第48話 シリーズ 5 デモシカ職員の軌跡

 私はある意味「デモシカ」で養護施設の職員になり、20年以上勤務しました。

 やってみて、確かにやりがいはあったと思います。

 しかし、私が抱いた「理想」というものは、子どもたちの前に現れた「現実」や彼らが生きていくうえで必要なものを身に着けていく上において、ことごとく、完膚なきまでに叩き壊されてきました。

 「自立援助ホーム」というものがありまして、要は定時制高校などに通っている養護施設出身の元児童などが社会に出るための橋渡しをするための施設の一種ですが、私は、その仕事をしたいと思うようになりました。結婚して子どもも生まれ、家庭というものの良さが身にしみてわかり始めた頃でした。自分の家庭でも職場でも、理想に燃えてそれを実現していける環境が整ったと思いました。

 その頃ちょうど、Z君やG君らが定時制高校に行っていた。一軒家でも借りて、そこで彼らを連れて何人かで共同生活をして「家庭生活」を営む。施設から社会に出るまでの橋渡しができたらいいのでは、と思ったのです。実際にそういうことをしている現場を何度も見学に行きました。十数年にわたって、その構想を温め続けてきましたが、大槻からも、いい感触を得られなかったどころか、そんなものを作ってみたところで児童に社会性が身につくことなんかあるか、とさえ言われました。

 私自身は新卒の時からずっとよつ葉園でお世話になっていて、いわゆる「生え抜き職員」でしたから、大槻には大いに期待されてかわいがられていたとは思いますが、この点についての意見の相違から、少しずつ彼との間の溝ができたように思います。


 結論を述べてしまうと、Z君にとっては、私の考える「自立援助」とか、そんなものは何の必要もないものでした。彼には、くだらない上に幼稚極まる提案ですなと、にべなく拒絶されました。Z君が小学3年の頃から短期里親制度でお世話になっていた増本さんという方のお宅にご挨拶に伺った時にその話をしたら、そういう共同生活は、いくら指導者がいたとしてもトラブルのもとになりませんか、とも言われました。そういうトラブルも含めて、家庭生活というものを肌身で知ることが大事なのではと思っていましたが、Z君に言わせれば、それも無駄な「仲間ごっこ」に過ぎないと、取り付く島もない答えが返って来ただけでした。

 私たち職員の胸に飛び込んできて欲しいなんて思いもありました。ですが、彼に言わせれば、そんなものは三流青春ドラマごかしの戯言に過ぎない、とね。

 「愛情」とか何とか、そういう言葉は彼には、屁のツッパリにもならないものだったのでしょう。


 私の仕事は、よつ葉園という場にいて、子どもたちに最低限の衣食住を保障し、黙って見守るだけ。積極的にZ君の人生に関われる余地はどこにもないようで、仕事をしている実感がわかなかった。

 今思えば、不要なことをするぐらいなら、何もせずただ見守っておくほうが良いというのは、十分理解できます。何か働き掛けないと仕事したことにならないのだという強迫概念は、私をはじめ、当時のよつ葉園の職員の誰もが持っていた感覚なのかもしれません。

 「一生懸命」、何かの「働きかけ=仕事」をしていないといけないという強迫観念がもたらすことによって生まれる問題点をはっきり教えてくれたのは、他ならぬZ君でした。一事が万事こんな調子でしたから、私の「理想」は出せば出しただけ、叩き潰されていきました。私の浅はかな「理想論」など、Z君にはサンドバック替わりのようなものだったかもしれません。

 実際彼は、私たちの対応に対してことごとく異を唱え、そうではないことを自分自身の足で調べに行き、それをいかに活用するかという手を編み出し、実践してきました。私たちがなまじっかなことを言おうものなら、即座に、ダメ出しされました。


 園長の大槻すら、彼の高校の1年目こそまだ何なり言えていたものの、2年目になると、もう、Z君の言動を支持するようになりました。それもそのはずです。大槻自体が、Z君同様、人間性だの家庭だの、そんな「減らず口」をたたくヒマがあったら社会性を身に着けることが先だ、という考えの持ち主でしたからね。

 もっとも、Z君のほうが、大槻以上に立場上身につまされる位置にいただけにそのあたりの感覚は敏感で、本当によく動き情報を得て、それを活用する力を身につけて実践していました。

 私たち職員に対する彼の言動は、年を追うにつれシビアになった。そのシビアさは、百戦錬磨の大槻さえも震え上がらせるものがあったように思います。

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