学校へ行く。そこには幾千通りの意味がある。学校の数・学び方・目指す進路。その数だけ、それぞれに何かの意味を持つ。佐森君も、それは例外ではない。

 「とりあえず、オジさんを炒めるんじゃなくて、接着剤とメープル街道を……かまぼこにしてるんだ。どーだ凄いだろー、凄いだろー……」

 何も凄くない。というか気味が悪い。オジさんを炒めるとは何だ、接着剤とメープル街道をかまぼこにするとは何だ。というか、メープル街道とは何だ。一時間目の古文の授業中、その言葉で周りの空気はザワザワしている。

 「おい佐森寝るな、先生の授業がそんなにつまらないか?」

 寝言が激しい佐森君に、頂点にある怒りを抑えている先生。彼は何を隠そう、朝早く起きすぎたことで睡眠欲が爆発的に増加し、学校にいる間は体育の日以外毎時間寝ている。何を隠そう、寝る為に登校しているのだ!

 「佐森!」

 「ZZZZZZ……」

 まだまだ彼は起きません。

 「佐森!!」

 「ZZZZZZ……」

 まだ、起きません。

 「さ・も・り!!」

 「ZZZZZZ……」

 先生耳元まで接近しても、まだ起きません。

 「さも―――」

 「ふんがっ……あ、こんばんは先生」

 「(こ、コイツ)まだ朝だ。それだけ余裕綽々と寝ているなら、この問題! 全て解けるよな?」

 バンッ! と先生は強く黒板を叩く。チョークを持つ右手でしたことで、折れた破片が地面へと転がる。

 「あー、えっとー、まぁはい」

 腰を曲げて、そこをトントンと手で叩く。杖を持てば、立派なご老人の完成だったが、それができないのが惜しい所だ。

 「これ、使って良いですか?」

 「早くしろ」

 落ちたチョークを拾い、古文の現代語訳を始める。始めたはずなのだが、どうも様子がおかしい。彼の手は止まっている。

 (やはり、ただ寝ていただけなんだ。これだから最近の若者というのはけしからん。これはワシが作ったオリジナル問題。しっかり授業を聞いとかんと、解けるもんも解けんものなんだよ)

 「zzzzzz……」

 よ~く耳をすませば、いびきをかいている。幸いにも寝ていることはバレておらず、問題を考えているという体になっている。

 「(あ、やべー寝てた)ゴホンゴホンゴホン」

 大根役者の咳払いをし、問題を解きだした。

 (この問題、見たことねーな。いつの時代やつだ? ……ま、良いか。こんなの朝飯のカレー前だ)

 仕事人の目付き。十行はある長い古文を、スラスラと滞ることはなく書いていく。チラッと原文を確認して、また訳を書く。また確認して、訳を書く。その作業を繰り返すこと、おおよそ一分少々。もののそれだけの時間で、佐森君は現代語訳を書きあげてしまった。

 「はぁ、やっとできた」

 先生はあんぐりとしたまま、言葉が出ない。

 「先生、合ってますか?」

 「……あぁ、間違いはない。正解だ」

 解けたことを自慢気にクラスにアピールすることなく、すぐさま佐森君は元座っていた席に戻った。

 「お、おーすげぇ」

 「凄いな」

 「アメージングだ」

 あんぐりとしていたのはクラスメイトもそうだった。同じ言葉しか出てこず、拍手もまばらに、ただ段々と増えていった。

 「ZZZZZZ……」

 そして時を空けずして、また眠りに入ったのだった。

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