第20話 生身の愛13 老園長の威厳

 事務所に戻ると、兄と義姉になった愛子先生、それになぜか、勝巳君と彼の母親も来ていました。

 あとで聞くと、稲田園長が伯父の会社と義姉の勤める保育園、それに叔母の家に電話をかけて、捜索に協力を頼んだとのことでした。

 

 「マナ、おまえ、今までどけえいっとったんなら、探しまくったで」

 「ちょっと、旅に出たくて・・・」

 「そんなものは、旅とは言わん!」

 思わず手を出しそうになる兄を、園長が止めました。

 「義男君、やめたまえ。暴力はいかん!・・・こんな時こそ、な」

 今まで聞いたこともない、低くしかも厳しい、稲田園長の声でした。

 しばらくの間、重苦しい雰囲気が応接室に流れていました。


 「そうだ、坂崎君、愛美に言いたいことがあるのでしょう。言ってあげなさい」

 いつもの優しい声に戻った稲田園長に促されて、勝巳君が口を開きました。

 「愛美、何で無断外出なんかしたんなら。園長先生がうちに来て、愛美が家出したというから、おれらの知っているところ、全部あたった。一彦や達夫のところにも行ったが、おらんって、みんな、心配したぞ。オレらのあたりで無断外泊だったら、まだ手立てもあるけど、大阪なんか行かれてみぃ、オオゴトじゃったで、結婚するまで処女でおれのヘチマの、オレは園長先生みたいな古臭いこと言わんし、そんな資格もないが、それどころの騒ぎで済まん事になりよったぞ。いや、マジで。警察に連絡しようとしとった矢先に、トラックの人が電話かけてきてくれたから、よかったようなものの・・・」

 「ごめん、勝巳・・・」

 「愛美、おれな、今日を限りに、悪友連中との付合いは控えてしっかり勉強して、大学に行く。目標は、O大じゃ。愛美も、しっかり勉強して、まずは高校に行けよ」


 ここで、勝巳君のお母さんが、私に、意外なことを言ってきました。

 「O大附属から転校してきた勝巳と仲良くしてくれて、ありがとうね、愛美ちゃん。うちは男の子ばかりじゃけど、あんたみたいな女の子が姉か妹でおったら、この子も横道にそれずに済んだかもしれん。園長先生から、あんたが「家出」したと聞いて、勝巳はえらいショックを受けてなぁ、心配して、みんなで手分けして、探しとったのよ。でもな、あんたのおかげで、うちの子、立ち直れそうじゃ。この子もそうじゃが、この子の友だちら、確かに「悪い」子らかもしれん。でも、うちの子はともかく、みんな、根は、ええ子らです。心配して、本気で探してくれた。うちの子には、おまえは頭ええんじゃから、わしらと付合わんと勉強せえ、どうせ勉強するんなら、弁護士にでもなっておれらを助けてくれえ、なんて言われてね。これからしっかり頑張る、言うとる。あんたも、お兄さんらに心配かけんと、しっかり勉強して、高校行きんちゃい。おばちゃんも、応援しとるで」

 「ありがとう、おばちゃん」

 「坂崎さん、私も実は、あなたに謝らなければいけません。私は、勝巳君やその友人たちを、愛美を駄目にする悪い友人たちと思っていて、この子にずっと、そんな友人たちと付合うのをやめろと言っていました。勝巳君もそうですが、仲のいい友人たちの素行は、お世辞にもいいとは言えない。しかし、今日の彼らを見て、つくづく思いました。あの子たちに本気で向き合える大人が、今、どれだけいるのか。今日トラックで愛美を送り返してくださった西本さんは、本気で、愛美に向き合ってくださった。電話口で、自分も広島の養護施設を出たから、施設にいる子の気持ちはわかっていると、ね。うちの息子や娘らよりもはるかにお若いけど、言うだけのことはある人だ。それに引換え、私は養護施設の園長でありながら、このザマです。坂崎さん、本当に、申し訳ありませんでした」

 「園長先生、恐縮です。こちらこそ、うちの馬鹿息子が愛美ちゃんに御迷惑をおかけしていて、本当に申し訳ありませんでした」


 少し間をおいて、おばちゃんが言った言葉、今も忘れていません。

 「愛美ちゃんが、うちの娘だったら・・・」

 それを聞いた勝巳が、問い返しました。

 「お母さん、どういうことなら、それ」

 「いや、うちにも女の子がおったらええな・・・、そう思っただけじゃ」

 「ほんまかいな」

 勝巳の顔が少し赤みを帯びていました。

 もっとも、それに気づいたのは、私だけかもしれませんが・・・。

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