第7話 並行世界【5】


「それなら、他の『歌い手』って人に協力してもらえばいいじゃん!? なんで俺!?」

「無理だな」

「な、なんで!?」

「『歌い手』は暗殺、謀殺、自殺……あらゆる方法で殺されている。自ら名乗り出るのは自殺志願と変わらねーよ。それに、今のところ特定の『歌い手』の条件で当てはまるのは『王族』! ……GFを強化する『歌い手』は当然敵側には厄介なモンだろう? ソッコー狙われる。そんなもんに王族が積極的に関わると思うか?」

「…………思わない……」

「……結局この世界の『ラミレス』も暗殺された。……あの女の、甘さが招いた事ではあるが……」

「そんな事ない! ラミレスさんは、ラミレスさんは……世界のために……! ……自分の国を、信じただけだ……!」

「それが甘いっつーんだよ」


 自分の事ではないんだが、なんとなく気まずい。

 …………ん、待てよ、と巡らせる。

 王族……ああ、そういえばこの世界の『ラミレス』はお姫様だとか言っていた。


「……この世界の俺って、そういえばお姫様なんだっけ……」

「そうだよ。カネス・ヴィナティキ帝国の皇女様」


 ……また身の毛がよだった。

 カネス・ヴィナティキ、帝国……。


「カネス・ヴィナティキって、さっき戦争してるって言ってた国だよな? ……ええ〜……そこのお姫様〜?」

「そうそう、えげつないやり方で植民地から零歳から十二歳までの子どもを自国の兵士にする洗脳を施して教育するえげつない国の事だよ!」

「うわ〜、やめて〜……そういう言い方やめてよ〜、胸が重くなる〜!」

「あ、あの、でもラミレスさんは自分がお姫様だって知らなかったみたいですよ? シャオレイさんが『インクリミネイト』の登録者になった時たまたま『歌』を歌って分かったみたいな事を言って──」

「え……?」


 自分でも信じられないほど低い声が出た。

 ……アベルトは今、なんて言った?


「え?」

「シャオレイが、登録者……?」

「ああ。……ん? ……なんだ、白髪頭とは知り合いかよ?」

「……同じ学校……クラスは違うけど……」

「へ、へぇ……ラミレスさんの世界でも二人は同級生なんですね……。こっちの『ラミレス』さんとシャオレイさんも、軍学校で同期なんだそうですよ。首席と次席で、色々複雑ではあるみたいですけど……」


 首席と次席。

 同じだ、自分とシャオレイと。

 一位の座をいつも奪い合う、ライバルのような存在。


「……軍学校……」

「えーと、そのー、カネス・ヴィナティキの……」

「…………軍人……って事……シャオレイは……」

「そうですね……卒業間近で、戦闘に巻き込まれて…………その時に『インクリミネイト』に登録者として選定された、って聞いてます……」

「…………」


 あの、『凄惨の一時間』の機体……。

 真っ黒で、底知れない冷たさを感じる、あの機体の。


「………………。よし、とりあえず一度ここまでにするか。腹減ったし」

「ザードは少し食生活を改善すべきじゃないかい? ボクですら野菜はちゃんと食べるよう?」

「喧しい。俺は今! エクレアが食いたい! 作れ!」

「ん、んん〜……統一感がな〜い……」


 その上高圧的。


「……でも、確かに少しいっぱいいっぱいかも。……うん、気分転換になんか作りたいかな……」

「す、すみません……俺が説明下手なばっかりに……」

「それだけじゃないけどねー……ははは……」


 ……なんだろう。

 シャオレイが軍人というのが、今までで一番ショックだったかもしれない。


 なぜか自分がやたらと落ち込んでいる。


(軍人……)


 シャオレイが。

 なんで。

 どうして。


「えーと、じゃあ食堂に案内しますね!」

「エクレア」

「分かったよ!材料あるんだろうな!?」

「小麦粉、砂糖、チョコ、生クリームは常備してある。ここは俺の秘密基地の一つだからな!」

「んもぉ〜〜‼︎ ロクな食材に金使われてないーー!」

「ボクはマルモールグーゲルフプフ!」

「なんて!?」

「そういう名前のケーキがあったよ。……あれ、ギベインくんも結局食べるの?」

「言ってみただけ〜。ボクはあんまりお腹すいてないからサプリメントと栄養剤だけでいいかな〜」

「他にリクエストあるかな」

「なに他に食べたいものあれば言って」

「態度違いすぎんだろテメーら……!」




 二人は先程の部屋に残るようで、アベルトに案内されて通路に出る。

 殺風景な通路。

 コンクリートが打ちっ放し。

 申し訳程度の蛍光灯が、転々と床と天井に埋まっている。

 それなのにやけに薄暗い。


「……どうかしました?」

「なんか思ったより薄暗いな〜って。……あ、でも今夜中だっけ」

「あ、あー……そう、ですね……」

「?」

「……いや……今節電中なんです……。その、ラミレスさんを呼ぶのに、エネルギーが結構掛かってて……。……この施設は、ザードの、三号機のGFエンジンから生み出されたエネルギーを蓄積して電気として使ってるんですけど……」

「……そうなんだ! ……そういう事も出来るんだね」

「『ジークフリード』の施設だけです。ザードは、まあ、態度と性格はあの通りですけど……確かに頭はいいし発想がぶっ飛んでるっていうか……認めるのはなんか癪だけど……天才……って言うしかないんだろうなぁって……」

