#45 ランチDEデート

ハマダマハこと濱田はまだが出版した小説「いもうとが僕の恋のジャマばかりするんですけど!」を読んでいくうちに、自分がかつてサークルの会誌のために書いた「僕の初恋が金髪転入生と黒髪幼馴染とクール委員長の争奪戦になってます」との類似性を感じて、しばらく2作を読み比べていた僕だったが、ふと気づくと掛時計は夜中の0時過ぎを指していた。


「まじぃな。明日も、朝から授業だったよな」


そう言いながらスマホのスケジューラをチェックすると、午前の欄には「経営学・柿崎かきざき」とある。


「経営学といえば、そうだ、名越なごしと一緒の授業だった」


僕は先週金曜日、同級の名越彩美あやみと交わしたふたつの約束をふいに思い出した。


「そうそう、先々週僕が欠席した分のノートを貸してくれてたんだよな、彼女。


明日、必ず返さなきゃ。


それともうひとつ、興味があるからライト文芸サークルの会誌を見せてくれと言ってたよな。


ちょうどよかった。これも明日持っていけばいい」


僕はまず、さっきまで読んでいた「ふゅーちゃー・うぇーぶ」を通学用のショルダーバッグにしまった。


それからバッグの中からパステルカラーのノートを取り出して、パソコンに接続してあるプリンタにそれを伏せて置いた。スキャナとして使うためだ。


参考のため先週の分も含めて、3ページあまりを撮らせていただくことにする。


この文明の利器のおかげで、手書きで写したら軽く2時間かかりそうな量が、1分少々でコピー完了となった。いにしえの学生に比べて、現代の学生はえらくラクをしてるよなぁ。


それにしてもここのところ、というかこの1週間、スケジュールが立て込み過ぎていて、明日何をやるべきかもスマホを確認するまで分からないって状態になっているな、自分。ちょっとマズい。


このふたつの約束も、あやうく忘れて明日大学であわてるところだった。気をつけないと、そのうちどこかで大ポカをやらかしそうだ。


ともあれ、明日のために早く寝よう。


名越のことは別に嫌いとか苦手とかじゃないけど、ああいうナイスバディへの耐性のない僕には、彼女の存在はメンタルへの負荷がかなり高い。心身の調子を万全にしていかないと、僕の理性がヤバいことになる。それは先週の出来事で、学習済みだろ!


僕はベッドの中に潜り込み、目を閉じてむりやり眠りにつこうとしたのだった。


       ⌘ ⌘ ⌘


結局6時間ほど眠ったのち、僕はアラーム時計の発振音で7時に目を覚ました。


少々寝不足の感はあるものの、まぁまぁの体調だ。


リビングルームに出てみると、すでに食事を済ませたのか、オヤジこと父壮一郎そういちろうがテレビのニュース番組に見入っている。


「おはよう、ヨシト。だいたい1週間ぐらい経ったよな、新しいアルバイトが決まってから」


オヤジがテレビ画面の首相会見シーンを見ながら、僕に尋ねて来た。


「うん。だいたいそのくらいだね。家庭教師の授業そのものは、まだ一巡してないけどね。明日でようやく、かな。


でも、おおよそのペースはつかめてきたよ。週に5本の家庭教師と1本の居酒屋ってスケジュールも、何とかこなせそうだ」


「それはよかった。おかげで、俺の会社整理のほうも順調に進んでいる。


その調子で、頑張ってくれよ」


「あぁ、頑張る」


それから僕はダイニングに足を運んで、水仕事中のおふくろに声をかけた。


「おはよう。きょうも授業の後、夜まで家庭教師なんでよろしく」


「頑張ってるわね、ヨシト。連日、外の食事が続いているけど、栄養の方はかたよってない?」


「大丈夫だと思うよ。居酒屋のまかないは元シェフの店長の料理だし、おにしまさん、辰巳たつみさんともに、奥さまが家庭的な方たちなんでそちらの食事もまったく問題がないよ。むしろ、太る心配があるぐらい」


「それはよかったわ。忙しいあなたは、身体だけが資本だからね。


健康には一番気をつけてちょうだい」


「分かってるって」


さっそく僕は母の出してくれた朝食、ホットサンドと野菜サラダをパクつき、本日のいくさに備えたのだった。


       ⌘ ⌘ ⌘


大学では、経営学の授業が始まる少し前に、名越が僕の目の前に現れた。


「ヤッホー、モブくん。1週間ぶり」


「あ、おはよう、名越さん」


彼女のきょうの出立ちは、ニットのセーターにカーディガンを羽織り、いつものように膝上丈の短かめのスカート。陽気が少し暖かいこともあってか、スプリングコートは着てこなかったようだ。


カーディガンを着ているのでセーターの大半は隠されていてかなり“起爆力”は抑えられているものの、豊かな胸の谷間はしっかりと見えている。相変わらず攻めているな、この子。


