#42 注目耐性MAXの戦士

卒業生を送る会の寸劇に出るとかで、ビキニアーマーの衣装で突然迎え出た辰巳たつみ姫子ひめこのあられもない姿に、僕の目は点になった。


そして、ある懸念がにわかに湧き起こってきたので、僕はそれを伝えることにした。


「寸劇の衣装と言ったって、きみの学校の行事だろ。


陽光ようこう学園がくえんって、かなりお堅い校風じゃなかったっけ?


こんな格好、先生がたに見られたらまずいんじゃないの?


下手すると停学とか謹慎処分になるかもしれないんだぜ」


それに対して姫子は表情ひとつ変えず、悠然として答えた。


「モブ先生って、ほんとに心配性ですねぇ。


もちろん、そういう心配をしてくださるのはありがたいんですけど、わたしたちだってそれなりに考えていますよ、先生に見られてしまったときのリスクは。


この劇は先生がたをお呼びして開く前半パートじゃなくて、いったん中締めをして先生にはお帰りいただいてから、生徒だけでやる後半パートの出し物、いわば余興なんです。


公式行事というよりは、終了後のお遊びですから、たぶん問題ないはずですよ」


その答を聞いて僕は少しだけ安心したものの、それでもまだ懸念は拭えなかったので、それを口にした。


「そうは言ってもだなー、生徒の中にはいろいろな考えの子がいるだろ。生徒会役員とか風紀委員みたいにお堅いのが。


その場では一緒に劇を見て楽しんでいるように見えても、後日、先生に密告するかもしれない。まぁ、ちょっと心配し過ぎかもしれないけど。


あと、今はスマホで何でも撮って、SNSに上げてしまう風潮があるじゃないか。それが原因で、先生や父兄にバレて問題となるリスクも少なからずあると思うんだが」


「あー、たしかにそういう秘密流失みたいな可能性はあるかもしれませんね。ちょっと忘れていました。


では、それについては劇の元締めである2年生の先輩に提言して、劇の開始前に観客全員にクギを刺すようにしてもらいますね。それで万事解決です。


お堅いひとたち対策については、してもしょうがないとわたしは思っています。こちらはいかにクギを刺しても、やるひとはやるでしょうから。


もしかしたら誰かが先生にチクって、後日大きな問題になるかもしれない。でも、そんなことを恐れて自粛ばかりしてたら、世の中っていつまで経っても改善されていかないし、進歩もないと思うんですよ、わたしは。


先週、先生に初めてお会いしたしたときにもお話ししたと思うのですが、休日にも制服を着て外出しなさいとか、それも父兄同伴でないとダメだとかいうアナクロな校則を改正したい、そのためにはわたし、生徒会役員への立候補も考えているぐらいなんです。


いまの生徒会役員のひとたちにも、ガラパゴスな校則こそがおかしいんだと考えるセンスを持って欲しいのです。


校風の改革のためには、今回のようなゲリラ活動はどんどんやったほうがいいとわたしは思っていますから、いわば確信犯です。


なぁに、たとえバレて問題になったとしても先生がその場にいた現行犯でもない限り、大した処分にはならないはずです、過去のケースを見る限り。


例えば、タバコ。わたしはもちろん吸っていませんが、うちのような学校でも、ごく少数派ですがスモーカーはいます。実際、わたしのクラスメートにもね。


でも、そういった子たちは、絶対しっぽを出さないように吸う場所を選んでいますから、『吸っているらしい』という情報は出回っても、実際に処分されたケースはありません。


今回の寸劇についても、とりあえず写真流失さえ防げれば大丈夫でしょうし、万が一そうなったとしても『厳重注意』程度で済みますから、心配無用ですよ。


バレたらバレたで、その時に考えればいいんです」


その答えを聞きながら、僕は姫子が予想以上に肝っ玉の太い子なんだなと感じていた。なんというか、問題になることを全然恐れていない。むしろ、期待すらしている。


これが帰国子女というものなんだろうか。プラクティカル・ジョークの本場仕込みってやつなんだろうか。


「さて、立ち話ばかりしているわけにはいきませんから、とりあえず勉強部屋に行きましょうか、先生」


あれこれ考えを巡らしていた僕を、姫子がそのひとことで現実に引き戻した。


「あ、そ、そうだな。勉強を始めないとな……」


そこで姫子が、急にいたずらっぽく微笑んだ。


「先生、もしかしてここに立っていると、そのうちお姉ちゃんが出てきてくれるんじゃないかって、期待してません?


ざぁーんねん、お姉ちゃん、きょうは大学の授業のあと、家に帰らず人に会うから遅くなるらしいんですよ」


「そ、そうなのか。いや、別にきみのお姉さんを待っていたわけじゃないんだが……」


「まーたまた、照れちゃって。顔が赤いですよ。


でも、ご安心ください。デートとか、そういういうんじゃないそうですから。同じ大学の、女性のお友だちと会うって言ってましたから」


「いやいや、男の友だちと会うんだってまったく構わないって。大人をからかわないでくれ」


「はいはい。了解しました、先生。


そういうことで、きょうはわたしだけが先生のお相手をします。仕事に集中できそうでよかったですね」


「だから、大人をからかうんじゃないって」


そうして僕と姫子はようやく、勉強部屋へと移動したのだった。


「よいしょっと」


掛け声とともに、姫子は自分の椅子に腰を下ろした。


続いて僕も、その隣りの椅子に腰掛けたものの……。


「姫子くん、その格好のままで、授業を受けるつもり?」


僕の問いに、おなかまる出しのビキニアーマーが答える。


「はい、そのつもりですが」


僕は視線だけは出来るだけ彼女の腹部から避けようと試みるが、やはりこの体勢ではいかにも無理がある。どうしても形のよいおへそが目に飛び込んできてしまう。


この状態が何時間も続いたら、間違いなく僕の理性は崩壊する!


