第23話 実験【前編】



「え、歌の実験ですか? 相手、俺で?」

「そう。アベルトとザードは同調率が高いからやめとけって言われたけど……」


 目を思い切り泳がせる。

 それだけでアベルトも察してくれた。

 他の四人は……こう、コミュニケーションに不安しかないのだ。

 なので一番会話しやすいアベルトに初めての実験を頼む事にした。

 もちろんアベルトも快諾してくれる。


「でも、具体的にどんな事するんですかね?」

「さあ? 実験内容はギベインが考えて送って言ってたけど……おーい、ギベイン〜、アベルトに了承取って連れてきたぞー」

「あ、いらっしゃーい」

「「……カラオケ……?」」

「おお! 一発で言い当てられた! ふふーん、これはボクの再現度の高さが評価されたものと間違いないかな!」

「「あ、うん」」


 指定された部屋はただのカラオケルーム。

 ドヤ顔で胸を張るギベインは可愛いといえば可愛い。

 たが、実験と聞いていたので思いもよらなすぎた。


「どんな実験するんだ?」

「もちろん歌ってもらうだけだよ。アベルトはこれを被ってくれる?」

「うわあ、またコレかぁ……」

「うわあ……ダサ……」


 あちこちにランプのついた見るからに昭和のアニメにありそうなヘルメット。

 それを手渡されてアベルトがあからさまに肩を落とす。

 そして「また」という事は以前も被ったのか。


「そ、それで? それ被るとなにが分かるんだ?」

「脳波の計測だよ。アベルトとザードは元々GFとの同調率が高いから、脳波とGFから発生するGF電波の波形がほとんど同じなんだ。その波形と歌を聞いた時の波形はどんなものなのか、計測するんだよ。キミの歌が一応効果アリと出たので、登録者別に見てどの程度効果に差があるのかとかも見たいね」

「な、なるほど?」


 途中からよく分からなかった。

 主に脳波辺りから。


「とりあえず歌えばいいんだな?」

「そうだよ」


 嫌々ヘルメットを被るアベルト。

 完全なカラオケルームの再現に戸惑いながら、マイクを手に取る。

 ギベインはその場に佇んだまま、タブレット端末をぽちぽちと操作していた。

 すると曲が流れ始める。

 カラオケルームという場所でなら、環境の時よりは伸び伸び歌えるだろう。


「〜〜♪」


 まあ、もちろん……それで慣れるわけではないのだが。


(遊びとかじゃなく実験で歌うとかなんかしんどいなー)


 恥辱心が上回る。

 だが、あの重そうなヘルメットをかぶって笑顔で聴いてくれるアベルトを見ると……別な感情が強くなった。

 可哀想、と。


「……どうだ?」


 一曲歌い終わってから聞いてみると、ギベインはベロを出す。

 その可愛い割に嫌な予感しかしない表情はどうしたらいいのか?


「変化ゼロ! 他の登録者に頼もうか!」

「「…………他の……」」


 それが難しそうだからアベルトに頼んだのに?



 ***



「力になれなくてすみません」

「いいよいいよー、頼んだの俺だし。しかしどうしたものかなー? 他の登録者って……」

「…………」


 思い切り目を背けられる。

 もうそれだけで全てが物語られているようだ。


「あ、そうだ。俺からシズフさんに頼んでみます? ラウトは、まあ気難しいので……アレですけど……ザードよりはマシですし?」

「こっちのラウトは気難しいのか……」


 確かに初対面で捻りあげられるし銃を突きつけられるしと、違いはまざまざと見せつけられたが。

 顔見知りという点において、ある意味見知らぬザードやシズフよりシャオレイやラウトの方が親しみやすいと思っていた。

 シャオレイ……といえば、ラミレスの『ロイヤルナイト』の一人らしいのにまるで顔を見せない。


「シャオはダメなの?」

「…………」


 やはりものすごく微妙そうな笑顔でそっと目を逸らされた。

 一体なんなのだろう。

 首を傾げていると、後ろから足音がして振り返る。


「なにしてんだ、こんな道のど真ん中で」

「うわ、イケメン……」

「ザード……珍しいな? 研究室から出てくるの?」

「バーカ、戦闘の後なんだからドックに缶詰だちくしょう」

「「あー……」」


 昨日、敵性勢力なるものと戦ったばかり。

 プロのメカニックだという彼は、全てのGFの修理を完璧に仕上げられる世界唯一の存在。

 単身で世界中の国々を相手に逃げ回ってきただけあり、疑り深い上とても慎重で秘密主義。

 そして、美形揃いの登録者の中でも特にカッコいい系というやつだろう。


(ラウトは可愛いしシズフさんは美人、アベルトはラウトとは違う可愛い。シャオもカッコいい系だけど、やっぱりザードの方が顔は整ってるよなー。まあ、俺はシャオの方がカッコいいと思うけど。これは好みの問題というか……)


