第5話 並行世界【3】

 ラミレスの世界はそこまで科学技術が進んでいるわけではない。

 並行世界から特定の人間を連れてくるだけでも凄い事だ。

「天才」とか自称していたが、本当に凄いのかもしれない。


「……申し訳ないとは思ってるんです。ラミレスさんにも色々事情はあると思いましたし」

「そりゃね」


 けれど、それを踏まえても『ラミレス』が必要だという、その事情とは?

 世界平和。

 絶体絶命の大ピンチ中。

 女の子でお姫様で歌手の『ラミレス』。


「まさか世界的にものすごいコンサート前に事故死したこの世界のラミレスの代わりに、そのコンサートで歌えとかそんなんじゃないよね?」

「あはは! 今までの話を端的に解釈してそういう結論? なるほどねー!」

「もうちょいひねれよ」

「突然の駄目出し!」

「そ、そういうんではないです。……えーと、どこから説明したらいいんだ?」


 頭を抱えるアベルトはとりあえずこの二人より真面目に話そうとはしている。

 だがイマイチ、説明は得意ではなさそうだ。

 ザードとギベインは積極的に話そうともしていない。

 というか、こいつらは絡むと話が逸れる。

 逸らしているのか?


「そもそも、俺はなにに協力したらいいの? そのなにかが終わらないと俺は帰してもらえないんだろう?」

「……う……」

「…………。はあ、ホンットにこういうの向いてねーなー、お前。もういい、俺が説明する。後でキャラメルパンケーキな」

「和食にしてよ! 俺和食が得意だって言ってるじゃん!?」

「ぼた餅、ずんだ餅、あんこ餅」

「甘味じゃなくて!」

「お、俺が作るから話を進めてもらっていいかな?」


 ぼた餅とあんこ餅ってほぼ同じじゃね?

 と、思わないでもない。


「交渉成立。じゃあまず、この世界の情勢についてざっと説明する。お前の世界と同じところもあるかもしれないが、そこは聞き流せ」

「あ、うん、分かった」


 ようやく話が進む。

 ……思ったが、このザードという男……まさかお菓子を食べたいからアベルトが四苦八苦しているのを眺めていたのか?

 話が逸れるような事を言ったりしていたのも、まさかその為?

 ……だとしたら本当にいい性格をしている。


「……とりあえず、明確な『始まり』と呼べる事象は十年前……アスメジスア基国第二主要都市に起きた事件だろう。それは『凄惨の一時間』と呼ばれ、教科書にも載っている」

「はい」

「なんだ」

「お、俺の世界にはそんな国がありません」

「そっからかよ」

「アスメジスアが、ない……!」


 ザードがモニターを操作する。

 ラミレスのライブ映像を終わらせ、出されたのは世界地図。

 地形は同じなのに、ラミレスの知る世界地図とは大きく異なっている。


「な、にこれ? アスメジスア基国? カネス・ヴィナティキ帝国……?」

「アスメジスア基国とカネス・ヴィナティキ帝国。この二つの国が世界の三分の一の領土を占めている。二カ国はどちらも世界の統一を掲げて割と何年も武力衝突を繰り返しているな」

「戦争してんの!?」

「してる。で、その間を共和主義連合国……東の技術国、大和たいわとカネス・ヴィナティキ帝国の支配に反発するレネエルとミシアが同盟を組み発足した領土の離れたモンだが……それが間に入って抑え込んでる感じだな。とはいえ共和主義連合国は複数の国がカネス・ヴィナティキの植民地支配に抵抗する事を目的に手を組んだだけで、一つの国とは言い難い。カネス・ヴィナティキの脅威があるうちだけのモンだろう」

「植民地支配……? ま、まだそんな事やってる国があるの?」

「それだけの武力があるのさ。カネス・ヴィナティキにはな」


 だからこの領土。

 しかし、アスメジスアという国も相当大きい。

 北欧の方にあるカネス・ヴィナティキ帝国とは反対側の大陸をほとんど領土にしている。


「……もしかしてこっちのアスメジスア基国っていうところも……軍事国家、なの?」

「そうだな……アスメジスア基国は第一から第七まで主要軍事都市を構え、その都市同士で技術力を競わせて軍事増強してきた国だ。都市同士の仲が悪いが、王や主要都市を収める将軍が内戦を抑え込んでる……」

