第4話 並行世界【2】


「ラミレスさん?」

「あ、ごめん、なんでもない。……とりあえずさ、ザード、くん? 俺、部屋に戻れば下着も財布もあるんだけど……」

「だろうな。けど、ここは俺の……『ジークフリード』の秘密ドッグ内! ここでは俺がルールだ」

「ん、んー……」


 話が通じない。

 通じるとは思ってなかったけど。

 予想通りすぎて予想していた自分を褒めたい。


「別に先にくれてやってもいいぜ。支払いは待ってやる」

「わ、分かったよ。チョコレートケーキのホール二個ね」

「クリームプリンでもいいな。プリンなら十五個! シュークリームでもいい。シュークリーム十個!」

「あ、甘党なんだな」


 顔と態度に似合わず。

 いや、食べ物の好みは人それぞれ。

 別に文句はないが。


「俺のような天才には糖分が不可欠なんだよ。糖をやたら消費するからな」

「ボクも甘いの好き! 大好き〜!」


 ああ、なるほど二人で食べるのか。

 いや、やっぱり二人ぶんでも多いよ!

 思ったが口にはしない。

 したところで話がまたこんがらがる。

 ケーキとプリンとシュークリーム。

 ご所望なら後で作ればいい。

 材料はどうにかなるような感じのことを言っていたし。

 約束してパンツ(一枚)を受け取る。

 パンツ一枚で……と思わないでもないがパンツ一枚あるかないかで大分気分は違う。

 たかがパンツ。

 されどパンツ。

 全裸白衣よりは遥かにマシか。


「あの、俺、服持ってきます! 説明はその後でも大丈夫ですか」

「一度部屋に帰してくれるのが一番手っ取り早いんだけど……」

「す、すみません……それは……」

「ああ、うん、だよね。並行世界……パラレルワールドってやつなんでしょ? ここ。まさか俺は一生帰れないのかな?」

「!? え、あっ……」

「……へえ……」


 目を細めて薄く笑うザード。

 戸惑うアベルトの様子が物語っている。


(マジか……)



 ザードが先程口にした「並行世界」の「ラミレス」。

 モニターに映る情報はほとんどラミレスには理解出来ないが、この部屋のどの機器もSF映画に出て来そうな……オーバーテクノロジー的なもののように思えた。

 部屋そのものはそんなに広くないが、筒状のガラスの上にはびっしりと機器類が取り付けられ、それは隣の部屋に続いている。

 頭では限りなく「もしかしたら可能なのかもしれない」と思いつつ、心では「さすがにありえない」と疑っていた。

 だから半ば、鎌をかけるようなつもりで言ってみた。

 どうかつまらない冗談だといい。

 そう願いながら。


「……並行世界……パラレルワールドにしては、俺の世界と技術力が違いすぎる気がするけどね」

「ふーん。そっちの俺が科学の道に進まなかったんじゃねーの?」

「もしくはGFが現れてないとか」

「そんな世界もあるの?」

「あるだろうな。並行世界……パラレルワールドっていうのは言うなればありとあらゆる可能性の世界だ。俺たちが出会わない世界もあるだろう。そこのラミレスみてぇに、俺やお前が女の世界もあるかもな」

「想像できないねー」

「……GFが現れない世界……じゃあ、こんな戦争も?」

「当然そういう未来もあったのかもな。リリファ・ユン・ルレーンやラミレスが死ななかった世界も」

「……え、ええ?」


 ラミレスが死ななかった世界?

 俯くアベルトに、モニターへ触れるザード。


「しかし、並行世界の奴とはいえさすがはラミレス・イヴズ・カネス・ヴィナティキとでも言うべきか。さっき俺が『並行世界』と口にしただけでその可能性に触れてくるとは。話が早くて助かるが……肝が座ってんのか、単なる当てずっぽうなのか」

「……そ、の両方だよ。頭と心は別だけどね。……正直まだ信じたくない気持ちの方が大きい……。……この世界の俺は、死んでるの?」

「そう。マジで最悪のタイミングでな。……おかげで俺たちは現在進行形で絶体絶命、史上最悪の状況だ」


 それでアベルトがあんなに必死な形相で「協力してください」なのか。

 だが、ラミレス一人の事で彼らがどうしてそこまで大ピンチになるのだろう。

 それから……


「あの、俺の名前はラミレス・イオ……だけど……」


 なんだその長ったらしい聞いた事のない苗字。

 困惑していると、ザードとラミレスは目を丸くする。

 彼らも彼らで戸惑っているように見えた。


「……イオって、スヴィーリオさんの姓ですよね? ラミレスさん、じゃあ、本当にスヴィーリオさんと親子……だったんですか?」

「そうだけど。……え? こっちの世界の父さんと母さん、離婚でもしたの? ……それにしたってクソ長い姓だけどさ……? ヴィナティキって、地中海にあるリゾート地の名前じゃないっけ?」

「一国の家庭の事情なんか知るかよ。……少なくとも、俺たちはあんたらが親子なんて話一度も聞いたことながったし」

「ラミレスさんも……あ、こっちの世界のラミレスさんですけど……一度もスヴィーリオさんを『お父さん』なんて呼んだ事ないですよ? いつも『教官』って呼んでました」

「教官?」


 なんだそれは、どう言うことだ?

 こっちの世界の父はパン屋じゃなく教師をやっていたのか?


