りの女性と、無邪気に手を振るリコ。

 その二人を残して、和装の女性は小さく微笑みながら踵を返し、そっとステラの手を取った。気が付けば、手を引かれて目抜き通りを出ていた。

 それに為されるがままだったステラは、ふと我に返ってその背に声を掛ける。

「あ、あのっ、助けていただいてありがとうございました」

「ううん、礼には及ばないわ。むしろ、半分以上は貴方の功績よ。騎士様」

 振り返った彼女は、優しく目を細めて楽しそうに笑いかけてくる。

 少しだけ足を緩め、ステラの隣に立ち並び、穏やかな声で続ける。

「貴方が必死にあの子をなだめて傍にいてくれたから、私が落ち着いてあの子から必要な情報を引き出せたの」

「でも――親の風貌や名前だけで、よく……」

「この時間帯で、子連れで来る場所といえば、近くの市場よ。大体、目星はついていたわ。それを確認するために、いろいろ尋ねていたの」

 そう言えば、他にもこの女性はリコから『買い物籠を持っていたか』とか『今日の夕ご飯は何かな』とか聞いていた。そこから、推理を組み立てたらしい。

 すごく頭の回る、賢い人のようだ。と感心している間にも、手を引かれて道をどんどん進んでいく彼女。ステラは戸惑いながら訊ねる。

「え、っと……ちなみに、私はどこに連れて行かれているのでしょうか」

「もう一人の迷子を送り届けないといけないでしょ? それとも、貴方はこの街の道をもう知り尽くしているのかしら?」

 涼しい顔で切り返される。うぐ、とステラは言葉に詰まりながら、あれ、と思う。

 確かに身なりを見れば、騎士だと分かるはずだ。だけど、この街に来たばかりの騎士という確証はないはず。なんで、分かったのだろうか。

 内心で首を傾げながら、手を引かれるまま、細い道を進んでいく。

 斜面を登るようにして進んでいき、路地裏から出ると。


「はい、到着よ」


 その声と共に、視界にそれが飛び込んできた。

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