鳥は風を動かす

 今日の授業はドッジボール。こういうスポーツは運動神経がいい鴨地がいるチームが勝つからなるべくそっちに行くのだけど、ラウムの指示で僕は鴨地たちとは違うチームに入るように言われた。

 何か考えがあるのだろうとラウムに聞いてみた。


「それでどうやって見返すの? 空を飛んで上から鴨地たちに当てる作戦?」

「ジャンプするよりも小さくしか飛べないできないカナタがやっても余計に馬鹿にされるだけだよ」


 その通りだけど、直接言われるとカチンとくるな。


「いい、翼は風を操るのではなく動かすもの。止まっている風も動いている風も全部羽根で制御。羽根一本一本が風の動きを感じてひねったり、閉じたりする。それが第一歩」

「わかった。それで、それで、具体的な反撃方法は?」

「あらかた風を起こして鴨地のボールの軌道をずらして大恥かかせる」

「それってイタズラなんじゃ」

「悪魔と契約した人間がイタズラしたっていいじゃない。どの道地獄行きには変わらないよ。それにトンビだって人間の食べ物を盗むのだから、むしろ鳥らしいじゃない」


 僕は完全な鳥になりたいわけじゃないんだけど。と作戦会議をしているすきにぼすんと強いボールがお腹に当たった。


「ぼーっとしているから的になるんだ。ほら早く外野行け」


 手で払いのけるようにしっしっと追いやるように仕向け、しぶしぶ外野に回る。始まって最初に外野に回ることになるとは、悔しい。


「ぼやっとしているからよ」

「ラウムがもったいぶって内容を話さないからでしょ」

「前提から話さないと頭入らないから丁寧に説明したの。でも外野の方がいいかも。さっきの場所だとカナタの大きな翼が他の人に当たって風を起こすさまたげになりそうだったし」


 確かに僕の翼はタカのように大きな翼を望んだことで左右に広げると一メートル半以上の長さがある。両手を横に伸ばしっぱなしのままだと翼が他の内野陣とぶつかってしまう。特にボールから逃げるときはすごくジャマだ。

 その分外野ならそんな心配もなく、いけるということなのだろう。ラウムがペロンと体操服のシャツを後ろからはがして翼を出してくれた。


「さて、そろそろ動かしちゃいなさい」

「背中の羽を動かすのを見られたら、ジャマしているのバレるんじゃ」

「ふふ、私たち悪魔のサポートは口と手だけじゃないんだから」


 ラウムがズボンのポケットからさっき動画を見ていたアクマートフォンを取り出した。


「このアクマートフォンアクフォ、人間界のスマートフォンと同じ物だと思わないでよ。都合の悪いものは映らないカメラに遠くの人の声が聞こえる地獄耳イヤホンなどなどが入っているの。そしてライトには光が当たったものが見えなくなる機能付き」

「それを使えば僕の翼が見えなくなるってこと!」

「そういうこと」


 ぱちんとウインクをしてアクフォを操作すると、カメラの部分から一本の光が翼に差し込むとすっぽりと翼の部分が見えなくなってしまった。ばさりと広げてもみんな僕の翼に気にせず鴨地のボールの行く末ばかり気にしている。


「ほらいくぞ!」


 鴨地が威勢のいい声を上げて次々と味方の内野にボールを当てていく。やはり鴨地がいることで、相手のチームは鴨地に優先してボールを回している。


「鴨地パス」


 鴨地チームの外野が鴨地に向けてパスを回した時、翼を羽ばたかせる。翼から発生する風が軽く投げられたドッジボールの玉を押しやり、ぽとんと鴨地の足元に転がり落ちた。


「おい、ちゃんと投げろよ」

「悪い、風で流された」


 全然気づいていない。鴨地が下手からボールを抱えるように投げると横から風を送る。勢いのあった鴨地のボールは横風に吹かれて勢いがそがれて横にカーブしてかすりもしない。

 どうなっているんだと鴨地達のチームは頭を抱える。チームの一人が体育館のドアを閉めて風を遮ろうと試みるけど、風の出どころはそこじゃないんだよな。


 何度も風を送っているうちに翼がどうやって風を動かしているのかわかってくる。大きく動かすと強い風が流れるけど翼の動きが鈍くなって連続で出しにくい、逆にすばやく動かそうとすると風は小さいながらもいくつもの風が流れ込む。風って色々なやり方で動かせるんだ。鳥の翼は不思議だ。


 僕の妨害のおかげもあり、鴨地チームは徐々に数を減らして最後が鴨地だけとなったときに僕にボールが回ってきた。


「カナタ、ここ一気に決めちゃいな」

「勝負だ鴨地」

「パス回しせずに投げても、お前の玉なんて余裕で受け止めてやるよ」


 パンと鴨地が両手を叩いて構える。いつもの僕なら鴨地相手には勝負せずに他の人に任せるか、別の人を狙うけど今の僕には翼がある。

 ガチっとボールをつかみ、助走をつけてボールを投げると同時にボールに勢いをつけるために翼をすばやく動かす。


 ボールが追い風の力で鴨地に向かって飛んでいく。すると、ぐるんと世界が一回転していた。転ぶ感じとは違う、足が地面から離れて制御できない感じ。

 あれっ、浮いた。


 ズデン。尻もちをついた。

 いたたた。そうか風を何度も送り込むってことはジェットエンジンが空気を取り込むのと同じように体が浮いてしまうのか。


 ひりひりと痛むお尻をさすりながら立ち上がると、鴨地はうなだれていた。周りを見ると僕らのチームがぴょこぴょこと飛んだり、ハイタッチして喜んでいた。

 そうか僕のボールが鴨地に当たったんだ。鴨地に勝ったんだ。


 ちょっとずるしたけど、今まで勝てなかった鴨地を見返せてちょっとスッとした。


「あいつに一泡吹かせたじゃん。翼の動きも悪くない。さて、帰ったら今日も練習よ」

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