「………………」

「カネス・ヴィナティキ帝国は植民地にした国の技術力を吸収するだけでなく、子どもを兵士として徹底的に教育する事で軍事増強しているんだよ。だからって共和主義連合国がまともなわけでもないけどさ」


 ニヤリと笑いながら、ギベインがモニターの前で腕を組んでつけ加える。

 子どもを、兵士に教育。

 それを聞いただけで吐き気がした。

 どっちもまともではない。


「共和主義連合国は大和の世界一と言われていた技術力を悪用して、母親の腹の中にいる赤ん坊に遺伝子操作を施し強化してから兵士にする研究を進めている。ミシアには人工子宮研究所だけでなく、クローン製造工場もあるって噂だ」


 くらり。

 ザードの説明に、足下がおぼつかなくなる。

 ふらついたラミレスをアベルトが支えてくれた。

 なんだそれは。

 本当にここはラミレスのいた世界と同じ惑星か?


「だ、大丈夫ですか」

「あ、ああ、うん……ちょ、ちょっと驚き過ぎて……」

「まだ主要の問題国の説明しただけだぞ」

「まだあるの?」


 もう結構お腹いっぱいなんだが。


「こっからが本番。さっき言っただろう、どこを始まりと言うんなら十年前の『凄惨の一時間』だろうって」

「…………な、なにがあったの?」


 ギベインがモニターに触れる。

 世界地図の上に、新しいウインドウが開く。

 パソコンのウインドウが立体に現れるなんて今更だがすごいなー、と少し思考をずらす。

 だが現れた記事と写真、映像に口が開く。


「十年前、アスメジスア基国第二主軍事要都市『メイゼア』に悪魔が舞い降りた。アスメジスア基国でも、カネス・ヴィナティキ帝国でも、大和ですら到達していないオーバーテクノロジーを用いて製造された謎の巨人型兵器……『ギア・フィーネ』」

「『ギア・フィーネ』?」

「当時はそれがなんなのか、誰も分からなかったがな」


 モニターに映し出されているのは、漆黒の闇の中に浮かぶ巨大なロボットのシルエット。

 街は燃え、その光で浮かび上がるロボットのシルエットは真っ黒だ。

 完全に闇と同化している。

 黒い機体……のようだ。

 あんな大きいものが空に浮かんでいる。


「十年前はね、巨人型のロボットなんて存在しなかった。アニメの世界だよ。でもそれが突然現れたんだ〜」

「しかもそれが宙に浮いて、街を攻撃してきたんだからな。軍人はおろか一般市民も大量に犠牲になった。怪我人、行方不明、死亡者、全員合わせると二万人を超えている。街と街の人間の七割がたった一時間で消えた」

「な……なんて事……」

「そっからの混乱は想像に容易いだろう?」

「…………」


 軍事国家の片方が唐突に訳の分からないロボットに攻撃された。

 普通に考えれば敵対国家による奇襲。

 それにしてもやり過ぎだ。

 ただの一般市民がそんなに殺されたなんて。


「……次に新たなGFが現れたのは共和主義連合国内、ミシアだった。そこでようやくGFの調査やなにやらが始まったのさ。まあ、その辺りは割愛するわ、面倒い」

「割愛するの!?」

「実物見た方が早いだろう」

「え!?」


 モニターが切り替わる。

 それはまるでリアルタイムの映像のようだった。

 薄暗い倉庫のような場所。

 そこに五体の巨大ロボットが壁を挟んで円を描くように佇んでいる。


 「………………。………………え」


 血の気が引く。

 頭が上から冷えていく感覚。

 なるほど、確かに先ほどの映像や記事に居た漆黒の機体も……ではなく。


「え、え……? ご、五体……も? あ、あんなヤバイロボが……?」

「『ギア・フィーネ』はシリーズだったんだ。全部で五機。……まあ、今のところ五号機以降が見つかっていないだけかも知れないけどね〜」

「事実、『凄惨の一時間』後にミシアに発見されたのは二号機……あの右上の赤い機体だ。その七年後、五号機がアスメジスア基国の軍人のガキを登録者に選ぶまでGFを得られなかったアスメジスアは後手に回った」


 なんて事もないように告げるギベインとザード。

 この世界ではそれが常識なのだろう。

 だが、あんなロボットのない世界から来たラミレスには目の前のものがCG映画かなにかなのではという考えが捨てきれない。

 あれが現実に、存在する?


