人は飛ぶことに興味ない?

 今朝の僕は上機嫌だった。翼を念願の翼がちゃんとまだ生えていた。もしも目覚めたら昨日のことは全部夢だったと起きるのが怖かった。だけどやはり僕は悪魔と契約して翼を手にした。昨日のあれは夢ではなかった。鳥人になれたんだ。


「本当に僕に翼が。これで僕は空を飛べるんだ」


 ポンポンと鼻歌を歌いながら階段を降りて宙に浮くように足を弾ませる。背中の翼は閉まったままだけど、このまま階段から飛び出しそうな勢いだ。


「昨日は嘘つきとか契約違反だとか言っておいて調子がいいの」


 するりとラウムが口に焼き立ての食パンを食べながら、リビングから出てきた。


「その食パン!」

「そこにあったから失敬したの」

「それ僕の!」

「カナタ、牛乳飲み忘れているよ。まだ時間あるのにあわてんぼうなんだから」


 横にいるラウムには目もくれずお母さんがマグカップに入った牛乳を手渡した。

 あれ、ラウムってすっごく目立つはずなのに。もしかして見えてない?


「私の姿は契約者以外には見えないの。にしても最近の食パンは甘いのね、もうちょっと黒い焦げ目があったほうがおいしいのに」


 すっかり僕の食パンを食べてしまい、パンかすが虚しく床に散らばっているのを眺めた。


「お母さん食パンもう一枚!」


***


 今朝の一幕があった後もラウムは僕の後をついてくる。


「なんでラウムが学校に来るの」

「カナタが下手に翼を見せびらかして失敗しないため。それに最近の中学校がどんな風になっているのか見たいものね、どうせ見えないのだしいいじゃない」


 本当に大丈夫かなと怪しみながら、教室に入るとクラスメイトの鴨地たちが立ちふさがった。


「伊香。また盛霧もりきり山で落ちてただろ、昨日のYouTube見てたぞ」

「落ちたんじゃない。飛ぶ練習をしていたんだ」

「飛ぶのなら普通一センチでも滞空しているはずだぜ。滞空してなきゃ落ちているってことだぜ」

「あれは。重量と北向きの風が弱かったのが悪いんだ」


 取り巻きの一人がぴょんと両手を上げて飛び、わざとらしく落ちる表現をする。

 僕がYouTuber活動を鴨地たちは知っている。もちろん悪い意味でだ。人間が生身で飛ぶなんて馬鹿なことをしていると、かっこうの話のネタになるから絡んでくる。

 さっさと振り切ろうとするけど鴨地はしつこく、僕が席に座ると鴨地が辛辣な言葉を投げかけてきた。


「親切で言ってやるけどさ。お前の父ちゃんパイロットだからわかるだろ、人は生身で空を飛べないんだ。空を飛ぶ仕事やっているならどうして生身で飛ばないのかわかるだろ。無理なものは無理。YouTuberやるのなら無駄な努力せずにゲーム実況とかすればいいだろ。見たいものを作る。それ当然」


 手がわなわなと震えたちょうどのタイミングで先生が入ってきて、鴨地たちは自分の席に戻った。

 言い返せなかった。怖いとかじゃなく、当たり前のことを言われて言い返せなかった。どの人気のYoutuberたちもゲーム実況だったり、歌ったり、軽快な踊りをする人が大半だ。僕みたいに生身で空を飛ぶ人なんて誰もしない。

 時々鴨地達の取り巻きの一人がコメント欄にそういう趣旨の悪意のある言葉を書き込んでいることも知っている。どうしてかって。


 再生数が少ないからだ。

 百程度の再生数の中で投稿者からのコメントは目につきやすい。そいつが鴨地たちだとわかるのはすぐにわかった。その理屈がわかるということは、誰も僕の夢を、空への憧れを見たいと思わない。見たくないものを僕は垂れ流していた。


 僕が本物の翼を手に入れてもそれを見てくれる人はいないんじゃないか。みんな空に憧れていないのかな。あの大きな空を自分の体で。


「泣いているのカナタ」

「泣いていない」


 本当は目の奥がぐらぐらするほど涙が出てきそうだけど、目をギュッとして我慢していた。

 僕が持っているスマホとよく似たものを取り出して苦笑し始めた。


「なるほどカナタも鳥人に憧れた人間というわけだ。しかし見事な墜落だ」

「何見てんの」

「悪魔のスマホ『アクマートフォン』で人間界の動画サイトにつなげてカナタの動画を見ていたの。こりゃひどいね。飛行機やグライダーにすら届かない出来栄えだよ。これじゃあ体重うんぬん以前にグライディングすることすらできない」

「ほっといてよ。僕の貯金だとあの形で精いっぱいだったんだ」


 あの翼で本当に飛べるわけなんて僕だってわかっていた。人間が生身で飛べるようになるのはハングライダーのような形でないと無理だって。でもそれを自力で作るにはたくさんのお金と時間と技術が必要だった。だからあれしか作れなかった。

 それでもわずかな可能性にかけて何度も挑戦したんだ。


 そして何回も失敗した。


「リリエンタールもそうだったよ」

「何が?」

「リリエンタールっていうカナタと同じ、鳥のように空を飛ぶことを夢見た飛行士。あいつも私と契約する時に見せてもらった最初の設計図がちょうどカナタと同じ二枚の大きな羽をくっつけただけのものだった」

「同じ考えをする人っているもんだね」

「リリエンタールだけじゃないよ。ライト兄弟も私と契約するときなんか、大人の背丈ほどある布の翼をドヤ顔で見せてきたときはびっくりしたもの」


 ライト兄弟って、あの飛行機をつくったライト兄弟!?

 悪魔と契約をするとお金持ちやすごい頭脳を手に入れられると言葉にしていたけど、まさかライト兄弟が悪魔と契約していただなんて。もしかして飛行機をつくったのもラウムの契約のおかげなのか。

 すごい事実に目の奥の涙が引っ込んでしまっていた。

 ラウムはじろりと鴨地の方を見ながら腕を組んで空中で足を組んでいた。


「カナタちょっと仕返ししたくない」

「仕返し?」

「その翼を使ってちょっと羽ばたけばいいんだよ」

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