第24話 実験【後編】


「でも、シャオは来てくれるのかな? 俺……なんかすげー避けられてるんだけど」

「それはそうだろうな」

「理由って聞いてもいい? 父さんたちも、アベルトやザードも教えてくれないんだよ」

「まあ、それは…………あの性格破綻者はともかく、ロイヤルナイトやアベルトは……言いづらいだろう」

(んん、こっちのラウト、気難しいけど意外とちゃんと話してくれるんだな?)


 しかし目は合わせてくれない。

 とはいえあの眼力で睨み上げられるのは勘弁なので、このくらいが程良いと思った。

 それに、横顔も可愛らしい。


「……。性格破綻ってザード?」

「? 他に誰がいる?」

「…………」


 否定はしないが、その言い方はどうなのか。

 それにゲラゲラ笑うギベイン。


「…………俺、なんで避けられてるんだ?」


 じっと見て、少し考えた。

 だが、やはり気になる。

 ついに、聞いた──。


「女のラミレスと、ロイヤルナイトのあの白髪は恋仲だと聞いた」

「………………」


 思考が停止する。

 二の句が告げないとはこの事だろうか?


(は? 誰と誰が、なんだって?)


 ラウトが放った言葉を、何度も何度も頭の中で反芻する。

 女のラミレス。この並行世界の『自分』と、シャオレイが、恋仲。

 恋仲……つまり恋人。

 並行世界のラミレスは女。

 シャオレイは変わらずに男。

 つまり、まあ、男女の恋人……普通の事ではあるだろう。

 だが──。


「こ、こ、こ、こい、ぉ、え、あ……?」

「詳しくは知らん。興味もない。自分で本人に聞けばいい」

「呼んできてくれるのかい?」

「ああ、医務室よりはマシだ」

「……キミのその医務室嫌いはなんなんだい? デスカは別にキミを実験台になんてしてないだろう?」

「ぬるま湯のようで好かん」

「はぁ?」


 扉が開くとそそくさといなくなる。

 なんというか爆弾だけ残して去っていったように思う。

 頭の中をぐるぐると回るラウトの言葉。


「え、俺、え……シャ、シャオと恋人……? は? お、俺が? いや、女の俺は女だからシャオと恋人でも普通? なのかもしれないけど? は? え、俺でも男で?」

「混乱してるしぃ」

「ただいま〜、シズフさん連れてきたよ!」

「…………」


 スヨォ……と寝ていたシズフの首根っこを引っ張って戻ってきたアベルト。

 だが、場の空気が明らかにおかしい。

「どうしたの」とギベインに投げかければ平然と「ついに知ってしまったのさ」と曖昧な答えが返ってくる。

 それはその通りなのだが、それだけではアベルトには伝わらない。


「は?」

「まあまあ、とりあえずブラッディシリーズの末裔を起こしてサクッと実験してしまおうよ!」

「えぇ……気になるんだけど?」

「じゃあアベルトはそっちを起こして。ボクはおっぱいのないラミレスを起こすから!」

「……は、はぁ……」

「おっぱいのないラミレスー、二号機の登録者が来たよー。歌の時間だよー」

「う、歌?」


 なんの話だ。

 と顔を上げる。

 はい、とマイクを手渡され、曲が流れ始めるので頭の中はぐるぐるしていたが歌い始めた。

 すでにアベルトにより例のヘルメットを着けたシズフが、ふらりと頭を上げる。


「デュレオの歌……」

「あ、シズフさんはデュレオ・ビドロが嫌いなんですっけ……」

「え、そうだったんですか? すみません、俺が知ってるのデュレオ・ビドロかRINTOくらいで……」

「……奴の歌は好かない」

「…………」

「数値? 最悪だよ。曲の好き嫌いも関係するのかな? おっぱいのあるラミレスは持ち歌があったけど……試してもいい!?」


 キラキラするギベインに、三人とも無言になる。

 試すのは彼らであり、観測者であるギベインはそれを促す側。

 しかし十分すぎる威力があったように思う。


「リ、RINTOでいいですか?」

「ああ」


 シズフが起きている間に、試そう。

 という事でラミレスが知っている歌手、二人目。


「おっぱいのあるラミレスの歌も歌って欲しいものだけど、それは実験が終わった後で練習してもらうとして」

「…………」

「まずは実験実験!」


 という事らしいので女のラミレスの持ち歌の練習も必須のようである。


「〜〜♪ 〜〜♪」


 高低差のある難しい歌だが、なんとか歌い切った。

 振り返ると──。


(寝てるー!?)