「えっと……『ギア・フィーネ』のパイロットは登録制なんです。機体に乗った時に妙な……記憶みたいなものが頭の中に流れ込んできて……それに適応出来ないと最悪死んでしまう事もある……らしいです」

「な、なにそれ……」

「それは『ギア・フィーネ』の……ああ、いや、その説明は後でする。一気に話してもこんがらがるだろうからな」

「……す、すでに色々こんがらがってるんだけど……」


 いや、さっきの映像は十年前の出来事。

 それから色々あったんだろう、が。

 まさかその機体を今見るとは思わなかった。

 あの燃える街、たくさんの戦いに無関係な人を殺したロボット。

 あんな破壊の権化のようなものが、他に四体も。

 口を手で覆う。

 なんだ、この吐き気は。


「……『ギア・フィーネ』は今現在ですら不明な点が多い。誰がなんの目的で、どうして、どこでどうやって作ったのか。そしてなぜ、突然どこからともなく現れ、たった一人をパイロットとして選ぶのか」

「? え、分からない? どうして?」

「さっきも言ったがGFはオーバーテクノロジーの産物だ。国家ぐるみでとことん調べてもほとんど分からずじまいだった。この俺が調べても、分かったことは多くねぇ。だがGFシリーズが現れてから世界は飛躍的に科学力が進歩した。ミシア、アスメジスア、そしてカネス・ヴィナティキ……GFを手に入れ、研究する事でオーバーテクノロジーの一端を解明し、今まで出来なかった事が出来るようになったのさ」

「その最もたる恩恵が人型兵器と人工知能。GFシリーズを真似して、各国はこれと似た兵器をいくつも開発し、戦争に投入していったんだ。そんな開発戦争は、今は停止している」

「終わったの?」

「終わったわけじゃねぇ。もっとヤバイ敵が現れたんだ。GFの一部を真似して作った人工知能……これが暴走をおっ始めたのさ」

「……な……」


 人工知能なんて、またSFの世界でしか聞いたことのないような……。


「人工知能の件は……後回しだな。……それよりまずGFシリーズの性能で分かっている事を説明してやるよ。さっきの続きだな」

「……あんまり分かってないんじゃ……」

「まぁね。いつどこで誰がなんの目的で、は本当に謎のままだよ。でも、性能についてはそこそこ分かってるの。なにしろここにあるし」

「あ、ああ……」


 やっぱりここにあるのか。

 どうしてここにあるのかは、どうやら後で説明してくれるようだ。

 知りたいような知りたくないような……。


「それとも一端休憩するか? 約束のブツを作ってきてもいいぞ」

「……。……じゃ、じゃあ、その性能とやらを教えてもらってから……少し整理させてもらってもいいかな……?」

「わーいお菓子ー!」


 ギベインとザードは、休憩と言いつつ甘いものが食べたかったのでは。

 若干その疑いがあり、頭が痛くなる。


「ザード、GFの性能……どこから説明するんだ?」

「説明下手の役立たずは黙ってな」

「うぐぅ……」

「それにこっからはマジで俺の得意分野! 独壇場! 神の手を持つこの天才ザード・コアブロシア様が無知な愚民に貴重な知識を与えてやる……くっくっくっ……」

「あ、あの、出来れば専門用語的なのは控えめでお願いします……? しょ、初心者にも分かりやすい感じで……」

「……なんだよ、つまんねーな……」

「えー。……しょうがないなぁ」


 ……釘を刺しておいて正解だったようだ。


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