第二章 翼を背負って学校生活を

翼のある生活

 服を脱ぐと背中の翼は服と一緒に脱げず、まるで背中に腕があるかのように引っ付いていた。何度も翼が服に引っ掛かって途中で脱げなくなったり、ドアの入り口に当たって入りにくかったりと不便極まりないことだらけ。


 お風呂に入っても翼がじゃまになるのは変わらず、湯舟に翼が入り切らず肩まで浸かることができなかった。なんだよすごく不便じゃないか。ラウムと契約したときに翼の取り外しとかすぐに飛べるように契約しなかったのか悔しくて湯舟を頭からつっこみブクブクと泡を吹き出す。


「ちゃんと翼をたたまないと生活するのにじゃまになるよ」

「うわぁ!? なんでお風呂に入ってくるんだよ。鍵は閉めておいたはずだぞ」

「悪魔の力を使えばお風呂場の鍵ぐらい開けられるよ」


 二ヒヒといたずらっ気に笑いながら、中途半端にお風呂に入りきれない僕の姿を眺めていた。悪魔とはいえ女の子に裸を見られるのは恥ずかしく、見られないようにもっと深くまで潜ろうとするとまたも背中の翼がお風呂の縁に当たって上手く潜れない。


「それじゃあまんま鳥の水浴びだね。ちょっとそのまま動かないで」


 背中に回り、翼を何かゴソゴソといじり始める。

 うぅ、なんか翼がこそばゆい。他人に自分の体を動かされるなんて身体測定みたいで変な気持ち。そしてラウムの手が離れると、背中の翼が背中にぴったりくっついたように折りたたまれて湯舟に入れるようになっていた。


「翼って畳めるんだ」

「鳥がいつも羽を広げているわけないでしょ。鳥の羽は広げたり閉じたりできるんだから私の助力なしにできるようにならないと」

「わかったから早く出て行ってよ。恥ずかしいよ」

「はいはい。それと出るときは泡を残さないように」


 いちいちうるさい小言を言うラウムを風呂場から追い出してやっと静かになった。あれじゃあお母さんか小うるさいお姉さんだよ。でもラウムはたしか三千年も生きているからそれ以上なんだよな。ということはおばあちゃん? でもそんなお年寄りには見えないからとりあえずお姉さんということにしておいた。


 湯船から出てたっぷりの泡で体を洗い、ラウムに言われた通り泡を一つでも残さないようにシャワーで全部落とす。それでも内側の羽に泡が残っていたのでもう一度湯船に入ってやっと泡が取れた。

 いつもより長いお風呂からようやく出て部屋に戻ろうとドアに手をかけようとすると、急にドアの前に現れたラウムがドライヤーを片手に立ちふさがった。


「こーら、濡れたまま出て行かない。ちゃんとドライヤーで乾かしていきなさい」

「別にいらないよ。僕の髪の毛短いんだから」

「髪の毛じゃなくて翼の羽。そっちが一番大事なところなんだから」


 くるりと体を回れ右させられると、背中の翼にドライヤーの熱風が吹きつけられる。ドライヤーの熱風が吹きつけられたところから、背中の羽が乾き少し背中が軽くなってきた。


「鳥の羽は水を含みやすいから、水の重さでバランスが取れなくなるからちゃんと乾かさないと。それと今後は毎日羽の手入れをすること」

「ちゃんと毎日お風呂には入っているよ」

「お風呂だけじゃない、羽の手入れとかも含めて。汚れがあるだけで重さが変わるし、羽が変な方向に曲がっていると飛ぶ時の安定感が変わるぐらい翼はデリケートなものなんだから毎日の手入れは大事なんだよ」

「鳥って案外きれい好きなんだね」

「翼の手入れは空を飛ぶものにとって大事な心得だからね。カナタもしっかり頭に入れときなよ。ほら、反対向いて自分でやりなよ私は契約が成立するまでは手伝うけど、一人でできるようにならないと」


 契約が成立ってもう僕の希望は叶えられたはずなのに、どういうことなのだろう。

 やっと反対側の羽を乾かし終えて今度こそ部屋に戻ろうとしたが、またもラウムが僕の首根っこを捕まえた。


「はい、ついでに頭も乾かして。頭も濡れたままだとかっこ悪いんだから」

「そんなところまでしなくていいから!」


 手を払いのけてタオルを頭に被ったまま脱衣所から自分の部屋がある二階へ駆けあがった。もう、一々おせっかいなんだから。僕はもう中学生だからそんなことされたくないのに。


 わしわしと頭の水分をタオルでふき取っていると、時折背中の翼が当たる。パンツとシャツのまま上がってきたので羽がシャツの後ろからむき出しだ。えっとたしか翼を折りたたむには。こうしてこうやって。

 腕を背中に回して翼に触れる。背中から伸びる骨に当たるとさっきラウムがやったように骨の部分を押す。グッグッ、グッグッ、ぜんぜん折りたたまれない。

 何度も押しては戻り、押しては戻りをくりかえしでぜんぜん小さくなる気配がない。

 ああもう! もっと強く押せばいけるのかな。そして力任せに押そうとした時ラウムの声が降ってきた。


「こらこらそんな無理くりやったら折れちゃうでしょ」

「ラウム! どこから上がってきたんだよ」

「外から回って窓から入ってきた。ほら鳥の翼はこうやって下すの」


 ラウムが僕の翼に手をやると翼の骨が自動で動くようにパタパタと折りたたまれてすっぽりとシャツの間に収まってしまった。


「ね。カナタの翼は鳥の体と同じになっていて中が空っぽで折れやすいの。そこ気を付けないと骨折するんだから。ほらタオル貸して」

「そんなことされなくても自分でふけるよ。願いが叶ったんだからおせっかいいらないよ」

「何言ってるのまだ叶ってないじゃない。鳥の翼で空を飛ぶのがカナタの願いでしょ。自分の力で空を飛べるまで鳥人の生き方を学ぶのが私の役目なんだから。それに鳥人として生きるには普通の人間と違っていっぱい問題があるの。お風呂一つにしてもね」


 自分の翼で空を飛ぶってそういう意味も含まれているのか。切羽詰まって悪魔と契約したのはいいけど、こんな細かい所まで付きっきりにされるなんて思っても見なかったことを後悔した。

 そして頭はすっかりラウムにふかれたおかげでサラサラだ。


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