第35話 一時的な和平

「ユウ、そいつは?」


 パトリシアが、オレの側に立つ女性を指さしながら尋ねてくる。パトリシアの後ろから、マリアとクリスティーナも魔王を見ている。


「なんじゃ、貴様らは」


 指さされて、パトリシアたちから向けられる視線をうっとうしそうにして、魔王はそう言葉を返した。女性たちの間に、微妙な雰囲気を感じる。


(さて、どう説明しようか)


 早く説明しないと、厄介なことになりそうだった。しかし、どう話したらいいのか迷った。結局そのまま、起きたことを彼女たちに伝えることに。


「彼女は、封印されていた魔王らしいよ」

「まおう? ……魔王だって!?」


「フン!」


 最初、魔王という言葉を認識できず魔王って何という顔をしていたパトリシアは、数秒後に魔王が何なのかを理解して、びっくりしたように声を出す。マリアとクリスも驚いていた。そんな女性たちの驚いた顔を見て、ご満悦の魔王。


「彼女が勇者に封印されていたという、魔王だというのか?」


 マリアがもう一度、確認するように聞いてくる。彼女の表情からは、あまり信じていないようだった。オレは彼女の言葉に頷いて、そうだと返した。

 

「そうらしいよ」


 突然、魔王が威圧のスキルを発動させていた。その効果を受け、パトリシアたちがビクッと反応して体を硬直させる。オレには何の効果も現れなかったが、どうやら、パトリシアたちには大きな影響を与えたようだ。


「ふむ、そこの勇者と違って、ちゃんと効果があるようじゃのう」


 満足そうに頷いている魔王。


「おい、やめろ魔王。彼女たちに危害を加えるなら容赦はしないぞ」

「うっ……!?」


 オレが腰から下げている剣に手を添えて止めるように言うと、魔王は顔色を変え、わかったとダルそうに言ってから、女性たちに向けていた威圧のスキルを解除した。


「くっ……」


 体の硬直が取れたパトリシアが、剣を抜き魔王を攻撃しようとする。


「おい、待ってくれ。パトリシア」


 オレは、パトリシアの魔王に対する攻撃を止める。剣を構えたままの姿勢で、彼女はストップした。構えは解かず、敵意を向け続ける。


「なぜ止める、ユウ。彼女は魔王なんだろう? なら、敵だ」


 剣を抜いたままパトリシアは魔王を睨み続けていた。確かに、彼女が魔王本人だというのなら、そんな反応が普通なのだろ。


 ただ、オレはまだ彼女を倒すつもりはない。


「うん、魔王なんだろう。だけど、彼女を攻撃するのはちょっと待ってくれ」


 パトリシアは、不承不承ながら剣を収める。彼女が攻撃を止めたのを確認してからオレは、魔王の近くに歩み寄った。


「魔王」

「なんじゃ?」


 ちゃんとオレの言葉には返事をしてくれる。伝承に聞くような、人間を滅ぼそうとした魔王だとは思えない。本当に彼女は、魔王なのだろうか。


 彼女について、もう一度しっかりと確認してみる。


「あんたは昔、人間を滅ぼそうとした魔王なのか?」

「そうじゃ、我は憎き人間たちを滅ぼすために生まれた魔王じゃ」


「本当に?」

「本当じゃ」


 自分で魔王と名乗る存在。あまり、信じられないなぁ。それに今のオレの気持ちが、彼女を悪だと断定できないでいる。


「魔王として、これから人間を滅ぼすつもりか?」

「いいや。今から我の目的は、貴様を倒すことだ!」


 そう言って、オレをビシッと指さす魔王。彼女の返事を聞いて、今の魔王がすぐに人間を滅ぼそうとしていないという事が判明した。目的がオレを倒すというのなら、しばらくは大丈夫だろう。


 復活した魔王をどうするか。とりあえず、問題の解決は先送りにした。



 

「一緒についてくるか?」


 自然にオレの口が開く。何故か、そんなふうにオレは魔王に対して提案していた。


「行く!」


 間髪入れずに、そして、無邪気に魔王は返事をした。彼女は、この魔王城を離れてオレたちと一緒についてくるという。


「貴様が勇者の子孫ならば、我を封印した復讐をせねばならぬからな」

「いや、違うんだが」


 彼女は、そう言ってオレについてくる気だった。一緒についてくるのなら、人間に危害を加えないように見張ることが出来る。


 今のオレと魔王と、ステータス値の差があれば、彼女を止める事も可能だと思う。もしかしたら、ここで切り捨てるのが一番いい選択なのかも知れないが、オレはその方法を選ぶ気は、全然無かった。


 それに、彼女は勇者ハヤセ・ナオトについて知っているらしい。何か、オレが元の世界に帰るための情報を聞き出すことが出来るかも。望みは薄そうだが、とりあえず一緒に連れて行こう。


 


「ユウ、本当に連れて行くのか?」


 静かに黙って事の成り行きを見ていたパトリシアが、小さな声で俺に聞いてくる。もちろん、そのつもりだと頷いた。


「この魔王は、あまり悪そうな奴には見えないから大丈夫だろう」


 オレも小さな声で、魔王には聞こえないようにしてパトリシアに返事する。

 悪そうな奴に見えなかった。もしかしたら、俺の目が狂っているのかもしれないが、もし何かあれば、すぐに対処できるぐらいの力の差はある。そんな事情もあり、余裕で魔王と接することが出来た。


 


 それから魔王はオレたちの一番先頭を歩き出した。オレたちは魔王の後ろについて行き、城から出る。旧魔王城から王都へと向かった。

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