第12話

「ガンドウ様、お人が悪い。名のあるお方なら、初めからそう名乗って頂ければ良かったんだ。色々と私のために手を尽くしてくださったのには感謝しますが、なんだかよく判らないうちに利用されたような気がしてるんです。私の決闘をダシにして、前から目を付けていた悪党共をいぶりだしたんではないでしょうか」

 場を蹄鉄亭ていてつていに移すまでは我慢していたが、愚痴ぐちの一つも言わずに居れないフィルの顔、なだめるようにガンドウがのぞき込む。

「そいつあ勘繰かんぐりすぎよ。おいら本当にお前さんのことが気になって声をかけたのよ。追剥ハイウェイマン共の方がついでさね」

「そうやで。あんたやなしにウチがダシにされたんやで。乙女の心をもてあそんで楽しんか? ああ、ウチは宇宙一不幸な少女や」

「ヤバスさんがお若いままだというのはもう納得してるんですが、どうしてガンドウさんまで若いままなんですか。武星団ぶせいだんの話はもう40年前の話だというのに、ガンドウさんはどう見てもまだ40になっているようには見えません」

「間もなく四十郎しじゅうろうだがね。俺らとヤバスと他の奴らでお穴を眠らせた時、俺らは『不老の呪い』を貰っちまったのよ。ずっとわけえままだと何時いつまでたっても定年にならねえによって義王さまに御役御免おやくごめん我儘わがままを聞いて頂いた。元より嫁がいねえので子もいねえ。親も親戚も先立って、今や立派に天涯孤独の独り身よ」

「ウチが居るから寂しない寂しない。あんたが不老の呪いを貰うたて判ったときは、あんたのために泣いてしもうたけど、今となっては長い付き合いの知り合いが居ってくれてよかったあ思うてんねん。やからあんたもウチにそう思いい。ありがとお、てな」

 ヤバスが麦酒エールのマグをどん、と机に叩きつけてうひゃひゃと笑う。

 フィルはガンドウの、広くてひっそりと冷たく沈んだ感じの屋敷を思い出し、不老が呪いというガンドウとヤバスの気持ちがわかるような気がしたが、ははあと相槌あいづちを打つことしかできなかった。

「さて、改めて聞きたいことがある」

 居住いずまいを正し、フィルに向き合う。フィルも気配を察して背筋を伸ばす。

「明日、払暁ふつぎょうにその方の果し合いがある訳だが、どうするえ。やはり決めた通りにやりぬくかえ」

「ええ、やります」

「殺したいほどに憎い相手かえ」

「いいえ、全く。今から思えばほんの些細ささいな言葉の行き違い。あれで決闘などバカのやること。しかし、武人として一度決闘を受けると口に出した以上、バカと言われても引っ込めることはやはりできない相談。最早もはやどう説得されても考えは変えません――出来るだけ殺さぬようにして勝とうと思います」

「べら棒め! 果し合いに向かうのに『出来るだけ殺さぬように』などとかす奴が居るものかね。そんな半端はんぱな心構えでは死ぬのはお前さんよ。それにお前の習った剣術でそんな器用なことが出来るものか。お前はあの通り肉を斬らせて骨を断つ剣術しか知るまい。果し合いは私闘しとうゆえ、ただの人殺しとなり果てるがそれでも良いか」

「構いません。一度は受けた決闘をやはり止めたと言って一生卑怯者のそしりを受けたのでは、生きてはいられません」

 フィルとガンドウの視線ががっちりとからみ合い、互いに視線をそらさない。

 やがてガンドウは呼吸を外し、声をひそめる。

「ではこれより秘中の秘をらす。ゆめ口外こうがいすな」

「秘中の秘」

「うむ。実は俺らが張っていたのは追剥ハイウェイマン共や小銭を稼ぐどもではない。『これ』からじかに」

 と親指を立てる。親指を立てるのは直参じきさんが義王を表す時の仕草しぐさ

「探索のお下知げちがあったのよ。――実はお穴の覚醒が近い。早ければ二か月。遅くとも一年以内」

「迷宮の覚醒! そ、それは本当のことで」

「武士に二言はねえ。40年も寝てたもんだから次はど偉いのが来るよ。人が沢山たくさん死ぬ。多分フィル、お前も死ぬ。どうせ死ぬならそちらの方が良くはねえか。意地を通して阿呆のように死ぬか、義王さまの御馬前ごばぜんで戦って死ぬか、どちらが良い」

「決闘はめます」

 フィルはあっさりと前言ぜんげんひるがえした。

「明日伝えます。しかしガンドウさん、今の話、本当でしょうね」

「くどいよ」

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