「きみ、普段の格好に着替えてから始める、とかいう発想はないの?」


「だって、いまからわざわざ着替えると、また時間の無駄になってしまうじゃないですか。


あ……もしかして先生、わたしの着替えを横で見たいって意味ですか?


だったら、早くそう言ってくれればいいのに」


「んなわけないだろっ!」


僕は全力でツッコんだ。そして全力で頭を下げて懇願した。


「お願いだから、せめて何か1枚羽織ってぇーっ!!」


半泣きになった僕のお願いがようやく姫子の耳に届いたのか、彼女は首を縦に振った。


近くのクローゼットから取り出した白いカーディガンを姫子に羽織らせてなんとか刺激的なビジュアルを隠すことに成功、僕たちは本日の授業をスタートさせたのだった。


「まずは英語、それも英文和訳から始めようか。時間は20分で」


僕は自ら用意してきた問題文のプリントを渡した。彼女はさっそくそれに取り掛かった。


しばらくは、僕のショートブレイク・タイムだ。これでようやく、混乱しまくっていた気持ちを静めることが出来る。


それにしてもこの姫子という子は、半裸の姿を他人に見られることに、まるで抵抗がないよな。


その感覚はほとんど、グラビアモデルとかアイドルタレント並みだ。自分の顔、そして肉体を多くの人々に見てもらえる、それは彼女たちにとってはとても光栄なことであり、快感すら覚えることであるのだ。


僕は、女性という種族は2種類に大別されると思っている。人前に自分の姿をさらすことに抵抗のないタイプと、それは絶対無理だというタイプのふたつに。


アメリカ女性を例にとれば、とても分かりやすい。ミスコンテストの本場アメリカでは、たとえオールヌードになってでも有名になりたい、注目されたいと考える女性が相当数いる。


雑誌「プレイボーイ」が募集するヌードモデル、プレイメイツになり、自分の名前と身体を世界中に知らしめ、スーパースター・ロッド・スチュアートの妻の座まで仕留めたようなケースまである。そういう考え方の女性たちにとって、自らの裸身をさらすことは、決して恥ずかしい行為でもいやしい行為でもないのだ。


日本だってアメリカほどではないにせよ、マスメディアに登場し、注目を浴びることにまったく抵抗のない女性が、以前と比べてどんどん増えている。単体アイドルよりもグループがアイドルの主流になってからは、その勢いが加速している。


100年ほど昔のわが国では、女優のような職業につくということは、遊郭の女郎になるのも同然のことだったそうだから、時代の変化というものは恐ろしい。


姫子はほぼ間違いなく、そういう種族のひとりなのだろう。


おそらく彼女は生徒会役員、それも会長だってこなせるくらいの資質があるのだろう。そこにいるだけで自然と小径こみちが出来てしまうぐらいのスター性が、彼女にはある。自分が頑張らずとも、周囲がこぞってバックアップしてくれる。ひょっとしたらアイドルスター、いや国会議員や県知事にすらなれてしまうかもしれない。


「そういったものになることにまるで抵抗がない」ーーそれこそがスターに求められる第一の資質なのだから。


その一方で、自分が注目されるのは絶対無理だという種族も、確実に存在する。


そういうひとは、たとえ人前に出て恥ずかしくないレベルの容姿を持ち合わせていたとしても、注目されたくないものなのである。


奇しくも姫子の継姉ままあねであるみつが、まさにそのひとりだった。


彼女はメジャーなイラストレーターになったとはいえ、それはあくまでも顔出しが不要な仕事だから出来ているのであって、もしマスメディアが「美人イラストレーター」としてクローズアップしようとしたら、途端にその座を降りてしまうに違いあるまい。


注目されることにまったく抵抗のない姫子と、絶対注目されたくないみつ子、この両極端のふたりが仲の良い継姉妹けいしまいとなったことに、僕は奇妙な感慨を覚えていた。世の中、どんな縁があるか分からない。


そして、同時にこうも思っていた。


姫子が僕に半裸の体を見られても決して恥ずかしがったりしないということは、僕を異性として見ていない、恋愛対象として見ていないということの、明白な証明なのだろう。


アイドルスターが自分の水着姿を平気でファンに公開するのと、まったく同じ構図だ。そこになんらの恋愛感情もなく、注目されることの快感があるだけだからこそ成立する「サービス」。


正直言うと、それはちょっと残念なことではあったが、同時に大いなる安堵を僕に与えてもくれた。


『恋愛対象として意識されていないことが分かった以上、これで心安らかに辰巳姫子の家庭教師役をつとめあげることが出来る』


僕は熱心に問題文を追う姫子の横顔をチラ見しながら、そんなことを考えていたのだった。(続く)

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