第8話 並行世界【6】


 ヴィナティキというリゾート地はある。

 だがアスメジスアなんて聞いたことない。

 いやあるのかもしれないが、有名ではないと思う。

 それなりに有名な文化のある国なら、学校で習っているはずだ。

 勿論、料理方面の。


「なんかごめんなー?」

「え?」

「いや、その……俺みたいなのが来ちゃって。協力はしてあげたいけど、ご期待に添えないかも」


 こんなに色々違うんじゃあ……。

 名前の同じ、別な人間が来ただけかもしれない。


「とんでもないです! 巻き込んだのは俺たちだし、それに……ラミレスさんはラミレスさんです! 絶対!」

「アベルト……」

「確かに色々、違うところはありますけど……でも、話し方とか仕草とか、優しいところとか……同じです! 本当に……戻って来てくれたみたいに──ッ」


 ほろり。

 アベルトの真っ青な瞳から、透明な水が流れ落ちた。

 驚いて目を見開く。

 堰を切ったように、次から次へと……。


「…………っあれ……」

「……………………。……よしよし」

「っ」


 ……そうか、気を張り続けていたのか。

 どこか硬い感じ。

 強張った表情。

 遜ったような態度。

 ずっとピリピリと緊張していたような青年に、違和感はあった。

 その理由は、よくわからないが……彼はずっと気を張り続けていたのだと今やっと分かった。

 頭を撫でるともう、本格的に止まらなくなっている。

 腕の袖で何度も何度も顔を拭う。

 嗚咽が始まるのを見て、思わず抱き締めて背を叩いた。

 年頃の男の子だ、泣き顔なんて見られたくないだろう。


 「……大丈夫大丈夫」


 彼の事情も抱えているものもよく分からない。

 適当なことを言っているな、と自覚はあるが……ならどう言ったらいいのか。

 今のラミレスにはそれしか言えない。


「…………ごめ、なさ……っ」


 消えそうな声。

 ラミレスにはちゃんと聞こえた。


「……守れなくて、ごめんなさい……ラミレスさん……!」

「…………うん、平気だよ。……ありがとう……」


 この世界の『ラミレス』は暗殺された。

 別な世界の『自分』の死にあまりにも現実味がないから言えるんだろう。


 ──守れなくてごめんなさい。


 何度も繰り返される謝罪の言葉に、無関係なはずの胸が苦しくなる。

 申し訳ないというか。

『自分』の事だから、なんとなく……彼にそんな風に泣いて謝って欲しくないような気がして……。


(……俺と一つしか変わらない子なんだもんな。当然だよな……)


 この世界の情勢は、どんなに科学が進歩していたとしても酷いものだ。

 幸せそうとは冗談でも言えない。

 特に『ギア・フィーネ』とやらの『登録者パイロット』については。

 世界で五人だけの彼ら。

 その肩にどんな重荷を乗せているのだろう。

 こんな世界でこの世界の『ラミレス』はなにを想って、何をしていたのだろう。

 泣くほど慕われていたのなら、彼らの為に……歌っていたのだとしたら……。

 命懸けでこの世界の『ラミレス』も戦っていたんだとしたら……。


(女の子の、この世界の『俺』がそんな風に戦ってたなら……やっぱ男の俺も出来る事はしてあげたいな……)


 特定の条件を満たす者の『歌』はGFシリーズのブースターになる。

 理由は不明。

 ただ、その脳波と機体から発生するGF電波の波形の誤差による登録者の負担を『歌』が軽減させる。

 最後の『歌い手』……この世界の『ラミレス』姫。

 今分かるのは──。


(……収穫祭までには帰れない……。父さん、母さん……心配するんだろうな…………)



 ***



「ほ、本当にごめんなさい……」

「いーよいーよ、気にしないで」


 結構長い間ボロボロ泣いて、ようやくスッキリしたらしいアベルトが頭を下げる。

 厨房にあったタオルで洗った顔を拭くアベルトを見ながら……ふと、気付いた。


「俺の方こそごめんね……」

「え!? ラミレスさんはなにも悪く……」

「俺の意思ではないとは言えこんな格好で」

「あ……」


 パンツ一枚に白衣。

 生足素足だ。


「……お、俺、服持ってきます……俺のでもいいですか……」

「いいの? 貸して貸して」


 そういえばアベルトの服を借りる話が流れていたんだ。

 若干青ざめたアベルトはタオルを握ったままダッシュで厨房を出て行った。

 いやあ、改めて己の姿のシュールさにがっくり項垂れる。

 こんな格好で宥められたアベルトが可哀想になるくらい。

 しかしなにもせずに待っているのも暇だ。

 調理器具の場所を確認がてら、必要なものは取り出して用意を進める。

 この厨房と食堂は大きな窓とカウンターで区切られているので、厨房で作ったものをここの窓からカウンターに差し出して利用されているのだろう。

 ここから見る食堂はそれなりに広い。

 テーブルは三列、五テーブルに四つの椅子。

 一番後ろには自販機とウォーターサーバー。

 休憩所としても使われているのか、その横には漫画雑誌の詰まった本棚。

 そういえばザードとギベインはなかなかのおたく臭漂う発言が目立った。

 厨房から出て本棚に近づく。

 週刊少年誌が選り取り見取り。

 だがどれも少し古い。

 ラミレスでも読んだ事のあるものだ。


「……あ、でもこれ先月の分だ……。コンビニで立ち読みしたから覚えてる。……って事はやっぱり未来なわけでもないのかな……」


 あまりにも科学力に差があるから、パラレルワールドじゃなく未来に来てしまったんじゃないかと思ったが……。


 こつ。


 足音に出入り口を向く。

 アベルトが戻って来たのかと思った。

 だがそこにいたのは体のラインにぴったり沿った宇宙服の少年。

 金髪で、碧眼の。


「ラ、ラウト……?」


 まさかまだ知り合いがいたなんて……。

 背を正すとラミレスの姿を見たラウトは、無表情から鋭く睨みつけてきた。

 そして無言で銃を構える。


「っえええ!? ちょ、ちょっと待って!?」

「手を挙げて後ろを向け」

「はい!」


 言われた通りに両手を挙げて後ろを向く。

 なぜ!?