「……へぇ?」

「…………。……俺も機械科学専攻してるんです、けど……だから余計に……あいつ凄いな、って。……はあ……悔しいな〜」

「……そうだったんだ」


 ラミレスとシャオレイのような関係なのかもしれない。

 落ち込むアベルトの背中をポンポン叩く。


「……ザードは凄いんですよね、割とマジで。俺と同い年なのに、フリーで働いてるし……こんな施設いくつも造ってるし」

「!? ここ、彼が造った施設なの!?」

「? はい。あいつ、こういう基地いくつも隠し持ってるらしいですよ。ここは割と小規模らしいですけど……。なんていうか、GFエンジンのエネルギーを利用した施設や道具も結構色々あるから面白いんです。……GFは兵器のはずだけど、ザードは兵器以外の使い道をたくさん開発している……。……ムカつくやつだけど、そこは素直にカッコいいって尊敬してます。……絶対本人には言いませんけど!」

「……そうなんだ……。……本当に凄いやつなんだね、彼……」

「世界的に『ジークフリード』は有名です。俺も正体がアレだと知るまでは、結構妄想膨らませて憧れたりとかしてたんだけど……。あいつ本人の名前は『ジークフリード』として通ってて、普通の人は『ジークフリード』が個人か組織かすら知られてません。……技術力がある分、大国に戦争利用される事を警戒してほとんど情報を公開していないんだそうですよ」

「……え? そもそも『ジークフリード』ってなんだと思われてるの?」


 いや、そもそも「それなに?」と聞きたいところだが。


「謎の天才フリーエンジニア……『ジークフリード』……もしくは『神の手を持つ悪魔』なんて呼ばれ方もしてますね。一応GFシリーズを完全修復出来る唯一無二の存在、みたいに言われてます。……事実そうみたいですけど……」

「オーバーテクノロジーの塊って言ってたもんね。……大国の技術力でも直せないもんなんだ?」

「なんだろう、機体のフレームは現代技術でも加工、製作は可能なんですけどフレームとエンジンを接続する部分はザードじゃないと完璧には直せないんですよ! あいつマジで天才なんですよ、ムカつくけど!」

「そ、そうなんだ」


 あの性格ではこう言われても無理ない。

 ……話を変えよう。

 なんかプリプリしてる。


「二人は同い年なんだ?」

「はい! 十七……あ、俺は十八です!」

「誕生日最近だったの?」

「はい、先月!」

「そうなんだ〜、おめでとう!」

「あ、ありがとうございます」


 ああ、ようやく満面の笑顔を見せてくれたな。

 ずっと思い詰めた顔をしていたから心配だったけれど、笑うと年相応だ。


(うーん、わんこ……)


 猫目なのに犬の耳と全力で左右に振れる尻尾が見える。


「あ、ここです、食堂! 食堂は自由に使っていいって……。特にお菓子作りは……」

「男なら甘党なの隠しそうなもんだけど……めちゃくちゃ正々堂々としてるよね」

「あいつにとっては恥じゃないんです……」

「いや、まあ、お菓子作り好きとしてはああいう子を見ると嬉しいけど。アベルトは甘いもの嫌い?」

「す、好きです!」


 わんこ。

 幻覚だとは分かっているが、耳と尻尾が見える。

 食堂に先に入って厨房へ向かうアベルト。

 思っていたよりも広く、普通のファミレスの厨房と同じくらいかもしれない。

 冷蔵庫もオーブンもレンジも電気コンロも、業務用。

 本格的な料理も作ろうと思えば作れそうだ。

 まずは材料の確認。

 粗方のものは揃っていたが、不思議なのはどれも銀の袋に密封されているところだ。

 野菜も肉も魚も。

 ミルクや卵まで。

 ラベルに書いてある食材は通常の食事用だろう、かなりの数が冷凍庫に入っている。


「? ……なんでどれもこれも変な袋に入ってるの……?」

「? 珍しいですか? あの、でも、宇宙空間ではそういう加工がされてるのが普通ですよ。賞味期限が八年伸びるんです」

「…………。……宇宙!?」

「あ、はい。……あ! ああ、はい、ここ宇宙です!」

「えええ!?」


 しゃがんで冷凍庫を漁っていたラミレスは思わず立ち上がる。

 宇宙?

 宇宙って、あの宇宙だろうか!?


「い、え、う、宇宙ってぇ、あの宇宙!?」

「……は、はい……。……十年前にGFが現れてから宇宙開発が一気に進んだんです。大国はいくつもマスドライバーを保有していますよ。民間人はまだ利用出来ないようですけど、軍属や宇宙開発関係の技術者は十年前よりも遥かに安全に宇宙に来れるようになりました」

「……す、すご……! 俺の世界は携帯電話が普及し始まったところだよ!? どうしたらそんなに科学進歩に差が生まれるの〜?」

「け、携帯電話?」

「ヒイ! 歳の差一つなのにまさかのジェネレーションギャップ!? ……もしやここは未来? 俺はパラレルワールドじゃなく未来に召喚されたんじゃ……」

「ち、違! 違いますよ! ちゃんとその辺りは……ザードとギベインが調べてくれましたし! ……携帯電話って通信機の最初の呼び方ですよね?」


 差し出された二つ折りの携帯電話……ぽいもの。

 いや、違う!

 ラミレスには直感で分かった。

 ラミレスが持っている二つ折りの携帯電話とは確実に別物だ!

 あれは絶対別の道具だ。


「……今って何年……?」

「え……統一暦204年です」

「……暦の呼び方がすでに違ェ……。なに統一暦って……」

「アスメジスアとカネス・ヴィナティキが定めた暦です。各国独自の暦はありますが、それをひとまとめにたものが欲しいと歴史研究をしてる人たちが騒いで制定したって習いました」

「! そんな前からあんの!? …………本当に相当昔にすれ違った世界同士なのかな、俺の世界とこの世界……」

「……そうっぽいですね……そんなに違うなんて……」

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