 意識がもなかったようだ。

 アベルトも困り顔で肩を揺すっているではないか。

 一応寝ないように常に起こしていてくれたようだ。


「へー、ほー?」

「え、なんか違ったのか?」

「うん。選曲によっても差が出るようだね。振り幅がかなり違うよ。興味深いな〜、同じ曲でも登録者の好みで結果が変わるものなんだね!」

「そういうのって、この世界のラミレスさんでも試さなかったっけ?」

「おっぱいのあるラミレスは持ち歌がたくさんあったから、他の人の歌では試してないよ」

「ああ、そうか……歌い手による差はあったけど……曲による差もあるんだな」

「そうみたいだね。そして寝てても効果があるという事が立証された!」

「「…………」」


 されて良かったのか、悪かったのか。


「とりあえず俺、シズフさんを部屋に寝かせて来ます。一人で帰すとこの人廊下で寝ちゃうから」

「そ、そっか……分かった。よろしくな」

「ついでにシャオレイさんも探してきますね。……来てくれるかは分かりませんけど、一応。実験には協力してもらいたいですから」

「シャオ……」


 スッと浮かぶのはラウトの言葉。

 恋仲……恋人。

 この世界のラミレスと、シャオレイは。


「っ!」


 混乱している間にアベルトはシズフを肩に腕を回して連れて行く。

 廊下は半無重力なので運ぶのはさほど大変ではなかろう。

 襲ってくる、グルグルの混乱。

 そう、不思議ではない。全く問題もない。

 そもそもこの世界では男女の仲。

 恋人に発展してなにが悪い、というものだ。


(むしろ俺が考えすぎ? いや、まあ、シャオはカッコいいよ? 黒髪の、俺の世界のシャオも、俺カッコいいと思ったから友達になりたいと思ったわけだし? いやでもカッコいいはカッコいいでもそういう意味でカッコいいと思ったかというとそうではなくてー!)


 混乱である。


「ん?」

「ラミレス! 妙な事をされていないないだろうな!?」

「ふぇあぁっ!?」


 ギベインがなにかを感じ、振り返った瞬間突然シャオレイが入ってきた。

 かなり焦った様子で、ギベインの存在にも目もくれず、隣に座って肩やら腕やら頭やらを手で撫でられる。


「え、あの、ちょ……?」

「クソガキがお前と性格破綻野郎が密室で二人きりでいたと言っていたぞ! なにもされていないだろうな! 本当に!」

「は? え? なに、誰の事……」


 性格破綻……二人きりは分からないが、性格破綻者と言えばザードの事だろうか?

 ラウトもザードをそう呼んでいた。


(……うぇぇ? まさかラウト、シャオに俺とザードがこの部屋に二人きりでいるって言ったのか? ギベインもいるのに? え? 待って、なんでそれでシャオが慌てて来るんだ?)