 どういう事だ!?

 あの天使のようなラウトが銃を持って、しかもめちゃくちゃ怖い!


「なんだ貴様……どうやってここに……」

「お待たせし、ええええ!?」

「うあああアベルトたすけてぇー!?」


 タイミング良くアベルトが戻ってきた。

 叫ぶラミレスに、アベルトが服を放り出して「ラウト!」と間に割って入ってくれる。

 ……やはりあれはラウトなのか。

 ラミレスの知るラウトとは、違うような。


「ダメダメダメ、この人はラミレスさん!」

「……やはりそうなのか……」

「分かってて銃向けたの!?」

「……似ているとは言えどう見ても不審者だったからな。そうでなければ即刻組み伏せている」


 なにそれ怖い。

 だが、自分の格好を省みるにそれは無理ないなー、と思ってしまう。

 確かにパッと見たら不審者だ。


「そ、それはあの……だから今服を持ってきたところで……」

「……だがどうなんだ、これは。使えるのか?」

「……!?」

「そ、そういう言い方やめろよ! まだ全部説明してないけど……」

「……男の『歌い手』は聞いた事がない。まさかこれから試すとは言わないだろうな」

「だ、だから全部まだ話してないって……」

「……だったらさっさとしろ。この施設だけじゃない……五機全ての蓄積エネルギーを消費して呼んだんだぞ。今襲撃を受けたら──」

「俺が守るから大丈夫!」

「………………」


 恐る恐る、肩越しに二人を見る。

 アベルトはラウトの構える銃を握っていた。

 そんなアベルトを見上げるラウト。

 ああ、やはりラミレスの知っているラウトと同じ顔だ。

 だが話し方も雰囲気もまるで別人。


「…………機体に戻る」

「え!?」

「消費した分のエネルギーを溜めるには登録者が搭乗していた方が早く溜まる。……機体の中で待機している。なにかあったら呼べ」

「ラウト……」


 自販機でコーヒーのボタンを押す。

 紙コップが落ちてきて、液体が注がれる音。

 ようやく手を下ろして振り返る。

 もやもやと広がる不安。

 今、この世界の『ラウト』が言った言葉の意味。

 まさか。


「ミン・シャオレイとシズフ・エフォロンも機体に待機している。……貴様に守られる程、俺たちは弱くない。舐めるな……!」

「う……」


 出来上がったコーヒーを手に、そう言い捨てて食堂を出て行くラウト。

 項垂れたアベルトは、また先程のシュンとした顔に戻ってしまった。

 まただ、また、知り合いがいたのに喜べない。

 わけが分からないし、あの言葉の意味を考えると──。


 機体に待機している。

 登録者が搭乗していた方が早く溜まる──。


 それは、まるで……。



「…………ラウトも登録者なの……?」

「え? ラウトの事知ってたんですか?」

「……うん……」

「そっか……そういえばシャオレイさんの事も知ってましたもんね。じゃあ他にも知り合いがいるのかな……」

「……アベルト……」

「……。はい、ラウトも登録者です。五号機『ブレイク・ゼロ』の……。元々はアスメジスア基国、第二軍事主要都市メイゼア所属の軍人です」


 シャオレイはカネス・ヴィナティキの軍人。

 ラウトはアスメジスア基国の軍人。

 知っている人間の違いすぎる姿。

 違いすぎる運命。

 なんだか力が抜けてきた。

 パラレルワールド……並行世界。


「…………そうなんだ」


 なぜかとても気落ちする。

 なんで。

 生まれた国が違うから?

 だがラミレスの世界でラウトは同じ国、同じ町に住んでるのに。


 おにーちゃん。


 無邪気な笑顔で、そう呼んでくれたあの子が。

 あんな冷たい瞳でラミレスを睨んだ。

 躊躇なく、銃を向けた。


「あ、あの、俺の服でよければ着てください。……一応持ってるやつの中では大きめの持ってきたんで……」

「……ありがと」


 さくさくと着替える。

 こんな時になんで白衣の長さが大活躍するんだ、と変な恨めしさを抱きながら。


「……アベルトって身長体重どんくらいなの?」

「え? 177センチ、67キロです」

「……結構鍛えてる……?」

「……い、一応……。ザードとかサイファさんに鍛えて困る事はないからって……。え、どうしました?」

「……いやぁ……ぶかぶかだなぁって思って……。俺、身長は178センチだけど……そっかぁ、体重そんなに違うのかぁ……」

「あ……」


 哀愁を感じる。

 そうか、いや、しかしこんな世界情勢で、しかも特別な機体に乗っているのなら彼も鍛えていて当たり前なのかもしれない。

 背丈は変わらないのに、四キロも違うとこんなに服がぶかぶかになるのか。


「いや、あの、大きめの持ってきましたから……?」

「アハハ、イイヨイイヨー、ソウイウ優シサ、イイヨイイヨー」

「こ、怖いですラミレスさん!」

「……悔しいから鍛える」

「は、はい……」


 歳上として、同じ男として、非常に悔しい。

 身長変わらないのに。

 ズボンにベルトがついてるのもなんか複雑な気持ちになる。

 丈が?

 丈の問題でウエストサイズ上のサイズか?

 股下サイズの問題か?


「ケーキ作ろう」

(こ、こわい……)


 気晴らしというか八つ当たりである。


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