 うんうん、と一人頷いていると、気持ち悪いものを見る目で見られていた。

 慌てて咳き込んでごまかす。


「あー、いや、あのさ。今歌についての実験で登録者に協力してもらえないかって話してて……」

「はあ? 暇そうな軍人組に頼めばいいんじゃねーの? ああ、でもアスメジスアのガキは今医務室に捕まってたけどな」


 アスメジスアのガキ……ラウトの事だ。

 相変わらず容姿と声はいいのに性格と口は悪い。


「じゃあ……どのみち登録者全員に頼みたい的な感じだったし、四分くらいだらザード先に終わらせたら?」

「…………」


 アベルトの提案に唇を尖らせるザード。

 そういえばアベルトは他の登録者たちから信頼が厚い様子。

 舌打ちした後、「五分だけだぞ」とすんなりOKしてくれた。

 というわけでカラオケルーム手に実験室に戻る。

 当然ギベインはザードに「勝手に改装してんじゃねぇよ!」と頭をゴリゴリ拳で潰された。

 アベルトと二人でそれをやめさせ、ザードに例のヘルメットを渡す。

 凄まじく嫌そうな顔をされたが、これしかないらしいので仕方ない。


「ギベイン……」

「もー、乱暴だなー。簡易タイプしかないよ?」

「そんなのあるならなんで俺の時もそれにしてくれなかったんだよ!」


 睨み下ろされたギベインが例のヘルメットを解体する。

 中から現れたのはランプゼロのヘルメット。

 あのランプはまさか飾りか?

 疑わしい中、ザードに「さっさとしろ」と睨みつけられてラミレスは慌ててマイクを取った。


「〜〜♪」


 ザードにはこの後仕事がある。

 とにかく早く終わらせたくて、全力で歌い切った。


「で?」


 結果は?

 と聞くと、ギベインはタブレット端末をタップしながら「変化はほとんどないかなー。サンプルにはなるかも?」と首を傾げている。


「えぇ〜……」

「まあ、俺とアベルトはそうだろうな。乗っている状態でなく、効果が出るとしたら軍人組だろう」


 一まとめにされている元軍人三人。

 そういうものなのか、とまた肩が落ちる。


「それじゃあどうしよう? ラウトは今医務室なんだよね?」

「ミシアの金髪ブラコンとロイヤルナイトの白髪クソ野郎でいいんじゃねーの。じゃ、俺は整備があるから」

「「ご、ご協力ありがとうございましたー……」」


 口が悪い。


「シズフさんかぁ。ちょっと探してきます」

「俺も行くよ」

「いえ、入れ違いになると困るので」

「そ……そうか? そうか……」


 確かに艦の中は素人が歩くには入り組んでいる。

 アベルトを見送って、五分ほど待つと──。


「っ!」

「うわぁ!?」


 突然扉が開き、人が入ってきた。

 入ってきたのは金髪碧眼の美少年。


「ラウト!? どう、むぐぅ!?」

「…………」


 なにやら慌てており、声をかけようとすると口を塞がれる。

 見知った知り合いのはずだが、並行世界のラウトの顔立ちはとても厳しい。

 元から整っている顔が強く睨みつけてくると、その眼力に気圧されてしまう。


「どうしたんだい?」

「追われている」

((……デスカ先生かな))


 医務室に捕まっている、と聞いていたが、さては逃げてきたな?

 察したラミレスとギベイン。

 微妙な表情になりつつ顔を見合わせる。


「ここは防音だから大丈夫だよ。それよりピンポイントで現れるなんて助かるなー。今おっぱいのないラミレスの歌の実験をしてたんだ。せっかくだから協力してよ」

「は? なんで俺が──」

「実験に協力してた方が、言い訳が立つよ? 五分くらいで終わるからさー。五分もすればデスカもいなくなるってー」

「…………なにをすればいい」


 損得で動くところは同じのようだ。


(あ、つまり……中身は同じって事か? ……そっかぁ)


 にこお、と微笑ましく眺めてしまうと、気持ち悪いものを見る目で見られてしまう。

 その冷たい眼差しは知り合いだけに胸に痛みを与えるけれど仕方ない。

 彼とこの世界の自分は敵対国家の軍人と姫。


(はあ〜、本当なんだこれ)


 天井を見上げているとギベインがラウトにランプ付きのヘルメットを手渡す。

 案の定全力で嫌がられて、仕方なくあのランプを外した簡易な方でやる事にした。

 ギベインはあのランプ付きが気に入っているのだろうか。


「計測開始するよ」

「〜〜♪」


 曲が始まり、歌う。

 ラウトは始終無表情。

 腕と脚を組んで退屈そうだ。

 しかし、それでもやはり絵になるのが美少年。


(成長したらザードよりイケメンになるのかなー)


 ラミレスの世界のあざと可愛いラウトも変な扉を開きそうになっていたが、こちらのラウトは別な扉を開きそうである。

 歌い終わってから「どうだった?」とうざ絡みしたくなるのも、その影響だろう。

 ヘルメットを外しながらプイ、と顔を背けられてしまった。

 だが、そういうところが、だ。


「ほぉー」

「ん? なんか数値違ったのか?」

「うんうん、アベルトやザードとは全然違う結果だよ。平常時がこれ。歌が始まった後はこれ」

「「…………」」


 覗かせてみるが、赤い線やら青い線やらがゆるゆる流れているだけで違いがまるで分からない。

 力なく「そうなんだ」と相槌を打つが、まあなんか違うのだろう。


「君たちは意外と相性が良いのかもねぇ。おっぱいのあるラミレスは、一号機の新しい登録者と相性が良さそうだったけど」

「一号機の……シャオ?」

「男女差という事か?」

「いやー、それは分からないけどねー」

「「…………」」


 適当な……。


「これはますます他のサンプルが欲しいなー。特に一番低い一号機の登録者のデータ」

「それなら、呼んできてやる。居場所は大体察しがつくからな」

「え、ラウト、シャオが普段どこにいるか知ってるのか?」

「人のいないところにいる」

「…………」

「そういえばキミたち元軍人組は部屋と医務室以外だと機体の中とか側とか展望室とかブリーフィングルームとかでぼんやりしてるよねー」

「ぐっ」


 把握されている。


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