第9話「透明性のある投票方法」

『それでは、全社員による次期社長の選任投票会を行おう!』

 総合会議室。パーテーションの壁が取っ払われた広々とした会議の中──。

 全社員が、この会場に集められていた。


 正面に設けられた壇の上には、愉快そうに扇子を振るった老齢の男。マイクを片手に、社員に演説しているのが現社長・久里浜寅五郎である。

 まだまだ動きは軽快であったが、元気な内に社長の座を退くことにしたらしい。

『藤堂君かウチのバカ息子……。社員は順番に、どちらかに一票を投じてくれ。なぁに、遠慮はいらん。相応しいと思う方を選んでくれ』

「いやいや、社長」と、社長の横で藤堂が手を振るう。

「私なんて、久里浜君の足元にも及びませんよ。せいぜい、精進させて貰います」

 そんな藤堂に、久里浜も笑みを返す。

「いやぁ、そんなことはないですよ。現役の会社員が、働いたこともないパッと出の息子に敗れる方が問題でしょう。自信をお持ちになられた方がよいかと思いますよ」

「いやぁ 、全くですなぁ!」

 ハッハッハッと、藤堂は豪快に笑った。

 表面的には和やかであるが、すでに水面下ではバチバチと火蓋が切って落とされていた。


『それじゃあ、各自、どちらかに一票を投じてくれ。解散っ!』

「えっ、ちょっと待ってよパパ!」

 社長の指示に、久里浜が慌てて横から口を挟んだ。

「投票っていうのは、公平にあるべきだよね? 特にこれは、全社員の……会社の将来を担う大事な人物を選任する大事な投票じゃない? だから、不正があっちゃ駄目だと思うんだ」

『確かに、その通りだな』

 マイクに口をつけたまま、社長は久里浜の言葉に頷く。

「だからさぁ……。投票する側にも、きちんと責任を持ってもらいたいんだ。どちらに投票するか、匿名じゃなくてきちんと支持を表明して欲しい!」

『う、う〜む。と、言ってもなぁ……。今更、どうにもできんじゃろう』

 熱っぽく語る久里浜に、社長は根負けしてしまっていた。

「そこで、さぁ!」

 パチンと久里浜が手を打つ。

「どちらに投票するか、札を見せてから投じてもらうようにしよ。……ほら。国会の採決とかでもあるでしょう? 白札で賛成か、青札で反対か……みたいな。あれみたいにさ、札を作って藤堂さん札か僕札か、どちらか見せてから投票してもらうようにしようよ」

 久里浜の提案に、社員たちはギョッとした。

 それではプライバシーが守られないし、晒されるので投票もし辛いと考えたのだろう。

 しかし、社長はその息子からの奇抜なアイディアに喜ばしげであった。

「おおっ、確かにそれなら不正もできんし、どちらに人望があるかも一目瞭然じゃな!」

 ケラケラと、社長が笑う。

──やはり、この人も久里浜の親なのだろう。

 そんな賛同し難い提案にも、素直に頷いていた。


 会場内が、ざわざわと慌ただしくなる。

 そんな会場の空気を察した久里浜は、先手ばかりと藤堂に顔を向ける。

「藤堂さんも、構いませんよね?」

「私は何でも大丈夫ですよ」

 両候補者が承諾してしまえば、周りの人間たちも異論を唱え難くなる。

「パパは、どうかな?」

「ううむ、いいじゃろう。それでいこう!」

 社長は頷くと、再びマイクを口に付けて観衆たちに説明を始めた。

『一つ、訂正じゃ。投票は壇上で一人ずつ行ってもらう。藤堂君なら青札、息子なら赤札……。どちらかを掲げてから投票箱に投じてもらう事とする!』

 その横で、久里浜はギラギラと鋭い視線を観衆たちに向けていた。


──僕に投票しなかったら、どうなるか分かっているよね?

 それはまるで、無言の圧力を掛けているかのようであった。


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