僕はその﹅﹅箇所は注視せず、でも不自然な目の逸らしかたはしないよう今回は十分気をつけて、彼女を見つめたのだった。


「じゃあ、ここに座るけど、いいよね?」


「あ、う、うん」


名越はごく自然に、僕の隣りに空いていた席に身体を滑らせ、腰かけた。ホント、こういうことにはまったく躊躇がないんだよな。


僕は名越のノートをバッグから取り出し、渡した。


「ノート、返すね。ありがとう」


「どういたしまして」


「それと、これが例の…」


僕はもう一冊、サークルの会誌も取り出して、彼女に渡した。


「あっ、覚えていてくれたんだ。ありがとう。


モブくんのサークル本、楽しみにしてたんだよ」


「そう? 僕のは大した出来じゃないけどね。


いま読み直してみると、赤面しちまうようなレベルなんだ」


「いいじゃない。わたし、むしろそういうのモブくんを知ることの出来る作品を読みたかったんだ。


後でゆっくり、読ませてもらうね」


ちょうどそのタイミングで、柿崎教授が大教室に登場したので、僕たちの会話はそこで終わりになった。


それからの1時間半ほどは、僕たちは聴講に集中したのだった。


授業が終わると、ちょうどお昼どきだ。


「モブくん、先週そうだったけど、午後も授業があるんだよね?」


「うん、そうだけど」


「じゃあまたお昼ご飯、付き合ってくれる?」


「いいよ」


当然のように、行く先は先日と同じフレンチの店「ポムドテール」になった。


僕たちは髭のマスターに日替わりの「本日のランチ」を2人前オーダーしたのち、ひと息ついた。


「モブくん、この1週間でずいぶんいろんなことがあったんじゃない?」


「そうだね。とても1週間とは思えないくらい、そう半年分くらいの出来事が続けて起きたような気がするよ」


「やっぱりそうなんだ。こりゃ、1時間だけでインタビューするのは至難の技みたいね」


「きみも大げさだなぁ」


「そういうモブくんだってかなり大げさだよ、半年分の出来事って」


「それもそうだな。元は僕のせいか、ハハッ」


「フフッ」


ふたりに和やかな笑いが生まれた。


「じゃあ、ざっくりとかいつまんで話すことにしようか。


先週金曜日、名越さんとわかれたあの後は午後の授業に出てから、居酒屋「赤兵衛あかべえ」のアルバイトに行ったよ。


そこできみが代打で出てくれることを櫻井さくらい店長に話して、彼の了解を取りつけたこと、これはきみに伝えた通りだ。


家庭教師先を決めてくれたのは僕の伯母おばなんだけど、金曜日はその娘さん、つまり僕の3歳上の従姉いとこが学生時代からの友だちを連れて赤兵衛にお客として来てくれたんだ。


その従姉に、これからきみが教える子は私の子どもの頃からの友だちなんだからよろしくって頼まれたんだよ。これじゃ、うかつなことは絶対出来ないよな」


名越はそれを聞いて、思わず顔をほころばせた。


「明けて土曜日は、もうひとつの家庭教師先もその伯母が決めてくれたんだけど、そちらのおうちを訪ねて、正式に採用合格になった。そこは世田谷の豪邸で、IT会社社長のお嬢さんを週2で教えることになったよ。


その子はオヤジさんがアメリカの仕事で成功してから日本に戻ったので、いわゆる帰国子女で英語がペラペラだ。逆に日本語の文化にうといので、今はそれを強化しているところかな。


日曜日だけはアルバイトなしの完全オフ。でも家庭教師の準備はしてる。


月曜日は、最初に決まった家庭教師の授業1日目。こちらの子はもともと勉強がよく出来るんであまり心配はないけど、ちょっと性格にクセがあってときどき会話の中でトラップを仕掛けてくるんだ」


「トラップって、どんな?」


「まぁ、大人をからかっているんだろうね。


付き合ってくる彼女の有り無しとか、好みの女性のタイプとか、平気で聞いてくる」


「へえ〜、そうなんだ。油断出来ないね。


そういうトラップに対して、モブくんはどう返しているの?」


「もちろん、適当にはぐらかしているよ。でも、あまりウソくさいことも言えないので、彼女がいないことは正直に言っちゃったけどね」


僕がそう言うと、名越はみょうにニコニコしている。


「ふーん、いいことを聞いたわ」


「??」


ちょうどそこにマスターが、出来立ての料理のプレートを運んで来た。


「じゃあ、乾杯しましょ。昼間だから、ミネラルウォーターで。


ちかいうち、お酒も飲みたいね。わたしたち、ふたりとも成人だし」


「あ、あぁ」


「「乾杯」」


ふたりはグラスを合わせた。


名越はすっかりリラックスして、頬づえとかついて僕を見つめている。


何なんだろ、このみょうな雰囲気。


これもいわゆる、ひとつのデートなん?(続く)

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