「……並行世界によってこうも差があるとは……。もっと違いが少ないもんだと思ってたぜ」

「そうだね。一番驚いたのはラミレスの性別が男だった事だけど」

「……薄々思ってたけど、この世界の俺は女の子なの……?」

「普通の女ですらねーけどな」

「なにそれ怖いどういう意味!?」


 コンピューターの前の椅子にどかりと座るザードが、少しニヤリと嫌な笑いを浮かべる。

 ああ、ますます嫌な予感。

 そして「こういう意味」とその嫌な笑顔のままモニターを操作する。

 一番大きな画面に、胸の開いた、前がミニスカート、後ろ側は長いドレスを着た美少女がマイクを持って手を広げた映像が流れ始めた。

 前髪に金色の混ざった薄い青の長い髪。

 ナチュラルメイクの可愛らしいその少女は、見るからにふわふわな唇を開いた。

 音楽が流れ、それに合わせて歌声が響く。

 いやいや、まさか?

 そんな?

 顔面から血の気が引く音を、生まれて初めてラミレスは聞いた。


「……え、え、え、いぞうが、の、残ってる……って、まさか……」

「ラミレスさんはカネス・ヴィナティキ帝国のお姫様で、世界的な歌姫でもあったんですよ」

「幸運の青い鳥、なーんてキャッチフレーズもついてたな。髪が青だけに」

「あ、青い鳥……!?」


 歌姫!?

 お姫様!?!?

 首をブンブンと振る。


「ど、どういう事!?」

「お、俺に聞かれても……」

「俺らも驚いてるっつーの」

「おっぱいがなくなってがっかりだよ」

「それは思ってても口にはするな」


 それはそうだろうけれど!


「……こ、これがパラレルワールド? パラレルすぎやしませんかね!?」

「まぁな。……カネス・ヴィナティキ帝国がリゾート地っていうのもかなりまさかだが……」

「……ここまで違うものなのか?」

「可能性はいくつか考えられるけど、カレの世界とこの世界の分岐点の違いがめちゃくちゃ古いんじゃないかな。小さな選択肢で、世界は無数に分かれる。それがパラレルワールド……並行世界だ。もしかしたら大きな戦争の勝ち敗けではなく、独立戦争の勝ち敗け、政治の決断の違いとか……そういう事で変わったのかもしれないよ」

「人間の性別は母親の腹の中で決まるもんだしな。……意外と必ず男とか、必ず女とか、そういうレベルの問題でもねーのかもなー」

「あるいは、歴史を作る偉人の性別が変わった事で分岐点が違うとか」

「「なるほど、そっちの考え方の方がしっくりくるかもな」

「れ、冷静に分析されても……!」


 お帰りなさい混乱。

 頭を抱えてしゃがみ込んでみるも、それで頭の整理が出来るわけでもない。


(パラレルワールドなのは間違いないっぽい……! マジかよ、こんなことかあるか!? ……ええ〜……どうすんのこれ、どうなんの?)


 ガバッと立ち上がる。

 いや、それはとにかく後回し。

 大事なところはそこじゃない。


「っ、単刀直入に聞くけど、俺は帰れるの!?」

「簡潔に結論だけ述べるなら帰れる。帰す事は可能だ。なにしろ俺という天才がここにいるからな」


 どーーん!

 なんかそんな効果音が背後に見えた気がした。

 なるほど、心強い!


「とでも言うと思ったか!?」

「ラ、ラミレスさん!?」

「よーし分かった! それならサクサクとあんたらが俺を召喚した理由を聞こう! サクッと何とかして俺を帰して! 来週収穫祭で忙しいの!」

「世界平和より収穫祭かよ」

「来週なのかぁ。きっと無理だねー」

「きっと無理なの!?」


 薄々そんな気はしていたけど!


「だが召喚という例えはいいな。そういえば最近ゲームしてねぇ」

「ゲームもアニメも製作ストップしてしまったから旧作やったり観たりするしかないものね」

「ホントだよな、去年大和たいわで新作のGダム制作開始とかニュースになってたから楽しみにしてたのに……」

「新作のGダムを観るためにも一刻も早い世界平和が必要だねー」

「動機が不純だよ!」

「お前よりマシだ馬鹿野郎」

「ううううううう!」

「お、落ち着いて」


 なんでラミレスが仲介役になってるんだ。

 というか何かと戦っているらしいのはそこはかとなく分かるのだが、事態の深刻さがまるで伝わってこない。


(……俺、なんでこんな事に巻き込まれてんの? うー、訳分からない……)


 ただ、映像で歌うお姫様がこの世界のラミレスで、彼女は──死んだのだと。

 まだ若い。

 もしかしたらラミレスよりも歳下かもしれないような、あんな女の子が、なぜ?


「それにしても女の子の俺めちゃくちゃ可愛いな。胸も大きいし足も綺麗だし。D……いや、E?」

「下着の発注表にはF-75とあったよ」

「マジか……!」

「なんの話になってんの!」

「いや、軽い現実逃避をね……。それより、女の子の俺が死んで……どうして君達は俺を……というか、パラレルワールドの『ラミレス』を召喚したわけ? なんかとりあえず『ラミレス』ならなんでも良かった感じなんでしょ?」


 そうでなければこの世界の『ラミレス』に近いパラレルワールドの『ラミレス』が選ばれたはずだ。

 だがラミレスはこの世界の『ラミレス』とは違い過ぎる。

 男で、普通の一般人で、歌手でもなんでもない。


「正確に言うと並行世界の『ラミレス』にここまで違いがあるとは思わなかったっつーのが前提な。そんで割と急いで装置使ったから、詳細に条件選べたわけでもねー」

「時間があったら出来たよ」

「そ、そうなんだ?」

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