#24 ピクチャ・オブ・シスター

これから勉強を教えることになった女子高校生、辰巳たつみ姫子ひめこに、昨年彼女にできた継姉ままあねの話を聞かされ、さらには僕と同い年だというその子に興味が湧かないかと迫られてしまい、どう答えたものか途方に暮れる僕だった。


かろうじて僕はこう反論した。


「まぁ、きみがお姉さんしなのはこれでよく分かったけど、僕はきみに勉強を教えるためにこちらにお邪魔しているだけなんで、そういう恋バナを絡めてくるのはいかがなものかと思うぞ。


だいたい、そんなに素敵なお姉さんなら、彼氏のひとりぐらいいたっておかしくないんじゃないかい?」


すると、姫子は躊躇することなく、こうきっぱりと言った。


「いえ、お姉ちゃんには、彼氏なんていません。


それは本人に確認済みです。


それにお姉ちゃんはとても奥手なひとなので、自分から彼氏をつかまえるとか、告白するとかとても出来るひとじゃないのです。


相手のほうから告白してくるのをじっと待ち続ける、そんな奥ゆかしいひとなんです。


どうですか、いまどき珍しい、いかにも大和撫子やまとなでしこって感じでしょう?」


そう、上目遣いで言ってくる。


「そ、そうなの?


まぁ、お姉さんはそんな古風なひとなのかも知れないけれど、とにかく、僕にお姉さんをそういう意味合いでお奨めするとか、いいから。けっこうですから!」


姫子の押し売りを、頑として拒む僕。


すると、姫子はちょっとワルそうな表情になってこう言った。


「ははぁん、そこまで姫子のお奨めを拒否るということは…。


さては先生、すでに彼女がいますね!」


名探偵が真相を喝破するときの口調だった。


いや、それは決して図星じゃないんだが…。


ただ、今の僕は、とても彼女を作るような心のゆとりがないというだけなんだが…。


とにかく、そこは事実じゃないので否定するしかない。


「違うよ。僕には彼女なんかいないよ、ホントの話。


それは神に誓ってもいい」


その答えを聞くと、姫子はすぐに表情を和らげ、微笑みを取り戻した。


そして、こう言った。


「そうですか。だったら、何の問題もありませんよね、これからお姉ちゃんと付き合うようなことになっても。


まぁ、モブ先生にも女性の好みというものがおありでしょうから、残念ながらお姉ちゃんは先生のおメガネにはかなわないかも知れません。


一方、おしとやかなお姉ちゃんにも実は譲ることのできない『タイプ』というものがあって、これまた残念ながら先生とはご縁がないという可能性もゼロとは言えません。


その時はしかたありません。お話はお流れです。ドローゲームです。


そして、お姉ちゃんの代わりに、姫子が登板するという線もあり、かなと」


そうして「フフフ」と含み笑いをする姫子。


「なんだって。今度は自分も彼女として立候補するとか言い出すのかよ。


まったくタチの悪い冗談だな。大人をからかうのも、いい加減にしてくれ」


姫子は口を尖らせて、反論する。


「えー、大人って言ったって、ほんの数か月前になったばかりの新米じゃないですかぁ。偉そうだなぁ。


4歳の差を盾に、姫子を子供扱いするのはやめてほしいなー。


それに、うまくいくかどうかって、実際に付き合ってみなきゃ分からないでしょ?」


最後はドヤ顔で決める姫子。


ええーっ、これってマジな提案はなしなの?


