成算

 私、松山平吉は、ろくでもない話に巻き込まれました。その顛末を、続けてここに記すのです。

 引き続き、既に書いたような出来事の細部を語ることにします。最後に、その事業の成算に関わるお話についてをまとめておくのです。


 企画された製品を作るための、基幹部分の仕入れは、1ロット20万円ほどになります。とりあえず、ここだけ見ることにしましょう。出来たものを1日貸すと、100円が得られそうでした。この収入は、高過ぎる見積もりです。間に入ってもらう事業者の存在等を考えるならば、よくて半分が上限でしょう。それでもなお、その他の部品とか手間賃とかを考えないというふざけた前提で、元を取るまで二千日かかるということです。

 機械は必ず故障しますし、部品を入れ替えることもあるでしょう。出張費や送料も発生するはずです。そういうものを無視してなお、7年近く動いてやっと利益が生まれ始めるのです。


 要するに、採算を取るあてがないのです。


 幸運な前提をそのままにして仕入れだけを半額にしても、3年半待って利益が生まれる状態になります。実際的には利益など発生しないことを、誰でも容易に推測できることでしょう。材料費だけを見ても、20万円では片付きません。身内の手間賃0で取締役報酬だけという形にしても、交通費等が発生します。吉田さんの事務所は僻地にあるので、これを馬鹿にできません。これだけの条件が揃っていれば、経営とか税制とかの小難しい話など要りません。仕入れ値と売値の関係を見るだけで、判断には十分過ぎるのです。

 それなのに、吉田さんはというと、とにかくやれ、行け行けゴーゴーでした。なぜそういうことになるのかは、明瞭にはわかりません。成算がどこかにあるならそれを語ればよいのに、そういうこともありませんでした。


 どうしてそういうことになったのか。推測されるのは、吉田さんのとてつもない妄想力が原因でそうなったということです。私がすばらしいと信じたから行ける、やれる。この短絡的な回路を妄想力で飾れば、できないことなどありません。おそらく、ビル=ゲイツを越える収入を得ることも、世界を征服することもできます。吉田さんのセルフ洗脳セミナーは、そのくらい強大です。


 妄想力を溢れさせる吉田さんは、作家です。それだけで納得する向きもあろうかと存じます。ただ、吉田さんは、新作をどんどん売り出すような人気作家ではありません。どちらかというと、講演で稼いでいる方です。昔たまたま引いたあたり籤を元手にしているので、それなりに需要があるようです。また、作品を見ると、純粋な新作ではない、他人のものをもとにした形で作られたものが幾つもあります。ですから私は、吉田さんの妄想力を侮っていました。ところが、ありえない空想をひり出すその力量は、凡人が想像できるようなものではありませんでした。さすが、曲がりなりにも玄人です。


 そんな吉田さんの講演を何度か聞きました。基本的な構成は、いつも同じでした。まず自己紹介、そして動画を見せます。この動画の出典は、どこにも出てきません。口頭でも語られません。作家センセイだというのに、著作権を何だと思っているのだろう、自分の飯の種だろうに、でも紺屋の白袴は珍しくないしなぁとか、いつも考えていました。しかる後に、動画で紹介した建物が出来た経緯、そしてそこで自分がやったことについて語ります。その小さなお話は、能天気にも一般化され、だからあんたらもこうするといいよという着地点に至ります。初めはたまたま、今日は客層が賢くないので単純な言い方をしているのかと思っていたら、何時見てもそうでした。賢くないのは吉田さんでした。論題は、時により微妙に違います。主催者の都合等もあるのでしょう。しかし、吉田さんのやることは変わりません。しかも、幾つかの筋が違う話をない交ぜにしているので、論点もはっきりしません。しかし吉田さんは、意義深い講演をしているとご空想のご様子でした。

 ご講演には、二つの特徴的なところがあります。一つは、時間が残りそうになると次の話を始めることです。主催者側にまだあるなと確認すると、それでは…と、話を続けるのです。主催者側は、まあいい仕方がないというような表情で、それではあと5分だけといったことを言いがちです。吉田さんに、定時を守るつもりがなければ、話す内容を事前にきっちり構成することもない、ということです。これは意思というより能力の問題でしょう。もう一つは、司会者が特に促さない限り質疑応答の時間を設けないということです。そのあたりの整理は、司会者の仕事かも知れません。しかし、演者として、そういう枠がないことを前提にするのは、常識的でしょうか。学校の講義であれ一回限りの講演であれ、場所や人数を問わず、一応の時間を採るのはごく一般的なことです。ところが吉田さんは、そんなことすら気にしないのです。

