第7話 ペロリ

 アイウェルを待つ間に、魔法は何が出来るのかを黙考してみる。

 どうやら世界観は俺の想像しているものに近いため、俺の魔法に対する心象が、この世界の魔法の扱いなのだろうと予測する。

 俺の魔法に対するイメージ。それはずばり「なんかいろんな事が出来て、すごいやつ」だ。

 うん、とても薄っぺらい。安売りの紙よりも薄く、御老体の髪よりも薄い。「何が出来る?」という質問に、「いろんな事ができる」としか答えられていない。具体的なことが何一つ伝わってこない。「ずばり」という副詞に大変不相応。そんなんじゃダメだよ、誰だコレ考えてた奴。はい、俺です。


 と言うわけで、魔法の可能性は未知数であるからして、何が出来るかについて考えるのは徒労に終わる事が判明したので、可能性についてではなく何をやるべきかを勘考しよう。


 今の俺はうじ虫だ。人間の指にきゅうと挟まれれば、ぴゅうと内蔵が飛び出し兼ねないほど脆い体。アイウェルの父に拾われていなかったら、そこら辺の動物にペロリされてしまっていたかもしれないのだ。

 やはり生命保持の為には、まずこの弱々しい体躯をどうにかしないとマズい。そのために魔法ですべきは、身体強化の類ではなかろうか。まさか筋トレで解決できる問題でもあるまいし。というか体動かしたくないし。

 具体的には、体を鉄などに変質化させる魔法があれば望ましい。

 しかし、軟弱体を克服しても問題は山積みだ。その中でも特に、環境把握の難しさがハンパじゃない。何しろ目が見えない、耳が聞こえない、声が出せない、四肢がないの欲張りセット。もうお腹一杯だよ、デカルトさんすら「大きすぎる困難は諦めろ」とか言い出しそうだよ。……いや、でも俺と同じ様な状況で偉業を成し遂げた人がいたな。ヘレン・ケラーだったか、改めて思うと、あの人本当凄いな。

 俺も、これら諸問題が全て魔法で解決できたら、うじ虫から昇華して偉人的な別の何かになると思う。

 ……別の何かに、なる? そうだ、人間に変身する魔法があれば万事解決じゃないか! これは期待に胸が膨らまざるを得ない。後でアイウェルに聞いてみよう。さっきも知識は魔法で手に入れたと言っていたし、何か知っているはず。


 唐突に体が「|」から「く」へと曲がる。腹を持たれて、両端を重力に任せて垂れている状態。人間で言うならば、やんちゃな子供がお父さんの肩に担がれているような格好。現状を言うならば、うじ虫が小さな子供に指でつままれた格好だ。


「待ったかな」


『いや、全然』


 大して待っていないので、そのままを報告。


「なら、全身黄色なのは待ち過ぎて腐ったからじゃないんだ」


『えっ、うそ!? どうした俺の体!?』


「うん、嘘」


『おっかしいなぁ、心が読めるのになんで嘘吐かれるんだろ』


「実は本当だから?」


『本当なの? どっちなの? それ結構深刻な問題なんだけど』


「たぶん嘘。恐らくは嘘。願わくは嘘」


『俺は君を信じるよ。裏切ったら泣くからね』


「泣け、蛆虫」


その斬魄刀は弱すぎだ。


「まぁどっちにしろ、今からわかるよ。私の視界を見せてあげるから」


 そういうとアイウェルは、俺から手を離した。


 そして数秒間、全身がピリピリと振動し―――


―――色を認識した。


 久しぶりに味わうその感覚。イメージ像でもなんでもない、現実の物体が映し出されていた。世界が開けたようなその刺激に、興奮と歓喜の情が湧く。

 その興奮が覚めやらぬまま、周りを見渡す。

 目前には柔らかな色の木製机と、黒い液体に根を張った謎の植物。下方に見えるまろやかな手の片方には、光を透ける水玉すいぎょくを収めた杖が握られている。そして視界の右端には、小さなうじ虫がちょこんと居座っている。……多分俺。

 視界を見せるって、本当にそのままの意味だったんだ。どうやってるんだろう。……魔法しかないな。


 それにしても、アイウェル目線だと俺が如何に小さいかがわかる。

 ただ、矮小で醜悪であるのは確かだけど、全身黄色にはなってないみたいだ。よかった安心した。

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オーマゴット! 千木束 文万 @amaju

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