第9話 並行世界【7】


「……さっきの話をまとめるとさ」

「はい」


 無言で生地作りをして、無言で型に流し込んだ。

 生クリーム作りを手伝っていたアベルトが手を止めずに答える。


「この世界はやたらと複雑に国同士がゲスい感じで喧嘩してて、そこにオーバーテクノロジーの兵器……『ギア・フィーネ』が現れて火に油注いでるって感じ……?」

「……そ、そうですか、ねぇ?」

「なんか違う?」

「んー。いや、大体そんな感じだと思います。各国はGFとその登録者を血眼になって探していました。手に入れれば戦況は確実に有利になりますから」

「要するにチート兵器なんだよね」

「……はい」

「アベルトも、どこかの軍人だったの?」


 ザードは『ジークフリード』を立ち上げ、それを隠れ蓑にしている感じだろうか?

 温めておいたオーブンに生地を流した型を入れて、時間を指定する。

 次はプリンでも作るか、と別な機材を手に取った。


「俺は、普通の学生です。あ、一応電子工学科で機械系専攻してましたけど。……将来は学校の先生か、宇宙で技術者をやりたかったです」

「……へぇー、なんかぽいね。いいじゃん」


 やりたかった。

 まるで諦めたような言い方。


「…………。……でも今は…………人間同士でもまだ戦争は、してるんですけど……でも、もっと危険なものが……人類を襲っています」

「?」

「人工知能が意思を持って……人類を管理しようとし始めて……」


 ピッ。

 がこん。

 自販機の音にハッとしてカウンター越しに食堂の奥を見る。

 赤毛と白衣。

 誰だろう。


「デスカ先生」

「……ああ、お疲れ。……ん? 誰だ?」

「あ、並行世界の、ラミレスさんです! ラミレスさん、あの人はデスカ・シュデュロ先生です。医師団連合所属のお医者さんで、『ジークフリード』に派遣されてここでお医者さんをしてるんですよ」

「……マジで成功したのか……?」

「……お、お医者さん……?」


 と、疑問形で返したラミレスら悪くないと思う。

 オールバックに無精髭。

 白衣は着ているがよれよれ。

 どちらかというと無骨な軍人のような……。


「……元々はアスメジスアで軍医をしていたらしいです……」

「余計なフォロー入れんな。軍医やる前は普通に軍人だボケ」

「……あ、ああ……」


 やっぱりそうなのか。

 どう見ても堅気じゃない雰囲気だ。


「ふーん、並行世界のラミレスは男なのか。こんな事もあるもんなんだな。……そういえばシズフはどうした? 点滴の時間に来なかったんだ。どこで寝てる?」

「……機体に乗ってるってさっきラウトが」

「ラウト! あいつも検査の時間に来てねぇ……!」

「あ……あとでまとめて連れて行きます……」

「…………」


 問題児なんだな。

 ラミレスの知っているラウトは……あざといところはあるが良い子なのに。


「……と、ところで先生はなにを咥えてるんですか?」


 タバコだろうか?

 しかし煙は出ていない。

 振り返って気づいたが、医者が口に白くて細長いものを咥えている。

 なんとも不謹慎に見え……。


「ビターコーヒー味のチュッパだ、文句あるか」

「ないです」


 めちゃくちゃドス利かせて睨まれた。

 怖い。

 なんなんだこの施設、こんな人ばっかりなのか?

 医者、軍人以前にチンピラにしか見えないぞこの人。


「……なんにしてもほどほどにして寝ろよ。どうせザードにごねられて菓子作りだろうが、もう二時過ぎるぞ?」


 バレてらっしゃる。


「…………! ……そうですよね……!?」

「なんで今気づいたみたいな顔してるんだお前。……宇宙空間は時間感覚が狂い易いから気をつけないとダメだろうが」

「す、すみません……」

「シズフとラウトは釘刺すくれぇでいい! 自発的に来させろ!」

「は、はい!」

「そしてテメェは寝ろ! それでなくとも最近寝不足だろう!? ザードの奴にも菓子なんざ食わしてやる必要はねぇ! 朝昼晩飯を食って夜は寝ろと伝えろ! つーか、テメェら寝ろ! 深夜二時だぞ!」

「え、あ……」

「文句は聞かねぇ、夜だ、寝ろ」


 ゴゴゴゴゴゴゴ……。

 と、地鳴りを背負うかのような先生の威圧感に二人はギュッと口を噤む。

 まだ説明が途中だし、お菓子は出来ていないし……。

 しかし、おっしゃる事はごもっとも…………。


「こ、これ作り終わったら休ませてもらいます……」

「そうしろ。ここにいるにしろ、帰るにしろ今日は寝ちまいな。朝になれば大体の奴は起き出すし、なんにしてもその方が都合がいいはずだ」

「そ、そうですね……」

「……そうか、夜だからみんな寝てるんだな」


 深夜二時。

 確かに今日はお風呂に入るのも遅かった。

 ……いや、入ってない。

 入ろうとしたら巻き込まれたのだ。

 プリンだけ作ったらお風呂を借りよう。

 ホットコーヒーを自販機から取り出したデスカは、改めて「ちゃんと休めよ」と釘を刺して食堂を出て行った。

 強面だがちゃんとお医者さんしている人のようだ。


「……シズフさん、ラウトもまたサボったのか……」

「点滴と検査って言ってたけど、その、二人はなにかの病気なの?」

「シズフさんは……」


 むぐ、と一瞬口を噤むアベルト。

 シズフ……さて、誰だろう。

 だがラウトも検査が必要な体だなんて。


「……シズフさんは二号機『ディプライブ』の登録者パイロットで、元共和主義連合国軍のミシア軍大尉なんですけど……」

「なんかすごい肩書きの人だな!?」

「……ミシアは一番最初にGFを軍事転用、実戦投入した国なんです。シズフさんは元々軍人でしたけど、ミシアもアスメジスアと同じように機体と登録者の研究や実験をしていたそうです。シズフさんは、その、元々そんなに体が強い方じゃなくて……。五年前に『過眠摂取症』っていう少し珍しい難病を患ったんです。実験や研究の末の発症みたいで……」

