第34話 これが魔王?

(来るっ!)


 魔王の攻撃に備えて、剣を強く握り直し魔王を見据える。素早く、オレの目の前に飛んできた。魔王は近づいてくるスピードを活かしながら拳を振り上げて、頭上から殴りかかってきた。


 彼女の手の周りに、黒いモヤモヤと揺らめく何かを纏っていてるのが見えていた。どうやら、素手ではないようだ。注意しなければ。




 魔王の攻撃を、この目でしっかりと確認し、観察しながら魔王の拳を正面から剣で受け止める。ガキンと剣と拳がぶつかり合う音が鳴った。


(ん、思ったよりも……?)


 魔王の拳を剣で受け止めたが、想像していたより剣に伝わってきた力は弱かった。オレは、そのまま魔王の拳を横に受け流す。


 さらに魔王は猛スピードで殴りかかってくるけれども、その全ての連打を、オレは剣で受け止めた。


(スピードも、対応できるぞ)


 全ての攻撃が防がれ攻撃が無駄だと分かったのか、魔王はオレから距離を取った。


「な、中々やりおるな、人間!」


 魔王の顔を見てみると、多少焦っているようだった。手加減されていると思ったのだが、どうやら彼女の顔を見ると本気の攻撃だったみたいだ。しかし、あれが?


「だが、魔法はどうじゃ!」


 すると魔王は、次に魔法を唱えだした。手のひらを、オレに向けてくる。


「魔空の闇よりも、なお暗きものたちよ。汝の力もって等しく滅びを与えんことを。シャドウゼロ!」


 魔王が前へつき出した右腕から、黒い影が浮かび上がった。モヤモヤとした黒い影が彼女の手から離れると、俺に向かって飛んできた。


「ファイヤーボール」


 オレは、先ほど取得したばかりの魔法を使ってみる。勇者の職業を取得したことで使えるようになったらしい、ファイヤーボールの魔法を放った。


 オレが放ったファイヤーボールは、魔王が放った魔法とぶつかり合い、両者が立つ中央の位置で衝突して拮抗する。


 オレンジ色と黒色。空中でぶつかった2つの魔法は、弾け飛んだ。魔王の唱えた、シャドウゼロという魔法は霧散して、黒いモヤモヤは空気中へと消えていく。残ったファイヤーボールは魔王を襲う!


「え?」

「あちっ、あちっ!」


 魔王は体に当たったファイヤーボールを避けようとしたけれど、背中に付けていたマントに火が燃え移り、かなり慌てていた。


 本当に彼女は魔王なのだろうか。明らかに、先ほど遭遇したドラゴンの大群のほうが何倍も厄介だった。


「あんた、本当に魔王なのか?」


 オレは疑問をそのまま口にした。力も魔法も弱くて、魔王という風格を感じない。燃えていたマントの火を何とか消した魔王は、オレへと向き直る。


「く、くそう。まだ、封印が解けたばかりで、本調子じゃないのじゃ!」


 魔王は、言い訳をしだした。


 本調子じゃないからと言ったって、今の力では先ほどオレたちに襲いかかってきたドラゴン1匹にも勝てないぞ、とオレは思った。


 魔王と名乗るならば、それなりの力を持った人物のはず。過去には、人間を滅ぼそうとして魔物たちを指揮して、戦っていたらしいのに。


 改めて、魔王の姿を観察してみると頭に角が生えているのが見えた。この世界には、人間以外で人型の種族というは魔族以外に確認されていないらしい。書物にも、ファンタジーにつきもののエルフやドワーフなど亜人の存在を確認できなかった。


 角が生えている彼女は、普通の人間じゃない。ということはつまり、魔人だろう。魔王かどうかは疑わしいが。


「このっ!」


 なおも、攻撃を続けてくる彼女を適当にあしらいつつ考察を進める。


(どうしたものか)


 魔王と名乗ってはいるが、想像していたよりも弱いし、女性の姿をしている彼女を切り捨てるのは少々気分が悪い。ギリギリの戦いならともかく、こうも実力差があると倒すのに罪悪感が湧いてくる。


 これが拮抗した戦いなら、手加減なく戦えるというのに。弱い者をいたぶる趣味はオレにはないので、どうしたものか悩む。


「くっ! てあっ!」

「……」


 オレが、適当にあしらっているのが分かるのか、彼女は更にヒートアップして攻撃を仕掛けてくる。魔法は効かないどころか、反撃されるのを理解しているのか、主な攻撃方法は殴りだ。しかし、その殴りさえもオレは軽くあしらってしまう。


「なぁ、もうやめないか? あんたの力じゃ、オレには勝てない」


 上がりすぎたステータスのお陰だろう。あまりにも弱くて、あまりにも必死だったため、オレは彼女に戦いをやめることを提案した。


 オレの言葉は、とても偉そうだったが彼女の弱さは嘘偽りない事実だった。


「くっ! なんという屈辱!」


 彼女は悔しそうに地団駄を踏んだ。申し訳ないが、オレへの攻撃は無駄である事は理解してもらったようだ。彼女は、攻撃の手を止めた。


 しばらく黙って、悔しがる魔王の姿を眺めていると、突然、悔しがるのをやめて、オレに視線を向けてきた。


「お主、一体何者じゃ? 我の力が何百年も封印によって弱っていたからといって、人間なんぞに、こんなにも遅れを取るとは思えんのじゃが」

「何者って聞かれると。うーん。勇者、……なのかなぁ?」


 今、セットしている職業は勇者だった。オレの目の前に居るのも、魔王らしいし。何者かと問われれば、勇者だと答えて良いだろう。


「勇者……じゃと!?」


 彼女は憎々しげに、勇者という言葉を漏らした。


「貴様、あの勇者の子孫かッ!」

「あの、ってどの勇者だ?」


 おそらく、あの勇者とはハヤセ・ナオトの事だろうなとオレは予想したが、彼女に聞いてみる。


「我を長きに渡り封印した、あの勇者ハヤセ・ナオトじゃ!」


 過去について思い返しているのだろう、また、地団駄を踏み始めた彼女。やはり、ハヤセ・ナオトの事だったらしい。オレは彼の子孫ではないが、勘違いされている。


 オレは、魔王に勇者ハヤセ・ナオトのことについて聞こうとした、その時。


「ユウ! 大丈夫か!?」


 パトリシアの声が聞こえてきた。どうやら、下で待ちきれなかったのだろう、王座のある部屋まで来てしまったらしい。パトリシアの後ろに、マリアとクリスティーナもいる。


 魔王について、何て説明しようか悩むオレだった。

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