「三号機の登録者だ! あのクソ野郎!」

「……ザ、ザードか……」


 やはりザードはラウトとシャオレイに「性格破綻者」扱いされているらしい。

 ど鬼畜野郎だとは思うが、性格破綻まではいっていないのでは、多分。

 少なくともザードはアベルトには優しいと思っている。多分。


 がちゃん。


「「…………がちゃん?」」


 にこり、と入り口で微笑んでいるギベイン。

 その手には例のヘルメット。


「は? な、なんだ? どういう事だ……!」

「あ、いやあのー……今歌と登録者の実験して……さっきラウトがシャオの事呼んでくるって言ってたんだけど……その……」

「あ、あのクソガキ騙したのか!?」

「ど、どうかな? さっきザードも協力してくれたしな? アベルトとギベインもいたけど」

「あ──……あのクソガキぃーーー!」


 ひゃーほーぅ、とシャオレイにヘルメットをかぶせ、タブレットを高速で操作するその生き生きとした姿。

 こちらも十分『クソガキ』に見えるが、ギベインは『ヒューマノイド』というものらしいので見た目と実年齢は違うのだろう。

 嫌がっても密室。

 目の前にはラミレス。

 がちゃん、という音は間違いなく扉に鍵をかけた音。

 逃げ場はないので、どんなに拒否しても最終的には被る羽目になる。


「五分だけ五分だけ!」

「くそおおおう!」

(こういうところはシャオレイのままというか……同じなんだなー)


 キレ方がそっくりだ。

 いや、同一人物なので当たり前かもしれないが。


「はい、曲はどっちがいい?」

「知るか」

「俺まだ、こっちのラミレスの歌覚えてないからさー、シャオの好きな歌教えてよ」


 この世界では──恋仲。

 その言葉はまだ頭の中でぐるぐると巡っているが、自分の世界と同じような怒り方をする姿に少しだけ平静を取り戻す。

 タブレットの中の履歴に嫌そうな顔をするシャオレイ。

 歌ったのはデュレオ・ビドロとRINTO。

 この二人はラミレスの世界でも歌手として活動している。

 ファンというわけではないが、クラスメイトたちとカラオケに行けば自然に覚える程度には人気な歌手だ。


「…………どちらも知らない」

「え」

「あー、キミの場合はおっぱいのあるラミレスが側にいたからねー」

「おい、その呼び方やめろ」


 そろそろ違和感を覚えなくなっていたが、確かにその呼び方はやはりどうかと思う。


「お前の好きな曲を歌えばいい」

「…………」


 顔を絶対に見ようとしないシャオレイ。

 けれど、その背けられた顔、声、覗く首筋まで、不思議と心が穏やかになる。

 いや、穏やかというよりも──。


(なんだろう……この感覚……触れたい……?)


 その真っ白な髪に、手を伸ばす。

 無意識だった。


「っ!」

「おあ! ご、ごめ……」


 ものすごい勢いで振り返られて、慌てて手を引っ込める。

 居た堪れない。

 しかしなぜ、触れたいと思ったのだろうか。

 胸が嫌にドキドキとうるさい。


「もー、決められないなら勝手に流すよー」

「し、知ってる曲にしてくれよ!?」

「履歴から流すから平気だよー」

「…………」


 デュレオ・ビドロの曲。

 ロック調で、激し目な曲だ。

 マイクのスイッチを入れて、歌詞の映るモニターの方を向いた。

 だというのに歌っている間ずっとシャオレイからの視線を感じる。


(恥ずい……なんだ、これ……)


 視線が、熱い。


「…………なにこれすごーい」

「な、なにが?」

「見てこれ。搭乗状態じゃないのに、ギアスリーレベルまで同調率が上がってるよ。分かる? 一号機の登録者、ミン・シャオレイ。キミの平均同調率はギア・ファーストさえ無理なキミがギリギリギア・ザードまで発動出来そうな状態まで平均同調率が上昇してる! 二号機のシズフ・エフォロンでさえ同調率38パーセントが43パーセント、五号機のラウト・セレンテージも42パーセントが50パーセントなのに! キミの同調率の上昇値は異常!」

「「…………」」


 異常。

 そこまで言うか。

 大体、見てもよく分からない。


「どのくらい上がったの?」

「え? だから……」

「数値で言え」

「キミの平均同調率は2パーセント。今は29パーセントだよ!」

「…………」


 それを聞いて、確かにかなりの跳ね上がり方をしている。

 他の『低め』と言われる二人が数パーセント前後なのに対して……シャオレイは……。


「愛の力かな?」

「「ち、違……やめろ!」」








 終わり

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