 吉田さんの自己中心的な態度は、そんなところからも窺われます。


 違う面でも、ご講演は吉田さんらしいものです。吉田さんは、動画を見せたりするとき、配偶者の方に機械を操作させています。パワーポイントをご自身で操作することは、ありません。おそらく、使えないのでしょう。定型化したお話をする分には、パワポがあれば話す側も楽なものです。でも、その程度のこともできません。一部の絵面を見せるためだけに、機械と画面が使われています。その程度の事は小学生でもできるというのに、不思議なものです。


 強い独自の妄想力を自己中心的に貫く。そんな吉田さんなればこそ、あのような事業に他人を巻き込むことができたのでしょう。少しでも合理的に考えるならば、真似のしようもありませんし、関わる理由もありません。


 吉田さんに抱きつかれた方面が、筋悪でもない筈の訴訟で大変なことになっている話を聞くと、さもありなんという気がします。悪意がないから厄介なんですよ、主観的に全能の方というのは。正しいことを俺様が言っている、だから世間が従うのは当たり前だと、本気で思っておいでなんですよ、こういう生き物は。だから、吉田さんは、これまで縷々述べてきたような、斬新なご学説をご主張になることができるのです。事案の委細を理解しようともしていなくとも、何の問題もないのです。そんなことだから、第三者から見れば詰めが甘いやり方を平然とやってのけることになるわけです。

 吉田さんは、住民運動各種にも関わっておいでです。そんなのありえないやめろ系です。それが客観的にどうなのかは、措いても構いません。見るべきは、吉田さんの行動原理です。われわれは正しい、だからお前らは従えと単純に言ってのけているというところに、吉田さんのありようが現れています。そして、そのご主張の根拠を見ると、情緒的なご判断です。一般人がそんなことを言っても効きやしません。ましてや、具体的な利益を得るための事業が相手なら、一顧だにされません。金とはそういうものです。それでも吉田さんは、あたかもうぶな少年少女のように正義を守るのです。それで食うプロなら、致し方ありません。卑しいものではありますが、商売は商売です。ところが吉田さんは、手弁当で頑張るのです。吉田さんが関わることで運動の方向性が情緒的なものに傾き、コア層以外の支持が逃げているであろうことは、簡単に想像できましょう。

 そんな吉田さんについては、こんな話もあります。吉田さんが講演のネタにする場所…仮に総本部跡地とでもしましょうか。総本部跡地を博物館にするにあたり、受託した会社は地元からの雇用を打ち出しました。そこと、ある意味で縁のある方がいました。その方のために、吉田さんは推薦状を書いたそうです。でも、不採用でした。基準がおかしいに違いない、私も推薦したのにと、吉田さんは怒りを込めていろいろなところで仰せです。でも、少し考えてみてください。色々な運動に参加して色がついた吉田さんの推薦など、そこを商売に使う側にとって、警戒の対象にしかなりません。ところが、吉田さんは正義の人なので、そういうふうに考えることができないのです。吉田さんに推薦された方は、災難です。


 それでも、これまでのところ、吉田さんの商売は成り立っています。使い道のあるところで利用することはできるということでしょう。ただ、少しだけ考えて欲しいものです。吉田さんのようなものを生かしておくことが、私のような被害者を産むことを。私は速やかに逃げました。だから被害は僅かです。でも、少し間の抜けた方なら、首を吊る位まで追い込まれます。吉田さんの根拠のない自信には、それだけの力があるのです。

 単純な意味で吉田さんのようなものを想像するのは、難しいかも知れません。でも、斬新な独自のお説を開陳し、全世界がそれを承認して従うべきであるかの如く振舞う者は、珍しくありません。ネトウヨが一つの典型でしょう。あるいは自称フェミニストもそうでしょう。その確信は強固です。吉田さんも、一面において、そういったありがちな例と異ならない存在です。おそらく、知的な程度が等しいのでしょう。そう考えると、様々な平仄が合います。


 吉田さんやその同類に巻き込まれるのは、あなたかも知れません。その種の存在は、無能な働き者だけではありません。虚言癖やら詐欺師やら、似たようなものは枚挙に暇がありません。

 ただ…あなたがその時になって騙されたと理解できないなら、それはそれでよいことです。なぜなら、あなたのような間抜けが破滅して影響力を失うことは、合理的でない判断が状勢に与える影響を減らすことでもありますから、市民社会と経済にとって望ましいことだからです。言い訳がしたければ、地獄の鬼にでもすればよいでしょう。

 それでも私は、一刻も早く吉田さんの厚顔が剥かれ、関わらされる方々への害がなくなることを望んでおります。マクロの話はともかく、上げ底というやつには騙されたくありませんからね。

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夢のおわり アレ @oretokaare

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