第24話 心閉ざして 4 父のとりなしでブルートレインに

 「喝だ! 大喝!」

 オヨ? 日曜朝のあのニュース番組のスポーツコーナーのお方の決め台詞だ。

 「喝!」とともに、父もやってきた。

 

 「おいおい、玄関先で夫婦喧嘩なんかしなさんな。どこかの国の路上の夫婦喧嘩でもあるまいし。風が悪い以外の何物でもないぞ、まったく・・・」

 こりゃまずいや。大人しくしよう。父が出てきた以上、これ以上の反撃はまずい。

 大体、酒を飲んでいる分、こちらの分があまりに良くないからね。

 

「ごめん父さん、大人気なかった。それからさあ、たまきちゃん、申し訳ないけど、今日のG君のインタビュー、聞いてみてくれる? あ、よかったら、父さんと母さんも聞いてみて。感想が欲しい。しばらく、ブルートレインで休ませてもらうよ」

 「わかった。太郎君が一人でせいちゃん並に飲んで帰ってくるってことは、よほどの話を聞かされたのね。聞いてみるわよ。さっきは言いすぎて、ごめんね」

 「そんなことはいいけど、とにかく、聞いてみてよ、これ。いや、マジで」


 ぼくはそう言って、ボイスレコーダーをたまきちゃんに渡した。

 「あ、このデータね。1時間ほどある。例のG君。ほら、よつ葉園の卒園生の・・・。彼のインタビューだよ」

 「その音声データが、太郎君にお酒を飲ませたわけね。で、どれほど飲んだの?」

 「中ジョッキ2杯と、瓶ビール大瓶3本。まったく、あいつ並だな、われながら」

 「あの米河君ならともかく、太郎が一人で昼間からそんなにも飲んで帰ってくるとは、よっぽどのことがあったのだな。休んできたらいいだろう。水分補給は忘れるなよ」

 「こんなところで立ち話なんかしても仕方ないから、みんな、中に入りましょう」

 父の助け舟に加えて、母がもう一声とりなしてくれたおかげで、ようやく、うちに入ることができた。

 まずはトイレに行き、その後、シャワーを浴びて着替えた。

 何だかんだで、暑い中帰ってきたものだから、改めて、幾分汗もかいている。

 まあ、たまきちゃんにどやされてかいた冷や汗のほうが多いかもしれないけどね。 それも含めて、汗を流さなきゃ。


 冷蔵庫にあるペットボトルの水をグラスに入れて飲み干し、もう一杯、グラスに入れて書斎へと向かい、書斎の52センチの元ブルートレインのベッドに乗り込んだ。


 これは、某鉄道会社に就職したO大工学部出身の堀田隆浩君から卒業時に譲受したもの。

 いつぞやの鉄道マニアの対談では、マニア氏こと米河清治氏のカウンターパートの瀬野八紘氏に「恐妻シェルター」と茶化されたが、今日ばかりはそれも当たっている。

 あるいは「酔っ払い隔離病棟」? 

 まあ何でもいいか。今日のブルートレインのカイコダナは、閑古鳥も寄り付かず、満員御礼。

 だけど、わずか1席だけだから、車内販売もなければ、食堂車なんてものもない。 とりあえず、上着を脱いで毛布にくるまって、1時間少々横になった。

 居眠りできたのは20分ほど。あとは、横になったまま。

 今日のインタビューを、振返るともなく振り返っていた。

 

 わしの人生は、6歳で終わった。

 それが、G君の最初の一声だった。

 

 今日、彼の勤めるスーパー銭湯で、旧知の社長と一緒に、G君の話を聞いた。

 彼は、市街地の少し郊外にあるスーパー銭湯「ぽっかり温泉」に勤めている。

 そこは典型的な銭湯同様、地下を掘って温泉が出てきたわけでもないし、どこかから温泉の湯を持ってきているわけでもない。とはいえ、サウナと水風呂と岩盤浴があり、それほど品数は多くないがレストランもあるし休憩室もある。ほぼ年中無休、朝から夜遅くまで営業している。


 そこは確かに、昔ながらの銭湯とは違う。実はこの銭湯、別の企画で取材したときに来たことがあり、そこの社長は長年の知人だ。

 フロントに声をかけると、社長が出てきた。ぼくより10歳ほど年上の男性で、いつもワイシャツにネクタイ姿。G氏は用事で外出中。約1時間後に戻ってくるとのこと。その間、社長と一緒にサウナに入った。入浴して1時間少々、社長と共にサウナ室に入っていたら、若い男性従業員がやってきて、Gさんが帰ってきましたと伝えてきた。これから行くので少し待ってくれと社長が伝言させたのを機に、少しばかり水風呂に入り、体を冷まして浴場を出て、社長と共にフロントに向かった。


 少し長めの短パンにTシャツの作業服姿のG氏は、マニア氏こと米河清治君よりも1学年下。

 日焼けした、丸顔で童顔の、人懐っこい笑顔が印象的な南米のコーヒー農園で働く日系人の農場主のような風貌を醸し出している。彼がかつて養護施設で過ごしたなんて言われなければ、そんなことはわからないだろう。


 ぽっかり温泉の社長に促され、ぼくらはレストランの奥のテーブルに腰掛け、自動販売機で買ったペットボトルのお茶をすすりつつ、彼の話を聞くことにした。

 話している間、G氏は終始笑顔を絶やすことはなかった。声も、きわめて穏やかな調子で、言葉も特に荒れなかった。

 しかしそれゆえにか、彼の口から飛び出す話の内容は、彼自身の抱える暗黒の闇の深さとその寒さを、感じさせて余りあるものだった。

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