いやいやいや、からかわれているだけに決まっている。


ここは大人の余裕で、うまくいなしていかないと。


とはいえ、JKのトークりょくしていくのは簡単じゃない。


向こうは四六時中恋愛について作戦を練っている。


ある意味プロだ。


僕はうまく反論出来ず、「そ、そうかも知れないけど…」と切れ味の悪い返答しか出来なかった。


そんなしょうもないやり取りをしているうちに、僕はふと、勉強机の右手、部屋の壁に貼ってある一枚の絵に目が止まった。


席に着いてしばらくそれに気が付かなかったのは、僕は姫子の左側に座っていて、その絵が見づらい位置にあったからだ。


それは、ポニーテールの少女の上半身を描いた、肖像画というよりは萌えキャラのイラストといったほうが適切な感じの絵だった。


その髪型、顔立ちは、いかにも姫子そのものだった。


思わず、僕の口からこういう質問が出た。


「ところで、そこの絵って、姫子くんをモデルにして書いたものじゃないかい?」


姫子は、僕が指差す先を見て、一瞬のうちにその問いを理解し、こう答えた。


「あ、あの絵ですね。その通りです。


あれはお姉ちゃんが、姫子を描いてくれたんです。いい絵でしょ。とても気に入っています。


そうそう、お姉ちゃんは絵がとても上手いんです。


それもまた、姫子がお姉ちゃんイチ推しの理由といえますね」


えっ、あのイラストは姫子のお姉さんが書いたもの?


どうもその絵柄、というか画風、そしてペン遣いのクセには見覚えがあった。


既視感デジャビュってヤツだ。


もしかして、あの絵は僕がかつてよく知っていたひとが書いたもの?


つまり、そのひとイコール姫子のお姉さん?


……いやいや、そんな偶然って普通ないだろ。ありえない。


だいたい、萌え系のイラストってのは「流行はやりのスタイル」がある。


まったくのオリジナルなスタイルで描くひとより、そういう流行りに乗っかって描くひとのほうが圧倒的に多い。


そして「そのひと」の絵もその流行りに乗っかったものだと言えた。


だから、同じような絵を描くひとがほかにいたとしても全然おかしくない。


そう。よく似ているだけで、まったく別のひとが描いたものに違いない。


僕はそういう理屈で、みょうに高ぶる心をなんとかしずめようとした。


だが、それとは裏腹に身体からだは異変を生じ、脂汗が首筋にどっと吹き出ていた。


そんな僕の身体の変化を知ってか知らずか、姫子はこう僕に尋ねた。


「イラスト、興味あるんですか、先生?」


僕は平常心を立て直そうと、なんとか自分を鼓舞してこう答えた。


「そうだな。小学生の頃は将来漫画家になるんだとかいって絵ばかり描いていた記憶があるよ。


中学に上がった頃には、その熱もすっかり下火になっちまって、漫画も読み専に変わってしまったけど。


その後も細々と漫画やライトノベルは読んでるから、今でもライトオタクとは言えるかもな」


「そうなんだ。じゃあ、お姉ちゃんと趣味のほうでもバッチリ合うじゃないですか。 


お姉ちゃん、今も少しずつイラストを描いては『ピクリブ』とかいうサイトに投稿しているんですよ。


最近、けっこう人気が出てきたみたい。


うーん、こうなったら、ふたりを引き合わせるしかないって気がしてきました。


いいじゃないですか。どうせいつかは家の中で顔を合わせるんだから。


善は急げってやつですよ。


家庭教師の先生がいらっしゃることは伝えてなかったけど、きょう外出するとかは言っていなかったから、お姉ちゃん、たぶん今も部屋にいるはずです。


姫子、行って呼んできます!」


そういうと、姫子は開けたままの出入り口から飛び出して、お姉さんを呼びに行ってしまった。


「おい、待ってくれよ」と僕が言おうとしても、あとの祭り。


あっという間の出来事だった。


数分後、姫子は自分より少し小柄な女性を後ろに伴って、戻ってきた。


「お姉ちゃん、到着でーす!」


その素っ頓狂な声に、思わず僕はふたりの女性のいる方向を振り向いた。


後ろの女性は、姫子に押し出されるようにして、前に出てきた。


そして、僕はその女性の顔をじっと見つめた。


時間ときは一瞬、その歩みを止めた。(続く)

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