「…………。どんな病気なの」

「突然眠くなるみたいで、ミーティングとかで急に寝ちゃうんですよ。通路とかでもよく寝てます。どこでも、とにかく寝ちゃう病気っていうとわかり易いですね」

「へ、へえ?」


 なんだその羨ましい病気。


「でも結構危ない病気ですよ。湯船に浸かってる時寝たりしたら……」

「そ、それは危ないな……」

「最近はほとんど起きられなくて食事も食べられてないんです。だから点滴を……」

「点滴ってそういう点滴だったのか」

「治療法がないみたいなんです。このままだと……植物状態になるって……」


 割と冗談抜きで危ない病気ではないか。


「ラウトも……アスメジスア基国は一度『インクリミネイト』で『凄惨の一時間』を起こしている。……それなのにラウトを……ラウトと『ブレイク・ゼロ』でも、実験や研究をしていたって……」

「……!?」

「色々変な薬とか打たれたみたいで、よく具合悪そうにしてます。……だからちゃんと検査とか……して欲しいんですけどね〜……」


 ははは、と力なく笑うアベルト。

 ラミレスにとって天使みたいに可愛いバイトのラウトが、この世界ではそんな事に……。


「……ごめんなさい。こんな世界で」

「いや、それアベルトが謝る事じゃ……」

「そうなんですけど……でも、なんだろう……誰が聞いても、幸せな世界じゃないのに……なんでこんな世界のままなんだろうって……。いや、まあ、俺なんかが言うべきでもないんでしょうけど……」


 かける言葉が出てこない。

 アベルトの力無い困ったような笑み。


「辛いね」

「……俺たちだけじゃないのは分かってるんです。一番辛いのは戦う力も抗う力もない人たちなんだって……。……俺は……、きっと運が良かった方だと思うから」


 チーン、とオーブンが鳴る。

 ケーキ生地が焼きあがった。

 冷ましてからデコレーションを施して、冷蔵庫に入れる。

 デスカ先生に言われた通り、今日は寝よう。


「………………」

「? アベルト?」

「すごい……なんか魔法みたいだ……」

「……え、魔法って、ケーキのデコが?」

「あ、いや……生地が綺麗に焼けていたのもです、けど! ……ラミレスさんってほんっとにケーキ作りがお上手ですよねー!」

「…………。こっちの世界の俺も作ってたの?」


 冷蔵庫に入れる前のもう一つのケーキに目をキラキラさせるアベルトは、さっきの深刻そうな顔じゃない。

 多分本来の彼はこっちなんだろうなー、と思いながら、首を傾げた。

 ラミレスにとっては朝飯前のケーキ作り。

 家がパン屋なのにケーキもお茶の子さいさい。

 しかしこっちの世界の『ラミレス』は確かお姫様だったのでは……。


「ラミレスさんもよく作ってくれましたよ。趣味だって言ってました」

「女子力高……! 趣味、お菓子作りであんな可愛くっちゃモテただろうなぁ」

「………………」

「うん、そこ言っていいところだよ」


『自分』で言うかっ! ……って。


「……女子力…………ああ、そう考えると高かったですよね」

「ええ……なにその反応……」

「……軍人さんだったから、あんまり女性っぽくなかったんですよ。ほんと、ラミレスさんそのままって感じで……」

「!? え、お姫様って……」

「家庭の事情というか、王族の権力争い的なことが関係していたみたいですよ。スヴィーリオさんのことも軍学校の教官って呼んでました」

「……そういえば親子だって知らなかった的なことを言ってたもんね」


 ややこしい事情があったのか。

 あまり詮索しないほうがいいのか?

 だが、この世界の『ラミレス』の事はもう少し知っておきたいような。


「……あ! そんな事より、もうこんな時間ですね! お部屋……一応ちゃんと用意してあるんですよ! 案内しますね!」

「ほんと? ありがたいな〜」

「一休みして下さい、変な時間に呼び出してすいませんでした……。なんつーか、デスカ先生の言う通り宇宙にいると時間の感覚がなくなるんですね……」


 アベルトに案内してもらい、薄暗い通路を進む。

 区域が区切られているのか、大きな『エリア5』と壁に書いてある。

 通路を区切る扉が上下に開く。

 なんかすごい。


「ラミレスさんの部屋はエリア5の『鶴の間』なんで、覚えておいて下さい。えっと、ここの施設、0時になると区画が移動したり通路が回転して壁になったりするんで」

「どゆ事……!?」

「……ザードは……多分俺たち登録者の中で一番長い間『中立』で『無所属』だった。それはこの施設の構造で分かる通り、一国レベルの警戒心と技術力を持っているからこそできたことなんだそうです。あいつはGFでどこの戦争にも加担しないし、関わらない。仕事で他国のGFは修理しても、戦いそのものには……」

「……『ジークフリード』は技術者組織……。……そうか、戦いの最前線には……」


 出ない。

 どこかの国の所属でもないという事。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る